027)裏切り
「あの時の、ソラの冷たい目。ほんっとに、ムカつく」
宙香にとってかなりショックな出来事だったようだ。語尾が掠れている。
「あなたにそんなこと言われたくない。何も知らないくせにって、言い返したら」
宙香は両腕で自分を抱き締めた。
「ど、どうなったの?」
「黙って、私を見据えてくるだけだった。そんな、甘っちょろい人生じゃなかったこと、証明するって言ってやったわ。だから、今日も、訓練に参加したのよ」
腹立たしさを隠せないといった感じで、宙香は早口になっていた。
「ソラは、今日一度も、私のほうを見なかった。私のことは、いない者としてるみたいだった」
代表の娘として、周りから、傅かれて生きてきた宙香にとっては、無視されるのが一番の屈辱なのかもしれない。尊重の反対語は無視だったはず。
「私。生物がダメなのよ」
言いながら、上になっている片方の足を上下に動かしている。
イライラが募っているのが伝わって来て、私は落ち着かない。
「動物も人間も。肌と言うか、皮膚を意識すると、もうダメ。毛の生えた皮膚なんて、もっとダメ。ゾワゾワして、鳥肌が立つ」
想像しただけで鳥肌が立つようで、宙香は自分の二の腕を抱えるようにしてこすり始めた。
「毛の無い爬虫類だったら、平気なの?」
そこじゃないと、頭の片隅で分かっているのに尋ねてしまう。こういうところが、ママにしゃべるなと言われる理由なのに。案の定、ズレた質問だったみたい。
「爬虫類のことは、今は関係ないでしょ」
少し首を傾げた後で、宙香は面倒そうに言い放った。
「牡牛を跳ぶなんて知ってたら、ここへは来なかった。代表はいつも、大事なことを言ってくれないから」
代表と口に出してから後、宙香は淋しそうに俯いた。
「でもでも。牡牛には触らないわけだから。何とかなるかも」
しゅんとした宙香を初めて見た私は、反射的に勇気づけようとして言った。
「私も。牡牛に触らなくてもいいなら、何とかなるかもしれないって思ってた。でも、今日。実際に近くで牡牛を見たら、やっぱり無理だって分かったの」
弱気な姿を見せるべきじゃなかったと思ったのか、宙香は腕を組んで硬い表情を作った。体質のことで、私から共感を得る気は、そもそも無かったのかもしれない。
「それで、私にお願いって言うのは?」
「私、明日から訓練に出ないから。紬生も、そうして」
「え?」
さっと、顔を強張らせた自分が鏡に映った。
そんなことしたら、ソラに会えなくなる。それに、宙香と同じように嫌われるのは、もっと嫌。
「私は……。訓練、続けたい」
小さく言って、顔を伏せた。宙香の顔を見るのが怖かった。逆らう私を宙香は受け入れないだろうと。
沈黙が流れ、部屋の空気の重さに耐えられなくなってきた頃、宙香に動きがあった。
「私、覚えてるのよ」
さっきまでとは違う、落ち着いた宙香の声に、ぞっとするほどの悪意を感じた。
恐る恐る顔を上げると、鏡の中の私は、痛いくらいの宙香の視線に晒されていた。
「紬生が、私を裏切ったこと」
私の顔色が変わっていった。




