表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/82

023)牡牛を跳ぶということ

 紀元前一八二八年 クレタ島、三日目。


 私達が訓練場に着いた時には、既に、広場は柵で半分に仕切られていた。木製の柵で、私の肩くらいの高さがありそう。


「あの柵の向こうで、本物の牡牛相手に訓練をやるんです」


 牛舎から遠いほうの仕切り側で、準備運動をしている私達に向かって、ソラがさらりと言った。


 爆弾を投下されたくらいのインパクトを受けたのは、私だけじゃないと思う。皆一様に絶句している。


 ソラはふっと息を吐いた。


「安心してください。皆さんはやりませんから」


 今日はね、と口の端で笑いながら付け加えた。


「見学できますよ」


 言いながら、ソラは柵のほうへ足早に向かって行く。


 そのソラの後を追うように、在斗あるとが駆け出し、他の皆も柵のほうへ向かって歩き始めた。


 私はと言うと、近付きたくない気持ちと、見ておかなきゃという気持ちがない交ぜになって、尻込みしている内に一番最後になった。


 私の前を宙香みちかが歩いている。


 昨夜宙香は、ソラと一緒にホテルへ戻って来た。


 ラウンジで待っていた私は、胸を撫で下ろすと同時に、宙香へ笑いかけていたと思う。


 だけど宙香は、不愉快だと言わんばかりの表情を隠しもしないで、横を通り過ぎて行ってしまった。


 ソラとまた何かあったのかもしれない。そう思ってソラのほうを見ても、ソラの表情からは何も読み取れないまま、今に至っている。


 こうして訓練に参加してるのだから、取り敢えずは大丈夫だと思って放っておこう。どうせ、私が宙香の心配をしたって、宙香は喜ばないから。


 皆が並ぶ一番端で、柵の上部に手をかけて向こう側を覗いた。


 一頭の牡牛が牛舎から放たれ、丁度、こちらへ向かって駆け出して来るところだった。


 黒い毛並みの大きな牛。鋭く尖ったつのの先を誇らしげに空へ向け、不機嫌そうに鼻の穴を膨らませている。


 そのまま、私のいるほうへ突進してくるように見えて、身体からだに緊張が走った。


 が、牡牛はふいに方向を変え、柵の内側にいた一人の男性のほうへ走り出した。


 男性が牡牛に激突されてしまう。


 私は息を呑んだ。


 しかし、男性はひょいっと、ジャンプした足を広げて、軽々と牡牛を跳び越えた。まるで、手を使わずに、高い跳び箱を跳び越えたみたいな動きだった。


 牡牛は目の前から消えた男性のことなど忘れたように、真っ直ぐ走り去って行く。


 凄い。


 私の横でも、おおっと言う、驚愕と称賛の声が上がる。


 牡牛を跳び越えた男性は、儀式を受ける他のグループが連れて来たトレーナーだった。跳び越えた後で、柵の外へ避難してから、何人かを集めて話をしている。


「あれは、無理だろ。俺にはできる気がしないよ」


 波江野はえのさんが嘆いた。


 私も全く同じ意見だった。


 私の顔はきっと、波江野さん以上に悲愴感が漂っているはず。そう思っても、そんな自分の顔を隠す余裕すら無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ