012)御神体
先を急ぎましょうと、歩き出したソラの後を皆で追った。
「ここクノッソスは、人々に神託を授けることで、発展してきた都市です。そして、神託を授ける巫女王は、牡牛の子孫だと考えられています」
クノッソスの人達にとって、牡牛の子孫である巫女王と神は、切り離せない関係らしい。
『牡牛跳び』に参加するためには、まず、巫女王が行う祈祷に立ち会わなければならない決まりになっているという。巫女王の許しを得る、そのために、私達は今、迷路のような宮殿内を歩き回って祈祷の場へ向かっている。
石積の壁で挟まれた細い通路を何度か曲がり、更に短い階段を上ったり下ったりしながら進んだ。やっと視界が開けたと思った場所は屋外だった。
そこは建物に囲まれた中庭で、長辺が短辺のちょうど倍くらいある長方形で、長辺は五十メートルほど。東側の宮殿建物の間から、日の光が、私達を迎え入れてくれるように真っ直ぐに差し込んでいる。
フルートの音域に近い笛と、ピッコロに似た高音域を担う笛が、交互に奏でるメロディに乗りながら、私は中庭の端を神妙な気分で歩いた。
色とりどりの花が咲いている横を、私の前にも後ろにも、大勢の人々が連なっている。高貴な人、そうでない人、老人も子供も分け隔てなく、祈祷への立ち合いが許されているのだと、私は歩く人々の身なりから推察した。
王族が住む宮殿を過ぎて、L字型に進行方向が変わった時、目の前にそれが現れた。
教団が崇める御神体だ。
皆、息を呑んで立ち止まった。
崇めていた絵とほぼ同じ大きさのはずなのに、一回り大きく見える。絵の中の御神体も、そこに何かがあるという重みを凄く感じたけど、実物は、辺りの空気からして違う。汚れが無い。葉を揺らす風さえ御神体の一部に感じる。
気が付くと、私の瞳から涙が溢れていた。頬を急いで拭い、そっと他の信者の様子に目を向けてみる。
御神体の御姿に圧倒されたのか、我を失ったように見入っている明日美と在斗。
波江野さんは膝を付いてひれ伏し、詩葉さんと舘谷さんは両手を顎の辺りで組んで、ぶつぶつと口を動かしている。どうやら三人共、教団の祝詞を唱えているようだ。
「岩は盾だったんだ。樹に抱き抱えられてると思ってたけど、逆だった。大岩が、樹を守ってるみたいに見える」
隣りで宙香が、小さく呟いた。
「お互いを受け入れてる。共鳴して、認め合ってるんだ」
宙香も瞳を潤ませていた。
私は……。
揺るぎ無い神聖さを感じてはいても、実は、全く違う想いを抱いて御神体を前にしていた。
まるで母親にがんじがらめにされている自分のようだ。
幹の這った岩肌を見て、最初に思ったのはそんなことだった。
教団の至聖所でお祈りする時には、沸き起こらなかった感情に自分でも戸惑っている。
手前に向いている岩の部分が、平坦でゴツゴツしていないところも、無機質な感じがして、熱くなれない私の心に似ているじゃないか。
オリーブの樹の下で長い時を過ごすことを、大岩は望んでいただろうか。私はこの先も、ママの元にいることを望んではいない。
神聖な存在になることを、大岩は夢見たりしただろうか。私は聖者になんてなれなくていいから、教団から離れたい。
私には、大岩の発している静かなSOSが聞こえてくるようだった。




