019)水呑場で
早めの昼食を挟んだ後では、転がってくる大きな壷をジャンプして交わしたり、鬼ごっこをしたり。とにかく下半身を重点的に鍛えさせられた。
「初日から、厳し過ぎだよ。太モモ、痛い」
明日美が顔をしかめて、細い足を投げ出している。
牛舎に併設された水呑場で、順番に顔を洗い、水場近くの樹木の根元に座り込んでいる私達。
水呑場は遠くの湧き水をここまで引っ張ってきている。誰でも自由に使えると、ソラから説明を受けてやって来ていた。
「あれを毎日やるのか」
波江野さんは深くため息を吐いて項垂れている。
「甘いですよ。きっと明日は、もっとハードになりますよ」
そう言った在斗は余裕の笑みさえ浮かべて、さっさと広場のほうへ戻って行った。
他の皆も腰を上げ、やれやれといった感じで在斗の後を追って行く。
広場に戻れば、また訓練が始まる。そう思ったら、私の足は広場へ向かず、誰もいなくなった水場へ戻っていた。
水は細長い溝を通って途切れなく流れ落ちている。三ヶ所ある内の一ヶ所で、さっきと同じように両手で水を受け止め、顔を浸す。
気持ちが良くて、腕や足、もう一度顔へと、何度も水をかけた。現実逃避だ。
ふと、後ろに何かの気配を感じた。
水を求めて誰かが来たのだろうと、振り向いた私はぎょっとなった。腕を伸ばさなくても触れる程の距離に、女の人が立っている。
身構えながら二度見した女の人の顔に、あっと叫びそうになった。
そこにあるのは、今朝見たばかりの忘れようが無い顔。巫女王クリティネだった。
彼女のほうも、私が彼女に気が付いたことに、何故か驚いている様子だ。
「私のこと、見えてる?」
私にとっては、あの巫女王が目の前にいるという重大事件が起きていた。だから、目の前の人物が日本語を話している事実に、疑問を抱く余裕は無かった。
「私とあなたの波動、近い?」
クリティネの手の平が、問い掛けに反応できないでいる私の額に触れたような気がした。
その途端、クリティネは何かに思い至ったようにはっとして、急いで戻した手を口元へやった。
「あれは、私」
何のことか分からず、私の顔は引き吊っていたと思う。
「自分の意に反すること。それと闘う。それが私にとっての日常。今もその最中」
自分の意思と反することと闘うとは、自分の意思を貫き通すこと。
私と真逆の生き方に聞こえる。何で今そんなことを私に告げるのか、クリティネの気持ちが全く分からない。
ただ、落ち着いてくると、クリティネの身体が所々透けているのに気が付いた。
そう言えば、祈祷の時に感じたオーラのようなものが薄い。
「例えば、渡り鳥。磁気の路を捉える。そして海を越える。私の意識は、心地好い波動を捉える。そして移動する。そう言うこと」
意識だけが、ここにいると言っているのだろうか。
クリティネは親しみの籠った瞳で私を見つめてきた。
「覚えておいて、ツムギ。私は闘ってる」
何で、私の名前を知ってるの?
言葉を声に出そうとした時、クリティネの姿はすっと消えていった。




