020)嘘は吐けない
クリティネの気配が無くなると、それまで重いとも感じていなかった身体が、枷が外れたように軽くなっていた。それなのに、身体は硬直したように動かなかった。
「紬生さん。今日の訓練は終了します。そろそろ帰りましょう」
視界の端から現れたソラのほうへ、顔を向けるまでに時間がかかった。
「どうしました? 何かありましたか?」
「いえ、あの……」
心配そうな顔で私の顔を覗き込んできたソラから、伏し目がちに目を逸らした。
今の出来事が自分でも信じられず、ソラには話せないと思った。
だいたい、クリティネが日本語を操るなんて、意識だけの存在だとしても信憑性に欠ける。変なことを言う奴だと、ソラに思われたくなかった。
「顔色が悪いですよ。日陰で休みましょう」
ソラに支えられて木陰に移ると、足の力が抜けたように座り込んだ。
何だかとても疲れた。
「少し、待っていてください」
そう言って離れて行ったソラは、しばらくして戻って来た。
「他の皆さんには、自力でホテルへ戻ってもらうようにお願いしました」
私の横に腰を下ろしたソラ。私の身体を気遣ってくれているけれど、厚かましさを感じない。やんわりと様子を窺っているのが、視線の落とす方向から伝わってくる。
「訓練がキツかったら、これからは、無理せずに休憩してくださいね」
訓練の疲れから、私の体調が悪くなったと思っているようだ。
「私ももっと、自由に休んでくださいと、伝えるべきでした。すみません」
「違うの。ソラのせいじゃない」
俯いたソラに悪いと思い、急いで否定した。
「訓練は楽しい。目標に向かって、努力してるって気がしてくるから」
「それなら良かったです。私の信条は、旅行へ来た方々に楽しんでもらうことですから」
しばらくの沈黙後、そう言えばと、ソラが口を開いた。
「儀式を受けたいと思う理由を、まだ聞いてませんでしたね」
真っ直ぐな瞳を向けられて、私はどきりとした。
昨日の夜もそうだった。この話題になると、ソラは真剣な眼差しを私に向けてくる。ソラにとっては、見過ごすことの出来ない事柄なのだろうか。
「ごめんなさい。儀式を受ける理由なんて、考えたことない」
嘘は吐けない。ソラに嘘は吐きたくないと思った。
「私は、目の前に提示されたことを、懸命に頑張るだけ」
ソラはゆっくりと前へ向き直った。
きっと、私の答えに落胆したんだ。
「それでも……」
苦しそうな声を出して、ソラが顔をしかめるのを、不思議に思って眺めた。
「『牡牛跳び』を成功させることで、紬生さんが旅を楽しめるなら、私は協力しますよ」
私にはソラが、無理に気持ちを作って、言葉を繰り出しているように聞こえた。
何故だろう。私も苦しくなった。ソラからは、そんなうわべだけの言葉を聞きたくなかったのかもしれない。
こんな会話が続いたら、ソラに訴えてしまいそう。
助けてと。
「もう、大丈夫みたい。ホテルへ戻りましょう」
私はすくっと立ち上がった。




