017)こちらの世界
私達はしばらく大通りを進んでから角を曲がり、民家が立ち並んでいる小道へ入った。
「右手前方の建物、入口のドアをご覧ください。ヤギが描かれていますね。あそこは、ミルクを売っているお店です。その先の家には、イルカの絵が見えますが、お店ではありません。漁師の家です」
道に面した民家のほとんどのドアには、模様や、陸と海の区別無く動物が描かれていた。細かく着色された絵は精巧で、文化の高さを感じる。
日干しレンガの外壁が並んでいる様子には、粗野で重い印象を受けても、個性に富んだ木製のドアが親しみやすい街並みを作っていた。
「写真に撮りたかったな」
眩しそうな顔で話す明日美に、そうだねと返した。
未来からは、スマホはもちろん、電子機器の類いの持ち込みは禁止されている。ホテルには未来の設備が整っているけど、持ち歩くことは許されていない。うっかりホテルの外で落として、失くしてしまったりしたら、古代の異物になってしまうから。
私も目を細めて街を眺めた。瞳に映るモノ全てを、記憶に焼き付けておこうと思った。
街は清潔感がある。生ゴミの臭いもしないし、長く放置されていそうな物なども目に入ってこない。
「ここで暮らす人々には、この地が、神託を授かるために神を呼ぶ島だという、自負があるようです」
ソラの説明で、民家の前で、掃き掃除をしている大人や子供の姿が多いことに納得した。神様が訪れるこの地を、清潔に保っておきたい島民の気持ちが表れている。
丸顔のおじさんが、にこにこしながら何かを話し掛けてきた。愛想良く答えたソラの言葉を聞いて、おじさんはすぐに真剣な表情になった。そして、手の平を空へ掲げて跪いた。
どこへ行くのか尋ね、『牡牛跳び』の訓練だと聞いたおじさんは、私達の覚悟に敬意を払ったのだと、ソラが話してくれた。
私が振り返ると、おじさんはまだ見送ってくれていて、私に向かって軽く手を上げてきた。
未来での私だったら、急いで視線を逸らして俯いていただろう。反射的に手を上げて、おじさんへ答えていた自分に驚いた。
濁りの無い、真っ直ぐなおじさんの笑顔で、私の心の硬い部分が少しだけ溶けたのかもしれない。
今までに無い自分の反応だったけれど、そんな自分が嫌いじゃなかった。嫌いじゃない自分を発見できて、気分が軽くなっている。
その後も、通る道々で、いろんな人に声をかけられた。この時代の人々は、他人に対して警戒心が薄いようだ。
こういう世界で育っていたら、私ももっと開放的な性格になっていたかもしれない。私はこちらの世界が好きになりつつあった。




