024)牡牛は跳べるのか
「タイミングさえ合わせられれば、誰にでもできますよ」
落ち着いた口調でそう言ったのは、舘谷さんだった。
舘谷さんが自ら意見を言うのを初めて聞いた。淡々と自分の考えを述べる舘谷さんに注目が集まる。
「あれは、男性が牡牛を跳び越えたんじゃない。男性は、牡牛の動きに合わせて、身体を浮かせただけなんです」
私と一緒で、モブキャラだと思っていた舘谷さんが、突如、存在感を出している。一人置いていかれた気がして切なくなった。
「身体さえ、うまく浮かせられれば、牡牛が勝手に、身体の下を通過してくれるんですよ」
「その通りです」
頷くソラ。
「本来、『牡牛跳び』は、牡牛の角を掴んで、牛の背中に乗ること。それが神に捧げる成功例です。ですが、皆さんがそれをやる必要はありません。皆さんは今見た通り、牡牛を跳び越えることに集中してください。儀式に参加する他の誰かが牡牛に乗れれば、その日の儀式は成功とみなされるんです」
「誰も、背中に乗れなかったら。儀式は失敗なんですか?」
説明を聞いて、舘谷さんは即座に尋ねていた。
儀式に対して、前のめりになれる姿勢にはリスペクトを抱く。でも、一人だけ先へ行かないでとも思う。
「大丈夫です。最後まで、牡牛の背に乗る者が現れなかった場合は、慣れた者が成功させて、儀式が終わるようになっているんです」
儀式に失敗が無いのは結構だけど、そんなことでごまかされてはいけない。儀式の成功と、私自身の成功は別の問題なのだから。
「興奮した牛は、角をぶつける気で突進して来ます。頭を下げる習性があるので、跳び越えるのは可能です。先程みたいに足を広げて跳ぶのもいいですが、人によっては……」
言いながら、ソラは柵に飛び乗り、そのまま柵の内側へ入った。
「まあ、見ててください」
悠然として私達へ笑いかけてから、柵内の真ん中辺りへ向かった。
直ぐに別の牡牛が現れた。
ソラは突進してくる牡牛の正面で待ち構え、いざというタイミングで、身体を真っ直ぐにして牛の背中と平行に跳んだ。
そのまま牡牛をやり過ごすかと思ったけど、ソラは尻尾の付け根付近に手をついて、身体を一回転させて足から地面へ下りた。
一連の動作が、感動するほど綺麗だった。
「おわっ! 凄い!」
自然に、皆から歓声と拍手が生まれた。
他のトレーナーが引き連れている集団から鳴らされた口笛にも、軽く手を上げて答えながら、ソラは戻って来た。
「今のように、牡牛と平行に跳ぶほうが、上手くいくこともあります」
ソラには大技をやり遂げたという余韻や、嫌味のようなものは無かった。さっきのさらりとしたジャンプは、ソラにとって、訓練中の説明の一貫でやってのけた感覚しかないように見える。
「私は空中で、一回転して着地しましたが、着地の方法も様々です。訓練の間に、ご自分の得意なスタイルを見付けるといいですよ」
ソラの一言一言を注意深く聞いてみても、そんな事言ったってという、弱々しい気持ちが湧いてくるだけ。自分にできると思えない。泣きたい気分だった。




