016)自由だ!
ホテルへ戻り、朝食を済ませると、牡牛跳びの訓練のために、私達は再びホテルを後にした。
「今は紀元前一八二八年。日本に行けば、縄文時代の様子が見られます。インド半島北西で栄えていた、インダス文明が衰退する一方で、メソポタミアでは、バビロニア王国が産声を上げています。エジプトは中王国時代。西ヨーロッパでは、青銅器文化が興こった頃になります」
石畳の道を進みながら、私達の一番後ろを歩くソラのガイドに耳を傾けていた。
「クレタ島は地中海に面していて、一年中温暖です。現在は五月頃になりますが、最高気温で二十度にいかないくらいです。真夏はもう少し上がりますが、風が強いのでそれほど暑くは感じません。冬も最低気温は三度くらいです。皆さんが旅立って来られた時代ですと、このクレタ島も、温暖化の影響で、平均気温はもう少し上がっていると思います」
一旦話を止めたソラは、先頭を歩く在斗へ声を掛けた。
「そこの角を右へ曲がってください」
どれだけ目的地が遠くても、移動は全て徒歩だと言われた時は、気持ちがゲンナリした。
でも、いざこうして歩いてみると、街の様子が見られるし、ソラもガイドをしてくれる。海外旅行するのはこういうものかと楽しくなっていた。
「この道は、クノッソスのメイン道路です。ずっと先をご覧ください」
ソラに促され、緑豊かな樹々が整然と並んだ道の先へ、真っ直ぐに目を向けた。
そこにあったのは本物の青だった。透き通った海。
「エーゲ海です」
余りの美しさに、皆に紛れて、私の口からもため息が漏れた。自分の住む地球に、これほど綺麗な海があったなんて知らなかった。
「エーゲ海を挟んだ近隣諸国には、大国と呼べるほど発展している国家は、まだありません。つまり今は、ヨーロッパ文明が興る前の時代になります。私達の知るヨーロッパ文明は、古代ギリシャから始まったと言えると思いますが、その古代ギリシャ文明に影響を与えたのが、このクレタ島に栄えた文明です」
へぇ、知らなかったという、私の思いを代弁するような言葉が、皆の口から漏れた。
「今、私達は一段高くなった道路の脇を歩いています。ここは歩道です。真ん中の低い道は、あのように、荷を載せた動物が通ります」
あのようにとは、私達の少し先を行く、背中に荷物を抱えたロバのような動物のことだ。ロバから伸びた紐の先では、父親と子供が歩道をのんびりと歩いている。
「こういった、人の歩く道と荷を運ぶ動物を分ける道路の考え方も、行く行くは、古代ローマの都市に継承されていきます。私達の未来の道路と同じように、雨水が集まる仕組みも整備されていますよ」
建築史に興味を持っていた時期もあったから、古代ローマの文明の高さは知っている。あの高度な技術は、このクレタ島に由来していたのかと感心した。
西欧文化が隆盛する前。人類がまだ瑞々しい時代。今、私はそこに存在している。
未来の時代の慣習に、縛られる必要のない時を過ごしてるんだ。
そう。ママに縛られることも無い。私は自由なんだ!




