030)泣くやん
昼頃、部屋のチャイムが鳴った。
「紬生さん。身体の調子はいかがですか? 何か召し上がられましたか?」
ソラの声が扉越しに聞こえてきた。訓練の合間に、わざわざ戻って来てくれたのか。
アテンダントだから、旅行者の体調に気を配っている。ソラにとっては当たり前のこと。そこに、私に対する感情は何も無い。
ソファに寝転がっていた半身を起こして、のそのそと扉へ近付いて行った。
「余り良く無いです。でも、寝ていれば大丈夫です」
この先もずっと訓練を休むつもりだから、良くなったとは言えない。息苦しそうな小芝居もしてみた。
「辛いところ申し訳ないのですが、扉を開けてもらえないですか? 少しだけでいいです。お客様の容態を確認するのも、私の仕事ですので」
「大丈夫ですから」
モニターに映るソラの顔を見ないようにして、短く答えた。
直接会って話したら、仮病がバレてしまう。
それに、朝から繰り返し号泣していたから、顔がぐちゃぐちゃになっている。鏡に映った自分の顔を見て、絶対に扉を開けてはいけないと、強く思った。
「紬生さん。アテンダントには規則があります。一日一回は必ず、直接お客様と顔を合わせなくてはなりません」
「ほんとに、大丈夫ですから。でも、こうやって話していると辛いです。横になっていたら大丈夫なので、心配しないでください」
「それはいけませんね。どうか、早く横になって休んでください」
良かった。顔を合わせることを諦めてくれたみたい。
ソラが去って行くのを確認しようと思い、モニターを見て驚いた。
去っていくどころか、ソラはずっとカメラのほうを見ている。まるで、レンズ越しの私と、目を合わせようとしているみたい。
「アテンダント規則、第三十二条二項により、お客様の部屋へ入室します」
高らかに宣言をしたソラ。
と同時に、ピーッというドアの解錠音が聞こえた。
えっ? えっ? えぇっ! 入って来るの!?
隠れなくちゃと、急いでソファに横になり、放り出してあった毛布で顔を覆った。
「失礼します」
ソラが静かに入ってくる気配がした。しばらくしても黙ったまま、話しかけてもこない。
どこでどうしているのか気になってしまう。
少し毛布をずらして視界を確保してみると、ソラは私のすぐ脇にいた。
御神体の中庭で、巫女王に対して礼儀を見せた時と同じように、ソファの横で片膝を付いて座っている。
懐かしいモノを見ているような瞳で、私へ視線を落としていたソラと目が合ってしまった。
「アテンダント規則、第三十二条二項では、お客様の身の安全が不明な場合、マスターキーを使っての入室が許されているんです」
こんな間近で、そんな風に真っ直ぐ見つめられたら、視線を逸らすなんて無理。
何てふさふさした睫毛なんだろう。お肌もつやつや。
こんな時でも頭の片隅では、ソラの微細な部分の情報を収集してる。
「普段、敬語を使わないお客様が、突然敬語を使う時は、背景に何かを抱いている場合が多いんです」
強引とも言えるこの行いには、ソラなりのそういう理由があったのか。
「何か、あったんですか」
穏やかな口調で問われて、瞳に涙が溜まっていくのを止められなかった。
「何もない。もう、何もない。私には、もう……」
うわぁ~んと、子供のように声を上げて泣いてしまった。
ソラの指先が私のほうへ伸びてきて、私が泣き止むまでの間、私の頭を何度も撫でていた。




