010)心の奥底
深夜、目が覚めてしまった。
何か飲もうと思い、部屋から出ると、私に気付いたソラが会釈してきた。
ソラは誰もいないラウンジで片付けをしていたようだ。
「紬生さん、でしたね。眠れませんか?」
「ソラさんは、まだ寝ないんですか?」
「ソラで、いいですよ。それに、敬語はやめてください」
人懐っこい笑顔を見せたソラに、一瞬、心の奥底がざわめいた。その笑顔を知ってるような、そんな気がしたから。そんな訳ないのに。
「眠れないなら、ハーブティを淹れましょう」
手際良くお茶の用意をし始めたソラを、ドリンクカウンター越しに眺めた。
「あの……」
「何ですか?」
恐る恐る話しかけた私の気持ちも解れるほどの、優しい表情を向けられた。
「あ、あの。牡牛なんて、本当に跳べるようになるのかなと思って」
「儀式を受けたいという気持ちはありますか?」
「あります」
「それは、どうしてですか?」
どうしてと聞かれて、私は困惑した。儀式を受ける理由を考えたことが無かったからだった。
「教団に言われるまま、儀式に参加するんですか?」
言葉にトゲを感じて顔をあげると、難しい顔で私を見下ろしているソラの瞳にぶつかった。
「ソラは、宇咲代表と会ったことがあるの?」
空気を変えようと、私は精一杯明るく努めた。
なのに、ティカップを差し出してきたソラの動きが、ぎょっとしたように止まってしまった。
無言で見返してきたソラに戸惑った私は、急いで付け加えた。
「さっき、代表も儀式を受けたって。そう言ってたから」
ソラは、あぁそうかと言うように顔を緩めた。
「さっきは、言わなくてもいいことを言ってしまったみたいです。顧客情報なのに。どうかしてました」
疲れたように、ソラは口の端を歪めて笑った。
「ここで神託を授かったって、代表がご自分でおっしゃってたから。顧客情報とか、関係無いと思う」
少し悲しそうに俯いているソラを慰めるつもりで言ったのだけど、効果は薄かったようで、ソラの表情に変化は無かった。
「儀式を受ければ、私も、神託を授かることができるのかなぁ?」
ティカップを両手で抱えて、私は独り言のように呟いた。本当は、気の利いた答えが返ってくるのを期待していたと思う。
「神託は、誰にでも降るものではありませんよ」
ソラに言われて、私はがっかりした。
神託を授かれば、この先の人生の道しるべ的な助言がもらえるのではないかと、勝手に想像していたから。
現に、宇咲代表は神託で人生が変わったじゃないか。
「二回来たってことは、宇咲代表は二度も神託を受けたのかな」
「二回?」
聞き捨てならないと言うように聞き返して、ソラは不思議そうな顔をした。だけど、すぐに気持ちを切り替えたようだ。
「紬生さん。他のお客様のことは話せません。さ、明日は早い出発ですから。それを飲んだら、もう、お休みください」
そう言って、奥へと引っ込んでしまった。
二回、と耳にした時のソラの顔は少し怖かった。訓練を否定した、宙香へ向けた厳しい顔付きと似ていたように感じた。




