表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全知全能の神、全知全能を失い、地上に落ちてのんびり暮らそうと思ってましたが、今度は魔王にやられそうなので、再び全知全能を目指します  作者: 作者名未定


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

第8話「転入生と、問いの深さ」

学院に新しい顔が来た。

王都から。

魔力の測定値が、この村の最高記録を塗り替えたという。

まあ——

記録というのは、塗り替えられるためにあるものじゃ。

月曜の朝、ゼムが授業を止めた。


珍しいことじゃった。

ゼムが何かを途中で止めるのは、滅多にない。


「今日から新しい生徒が来る。

 紹介する」


扉が開いた。


男の子じゃった。


わしと同い年くらいか、少し上か。

髪は銀。目は灰色。

背筋が真っ直ぐで、歩き方に癖がない。


こういう歩き方をする子供は——

人に見られることに、慣れておる。


「セルと申します。

 王都から参りました。

 父は王都魔法院の副院長です。

 よろしくお願いします」


声が通った。

教室の端まで、よく届く。


周りがざわついた。


「……王都魔法院」

「副院長の子が、なんでこんな村の」

「魔力がすごいって聞いたぞ」

「測定値の記録が——」


ゼムが手を上げた。

静かになった。


「セル。席はそこだ」


ゼムが指したのは——わしの隣じゃった。


セルがわしを見た。


一秒。


「……ヴィンさん、ですね」

「そうじゃ」

「よろしく」

「うん」


短かった。

じゃが——目が一瞬動いた。

値踏みするような目じゃ。


わしは気にせんかった。

値踏みというのは、よくあることじゃ。

一万年、そればかりじゃった。


「……本当に、魔力が——」

「ゼロじゃ。測ったからわかる」

「……そうですか」


それ以上、何も言わなかった。


ゼムの授業が始まった。


セルの魔法陣は——綺麗じゃった。


精度が高い。

エイナとは別の方向で、完璧に近い。


エイナは直感型じゃ。

セルは計算型じゃ。


どちらが上、という話ではない。

ただ——性質の話じゃ。


「……すごい」


ガルが小声で言うた。


「あの精度。練習量が尋常じゃない」

「そうじゃな」

「お前、感心してるじゃん」

「本物じゃから」


ガルが目を丸くした。


「お前に本物って言われたら——本物なんだろうな」

「そうとも限らん」

「どっちだよ」


昼食は、また木陰じゃった。


エイナとガルとわし。

それにドレンが端の方に座るようになっておった。

相変わらず少し離れておるが——来ておる。


「セル、すごかったね」


エイナが言うた。


「そうじゃな」

「ヴィンが素直に褒めるの、珍しい」

「本物には、本物と言う」

「……怖くない? ちょっと」


わしは少し考えた。


怖い——とは、どういうことじゃろう。


一万年、恐怖という感情を持った者を見てきた。

あれは何かを失うことへの反応じゃ。

何も失わないと思っておる者には、怖くない。


エイナが感じたのは——

おそらく「この人は何かを決めておる」というものじゃろう。


決意がある人間は、確かに少し怖い。


「怖い、というより——目的がある顔じゃ」

「目的?」

「王都から、この村の学院に来ておる。

 何か理由があるはずじゃ」

「そういや、なんでかな」

「さあ」


わしは知っておった。

全知でわかっておった。


じゃが——それは本人が話すまで、知らんふりをしておく方がよい。


昼過ぎ、セルが来た。


一人じゃった。

ドレンの時と同じ来方じゃった。来方だけじゃが。


「少し、話せますか」

「うん」


エイナとガルとドレンが、また少し遠ざかった。


セルがわしの向かいに座った。

腰の下ろし方が丁寧じゃ。

この子は礼儀を——体に叩き込まれておる。


「なぜここに来た」


わしが聞うた。

セルが、わずかに目を見開いた。


「……聞かれると思っていなかった」

「そっちが話しかけてきたのに」

「……そうですね」


セルが、少し間を置いた。


「調べたいことがあって」

「何を」

「魔法陣の——原理を」

「ほう」

「王都では、結果だけを教わります。

 これを描けば、こうなる。

 理由は問わなくていい、と」

「それで物足りなかったんじゃな」


セルが、わしを見た。


「父から、ドレンとの件を聞きました」

「ほう。随分早いのう」

「王都魔法院は情報が早いので」

「なるほど」

「魔力ゼロで——炎の中に一歩踏み込んだと」

「踏み込んだんじゃない。

 当たらない場所に立っただけじゃ」


セルが、少し黙った。


「……その知識を、どこで」

「旅の途中で」

「——その答え、ドレンにも言いましたか」

「言うた」

「飽きないんですか」

「飽きん。本当のことじゃから」


セルが、口を一文字に結んだ。

何かを——堪えておる顔じゃ。


怒りではない。


「……笑いそうになった」

「笑えばよい」

「王都では笑わないように言われて育ったので」

「大変じゃったのう」


セルが——ほんの少し、口の端を動かした。


「魔法陣の原理を——教えてもらえますか」

「教えるのは得意ではない」

「では、一緒に考えてもらえますか」


わしは少し考えた。


この子は利口じゃ。

「教えてくれ」ではなく——「一緒に」と言うた。


対等に、という意味じゃろう。

王都の副院長の子が、魔力ゼロの六歳に。


わしはゼムにもらった古い本を取り出した。


「これが、今読んでおるものじゃ」


セルが目を見開いた。


「——それは」

「知っておるか」

「魔法院に同じ本があります。

 門外不出の……」

「ゼム先生にもらった」


セルが、黙った。


長い沈黙じゃった。


「……ゼム先生が、持っていたんですか」

「うん」

「……ゼム先生は——若い頃、魔法院にいた人です。

 魔力を失う前は、院長候補だったと父が言っていました」


わしは本を閉じた。


夕方の風が吹いた。


「一つ聞いてよいか」

「はい」

「王都の魔法理論と——この本の理論は、どこが違うと思う」


セルが、少し考えた。


「……王都の理論は、体系が整っています。

 その本は——もっと、問いが多い」


「そうじゃ」


「問いが多い理論は、実用的ではないと習いました」


「そうかもしれん」


「……でも——ドレンとの件は、問いから出た答えでしたよね」


「そうじゃ」


セルが、また黙った。


「整った理論と、問いの多い理論。

 どちらが正しいんですか」


「どちらも正しい」

「……では、どちらが深い?」


わしは少し考えた。


「問いの多い方が、深いかもしれん。

 整った方が、使いやすいかもしれん。

 深さと使いやすさは——別の話じゃ」


セルが、ゆっくり頷いた。


「……王都では、そういうことを教わりませんでした」

「そうじゃろうな」

「なぜですか」

「教えられる人間が——いなかったんじゃろう」


セルが、わしを見た。


「……あなたは、本当に六歳ですか」

「そうじゃ。測ったからわかる」

「魔力の話ではなく」

「そうじゃよ。六歳じゃ」


セルが、またわずかに口の端を動かした。


「……また笑いそうになった」

「笑えばよいのに」


「習慣というのは、なかなか抜けないものです」

「まあ——そのうち、抜けるかもしれん」


ガルが遠くから走ってきた。


「おーい! 何してるんだよ!」

「話しておった」

「何の話?」

「深さと使いやすさの話じゃ」


ガルが、セルを見た。

セルが、ガルを見た。


「……ガル。セルじゃ」

「ガレンです。ガレン・ゴーズ・ファーン」

「堅っ!」


ガルが笑うた。

セルが、少し固まった。


「……ガルで、いいですか」

「あ? ま、まあ……いいですけど」

「ガル」

「な、なんですか」

「よろしく」


ガルが、わしを見た。


「なんかすごい速さで打ち解けたな」

「そうか?」

「名前で呼んだじゃないですか」

「もしかして、ガルも呼ばれたかったのか」

「違います!!」


エイナが歩いてきた。


セルが、わしを見た。


「……エイナさん、ですね」

「うん。エイナです。よろしく」


エイナが、自然に笑うた。

セルが——少し、目を細めた。


全知が動いた。

セルがエイナを見た瞬間の——何かが、わずかに揺れた。


わしはわざと、全知を引っ込めた。


知らなくていい。

本人が言うまで——知らんふりをしておく方が、ずっとよい。


「ヴィン」


エイナが言うた。


「なに」

「さっきから何考えてるの」

「何も」

「嘘」

「……まあ、少しな」


エイナが、ふふと笑うた。


「また哲学してた」

「しとらん」

「してたよ」


夕方、帰り道じゃった。


エイナとガルとセルが少し前を歩いておった。

三人の声が聞こえる。

ガルが何か言うた。

セルが、また口の端を動かした。


笑えるようになるかもしれん。

時間が少しあれば。


ドレンが、わしの隣に来た。


「……なんか増えたな」

「そうじゃな」

「お前、あいつとも仲良くなるのか」

「なるかどうかはわからん」

「でも——話しておったじゃないか」

「話は、するのう」


ドレンが、少し黙った。


「……俺も、話しかけていいか」

「そりゃ、もちろんじゃ」

「……そうか」


ドレンが、また少し赤くなった。


夕陽が、石畳を長く照らしておった。


仲間というのは——

最初から仲間ではなかったのに、

気づいたら仲間になっておる。


そういう過程のことを、いうんじゃろうか。


一万年、わしはその過程を上から眺めておった。


今は——その中に、おる。


知らなかったことが、また一つ増えた。


悪くない。

お読みいただきありがとうございます。

「教えてくれ」ではなく「一緒に考えてくれ」

——その一言で、セルという子供の骨格が見えた気がします。

王都の副院長の子が、なぜこの村の学院に来たのか。まだ話していません。

「面白い」「続きが気になる」と思ったら、

ブックマークと評価をいただけると、セルが笑うようになるかもしれません。

次話、セルが王都を出た理由を、話し始めます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ