021)知りたい
太陽が夕陽に変わろうとしている中を、私とソラはホテルへの帰路についた。
先に広場を出た皆へ、すぐに追い付けるかと思っていたけれど、見通しの良い道になっても彼らの姿は見当たらなかった。
「このクレタ島には、紀元前七千年頃から人が住んでいました」
黙っている私へ、クレタ島の歴史でもお話しましょうと、ガイドを始めたソラにほっとした。ビジネスライクに接してくれたほうが、今は気が楽だった。
「時代が下り、島内各地に小規模な都市が現れます。クレタ島内が統一されたのは、今から三百年くらい前のクノッソス王の時代。
島内の制圧が終わり、強い海軍を備えていても、歴代のクノッソス王は、エーゲ海周辺の土地を平定しようと試みたり、植民地化したりすることはありませんでした。
その代わりに、王家の神性を知らしめることで、クレタ島を守るという手段を取ります。
クレタ島へ侵攻しようとする勢力が興る度に、クレタの海軍は神託で戦略を立て、敵を一網打尽にし、その話を広めました。
他の国同士の争い時にも、同盟国へは、積極的に神託を降ろして助言していたようです。
そういったことが繰り返される内に、クレタ島は神の住む場所と認知されていきました。
発展途上の近隣諸国にとって、ここクレタ島は、神託を受ける聖地。そういう位置付けになりました。
神託に関することは、史実として残されていません。
ですが、攻撃しようとしてくる国が無いこと。そして、都市を守るための城壁が築かれていないこと。それらが、この国が神性を獲得した事実を物語っていると言えるでしょう。
未来から振り返れば、明るく平和で貿易の盛んな、ヨーロッパで最も古い都市というのが、このクノッソスになります」
今朝、私達に敬意を表してくれたおじさんの顔を思い浮かべた。
例え、この先で繰り広げられる歴史を知っていても、この地や人類が、このまま平和であって欲しいと願わずにいられない。
「それが、大まかなクレタ島の変遷です」
ソラの声が憂いを含んだものへ変わった。
「何千年単位では、平和だったと一括りにできても、数年単位では、それなりにいざこざもあります」
「どういうこと?」
「ここ数年では、近隣諸国の中に、巫女王を手中に納めようとする不穏な動きが見えます」
「彼女を……。巫女王を手に入れて、何がしたいの?」
「巫女王の神託があれば、自国の防衛や貿易に有利だからです」
ソラの声に苛立ちが混じっている。
「歴代の巫女の中でも、クリティネは特に霊力が強いと言われていますから」
クリティネは、自分の意識を飛ばして私の所へやって来た。あれが私の妄想じゃなくて、本当のことなら、確かにクリティネは何らかの不思議な力を宿していると思える。
「十年程前に、クリティネは実際に拐われていますし。ここ数年の間にも何度か誘拐未遂があったと聞いています」
「そんな……」
十数年前だったら、クリティネはまだ幼かったはず。
沢山の侍女に傅かれているようでも、巫女王という立場は安寧なものではないようだ。
日常的に、自分の意に反することと闘っていると、クリティネは言った。私にそれを覚えていてとも。
もっと、クリティネのことが知りたい、知らなければならないと、強く思った。




