018)訓練開始
訓練のために私達が連れていかれたのは、スタジアムのような場所だった。
すり鉢状に設けられた観客席の上から、一番底辺にある楕円形の広場を見下ろした。
「ここは、実際に『牡牛跳び』が行われる祭事場です。自然の窪地を利用して造られています」
周りから跳ね返ってくるソラの声を聞きながら、石材で造られた観客席の間を下って行った。
「古代ローマなどに残されている円形競技場の原型は、この祭事場だと、個人的には考えています。皆さんが旅立って来た時代には、この祭事場は残っていませんので、証明はできませんけどね」
降り立った広場は8レーンの五十メートルプールが入る程度の広さがあった。
上から見た時は気付かなかったけど、すり鉢の底全体が平坦では無く、観客席に接している縁のほうは、観客席へ向かって急勾配で高くなっている。観客席の最前列に柵が設けてあるのは、牡牛が飛び込まないようにだろう。
「牛舎はあちらに隣接しています」
ソラは乾いた土が広がる広場の端を指差した。
その間では、私達の他にも話をしているグループがあった。よく観察すると、今朝の祈祷で見覚えのある人達だ。それぞれに、トレーナーと思われる人の指導を受けながら準備運動をしている。
「この中で二人」
ソラは私達の前で真面目な顔をした。
「六日後に開催される『牡牛跳び』で成功する人数です。まずは、それを目標にしましょう」
訓練が始まった。
場内を走らされた後は、丸太飛びとスクワットをやれと言う指示。
「はい、もう一度!」
言われた回数を終えても、ソラの容赦無い掛け声が飛んでくる。
いち早く、体力の限界が訪れたのは波江野さんだった。何度目かの丸太飛びで転んで、もう無理だと、地面へ腰を付いていた。
有難い。これで私もリタイヤ出来る。
ダメな奴だと、私だけがレッテルを貼られるは嫌だ。誰かが先に崩れてくれないと休めない。
そんな軟弱な心しか持ち合わせていないけど、私は頑張った。いつでも止められるという環境で、気が楽になったせいもある。
スクワット最後の一回を終えた私は、草の生えた地面へ、もたれるようにして転がった。広場の縁の急勾配になっている場所だ。
もう一度と、例え、ソラが鞭を振るって言ってきたとしても、もう動けなかった。
平気な顔の在斗以外の皆が、私と同じように、草の上へ身体を預けて呻いている。
その中に宙香の姿もあった。
牡牛を跳ぶことに否定的だったから、訓練には参加しないかもと思っていた。
中学時代陸上部だった宙香は、今でも毎朝ランニングをしている。子供の頃は病弱だったから、健康には気を遣っていると聞いたことがあった。中学高校と吹奏楽部だった私より体力があるはず。
文句を言わずに訓練を受けているところを見ると、やる気になったのだろうか。
「皆さん。よく、頑張りました」
ソラに笑顔を向けられ、心が弾む。自分は本当に頑張ったと実感できた。
受け取った飲み物をがぶ飲みして、再び傾いた地面で仰向けになった。
空が綺麗。さっき見たエーゲ海にも劣らない。
背中から、大地の温かみが伝わってくる。心地良い。
土埃を舞い上げない程度の穏やかな風が吹いて、流した汗が乾いていく。
何だか、とても幸せだった。太陽の光を浴びながら、このまま眠ってしまいたい。




