029)メモ
紀元前一八二八年 クレタ島、四日目。
宙香が私の所に来た翌朝、ソラの部屋の扉へ、体調が悪いという伝言メモを貼り付けて訓練を休んだ。
皆が出かけた頃を見計らい、飲み物が欲しくて部屋を出ると、ドアノブに紙袋がぶら下がっているのに気が付いた。
『体調が優れない時は無理なさらず、ゆっくり休んでください』
栄養ドリンクや水、プロテインバーなどと一緒に、ソラのメモ書きが入っていた。
もう、ソラに会いたいと思わなかった。こんな私はソラに会う資格がない。何者でもないし。情けなくて、ダメな人間なんだ。
昨夜、宙香に言われてよく分かった。
「あの時は、ごめんなさい。私……」
息が上手く吸えなくて、言葉が続かなった。息を吐いていないことに気付かなかったら、パニックになっていただろう。
涙目になった私を、宙香が冷ややかに眺めてきた。
「そうやって、被害者ぶるの、好きだよね。紬生は」
「被害者ぶってなんて。そんなことないよ」
「いつもそうだったじゃない。私には無理とか、ママが許してくれないとか。物事や誰かを悪者にして、皆が優しくしてくれるのを期待してたでしょ」
今まで、そんなつもりで生きてきたことなんて、一度も無かったのに。そんな風に見られていたなんて、ショックだった。
「今だって。謝ってる紬生が、何で泣きそうになってるの? 辛かったのは私。私を裏切らなきゃならなかった自分が、可哀想とでも思ってるの? それとも苦渋の決断だったとか? ふざけないでよ」
矢継ぎ早に浴びせられる言葉。一言一句が胸に突き刺さった。
「他の子達が、私から離れて行ったのは仕方がないって許せても。教団の信者の紬生までが、自分は関係無いって顔して、私を無視するってのは違うんじゃない?」
涙を流しては駄目だと思う。そう、私は加害者だったんだから。
「ごめんなさい」
俯いたまま、呟くように言った。
「あの時のこと。悪いと思ってるなら、今、借りを返して」
そう言われても、うんとは言えなかった。まだ、ソラの存在が心に引っかかっていたから。
「紬生。もしかして、選ばれてここへ来たって思ってる?」
そうじゃないの? と、疑問と共に顔を上げた。
神託でお役目が与えられたと、代表は私におっしゃった。
「私が、紬生もメンバーに入れてと、代表に頼んだのよ」
何かが崩れ落ちるような衝撃を受けた。
私は選ばれてない。神様に、必要とされた訳じゃなかった。こんな私でも、何かの役に立てると思ったのは幻想だったの?
「だから、紬生は頑張らなくても大丈夫なのよ」
呆然として、宙香の声がよく聞こえない。
なんだ、そうだったのか。考えてみればそうだ。友達一人救えない私が、大切なお役目に選ばれる訳なんてなかった。
「私一人が棄権するのは、風当たりが強いじゃない? 助けてよ」
助けてという言葉に、半ば無意識で頷いていた。
今日、宙香が訓練に参加したかどうかは知らない。だけど、宙香が参加するかしないかに関係なく、私はもう訓練には参加しないんだ。
ソラが書いてくれたメモに視線を戻した。
同時に溢れ出た嗚咽と涙で、すぐに読めなくなった。




