表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/82

011)神話になる前の時代

 紀元前一八二八年 クレタ島、二日目。


 東の空に広がる朝焼けが目に入った。


 太い柱に支えられた開口部の向こう、どこからか、横笛の音が響き渡って来る。ここが異郷の地であることは、間違えようのない事実なのだと、聞き馴染みの無い旋律が、私に教えてくれているようだった。


 緩やかなリズムを乗せた風が、私の肩にかかった黒髪をなびかせる。


 地中海の東部とエーゲ海の南端に浮かぶ島、クレタ島。紀元前二○○○年頃から都市が栄え、文明が築かれた。


 私達は、クレタ文明で栄えた都市の一つであるクノッソスに来た。そして今、入り組んだ内部構造で、未来では、迷宮として名高いクノッソス宮殿にいる。


 人の身体からだで牡牛の頭を持つミノタウロスが閉じ込められていた、古代ギリシャ神話の舞台と言われているクノッソス宮殿。ミノタウロスを倒した英雄テセウスも、糸を辿ってやっと、宮殿から脱出に成功したとされているくらい、複雑な構造をしている。


 幾つもの部屋と廊下を通り抜け、既に帰り道が分からなくなっていたけど、前を行くソラが平然とガイドをしているから、私も安心していられた。


「今いるこの宮殿は、残念ながら、現在より百三十年後の、紀元前一七○○年頃に崩壊する運命にあります。宮殿の遺跡は西暦一九○○年に、イギリスの考古学者アーサー・エヴァンズによって発掘されますが、それは崩壊後に建てられる新宮殿の遺構です」


「じゃあ、未来へ戻ってからクノッソスへ行っても、全く違う宮殿が建っているってことですか?」


 在斗あるとの問いに、ソラは柱を指差しながら答えた。


「上に行くほど太くなる独特なこの柱は、新宮殿にも引き継がれます。ですが、その他の部分は、残された壁画、彫像などの色彩や構図の痕跡から、僅かに面影を拾うしかありません」


 未来でクレタ島へ旅行しても、この宮殿を偲ぶことはできない。


 そう聞いても、少しもがっかりしないのは、未来で海外旅行をする自分の姿が思い描けないせいだ。


「私達が入れるのは、一般人にも解放されているエリアだけです。中庭へ行くまでの御祓みそぎを兼ねたこのルートは、日本で言うところの、神社の参道のようなものだと考えてください」


「迷路のような参道ね」


 詩葉うたはさんが溜め息を吐いた。


「飾ってあるのは、似たような牡牛ばかりだし。目印にもならない」


 波江野はえのさんもぼやいた。


 波江野さんの言う通り、宮殿内には牡牛の壁画や頭部の彫像がたくさん設えられている。


 ソラは壁際に置かれた牡牛の彫像の横に立ち、私達のほうを振り返った。


「クノッソスの人々にとって牡牛は、神のメッセンジャーであり、神の化身なんです。古代ギリシャ神話では、ゼウス神が牡牛の姿で、このクレタ島へ来たエピソードがあります。あれは、牡牛を神と同一視している、ここクレタの文化から着想を得て、古代のギリシャ人が創作したのでしょうね」


 ミノタウロスの神話についても同じなのだろう。


 古代のギリシャ人は、この迷路のような宮殿を訪れ、牡牛と迷宮をモチーフにして物語を作った。


 その神話を生み出した古代ギリシャの国はまだ、この世に存在していない。


 私が来たのは、哲学者も数学者も詩人もいない、まだ神話にもなっていない時代なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ