第6話「魔法陣と、勝負の意味」
魔法実技の初日。
わしにできることは——見学じゃ。
じゃが、見学というのも、
一万年分の目で見れば、
なかなか、楽しいものじゃ。
実技場は、学院の裏手じゃった。
石畳の広場。
端に的が立てられておる。
子供らが横並びに立って、
それぞれ杖を持っておった。
わしは端の方で腕を組んで眺めておった。
見学、の場所じゃ。
「なんで笑ってんの」
エイナが小声で聞いた。
「笑うておったか」
「うん、ちょっと」
「楽しいんじゃ」
「見学なのに?」
「見学だから、じゃ」
ゼムが前に立った。
「魔法陣の基本を説明する。
魔力は体内に溜まる。
それを外に出す時——形を与えてやる必要がある。
その形が、魔法陣だ」
白板に図が描かれた。
円。
その中に線が走る。
角度と比率が細かく決まっておる。
子供らが真剣な顔で見ておった。
わしも見た。
なるほど——
この世界の魔法陣は、
わしが知っておる原型から
少し変形しておるのう。
三百年前に誰かが改良したんじゃろう。
基本構造は同じじゃが、
効率が上がっておる。
ほう。人間も考えるもんじゃ。
「まず各自、描いてみなさい。
光れば成功。光らなければ魔力の出し方を見直す」
子供らが一斉に動いた。
指先に魔力を集めて、空中に線を引いていく。
うっすらと光る軌跡。
それが繋がって——魔法陣が浮かぶ。
エイナが集中した顔で指を動かした。
すう、と。
金色の線が空気の中に描かれた。
形が整う。
光が、じわりと強くなる。
完璧に近い陣じゃった。
ゼムが無言で頷いた。
それがこの教師の最大の賞賛じゃ、
とわしはもう知っておった。
エイナが振り返ってきた。
「見てた?」
「見ておった」
「どうだった」
「綺麗じゃったのう」
エイナが少し照れた。
「……綺麗って、評価が変」
「形が整っておった、に直そうか」
「それはそれで事務的すぎる」
「難しいのう」
問題は、そこで起きた。
ドレンじゃった。
実技場の中央で、大きな火の魔法陣を描いておった。
学年で三番目の魔力——伊達ではない。
炎が渦を巻いて、的を焼いた。
周りから歓声が上がった。
ドレンが、そのままわしを見た。
「——見学、楽しいか」
静かな声じゃった。
さっきの昼食の時と、温度が違う。
わしは答えなかった。
「魔力ゼロのくせに、魔法のことを一番知ってるつもりになってるんだろ」
「つもりではない」
「じゃあ証明しろよ」
ゼムが何か言いかける前に、
ドレンが続けた。
「俺と勝負しろ。
魔法でいい。
お前が俺の魔法を一発でも避けたら、
お前の勝ちだ」
教室が、しん、となった。
ゼムが眉を寄せた。
「ドレン——」
「先生、いいじゃないですか。
魔力があるって言い張るなら、見せてもらいましょうよ」
悪意はない。
ただ——確かめたいんじゃろう。
本当に何もないのかどうかを。
わしは少し考えた。
「条件がある」
ドレンが目を細めた。
「何」
「避けるだけでなく——
お前が、自分から止めた時も、わしの勝ちにしてくれ」
「……自分から止める? そんなことするか」
「するかもしれん」
ドレンが鼻を鳴らした。
「いいよ。かかってこい」
ゼムが片手を上げた。
「……怪我をするなら止める。
それだけだ」
それが許可じゃ、とわしは受け取った。
エイナが小声で言うた。
「……大丈夫?」
「うん」
「ほんとに?」
「エイナは心配性じゃのう」
「だって、相手は火魔法が——」
「見ておれ」
広場の中央に、二人で向かい合うた。
ドレンが魔法陣を構えた。
集中した顔。
魔力が揺れるのが、わしには見える。
いや——見えるというより、わかる。
ドレンの火魔法は、
強いが、扇状に広がる型じゃ。
中央が最も熱い。
端に行くほど、薄くなる。
そして——
放出の瞬間、術者の正面一歩分は、
魔力の流れが逆流する。
炎が外に広がる時、その芯の部分だけ、
一瞬——空洞になる。
これは魔法陣の構造上、避けられん。
残念ながら、わしは魔法は使えんが知っておった。
ドレンは、知らん。
「行くぞ」
炎が生まれた。
赤と橙の光が、ぐわりと広場を照らした。
わしは——前に出た。
一歩。
炎の中へ。
ドレンの真正面。
腕が届きそうなほどの距離。
炎が、わしの両脇を通り抜けた。
熱い。
頬がじりじりする。
髪の毛が少し焦げた匂いがした。
じゃが——当たらなかった。
わしは動かなかった。
ドレンが目を見開いた。
魔法陣が、揺れた。
術者が動揺すると、魔力の流れが乱れる。
次の一発が、来ない。
わしは——ドレンの胸に、手を当てた。
軽く。本当に軽く。
ただ、ぽん、と。
ドレンが——よろけた。
立て直そうとして、足が縺れた。
どすん、と。
ドレンが、尻もちをついた。
広場が、しんとなった。
わしはドレンを見下ろした。
「止まったのう」
「……っ」
「転んだから、止まった——でも、止まった」
ドレンが、わしを見上げた。
怒り、じゃない。
混乱じゃった。
「……なんで、当たらなかった」
「火魔法は、術者の正面一歩分が、一瞬空洞になる。
お前のそれは扇型じゃから、特に顕著じゃ」
「……そんなこと」
「どの本にも書いてない。
じゃが——魔法陣の原理から考えれば、出てくる話じゃ」
ドレンが、口を開けたまま固まった。
ゼムが静かに歩いてきた。
わしとドレンを交互に見て——
「……ドレン。立ちなさい」
ドレンが立った。
ゼムがわしを見た。
「君は——」
「見学で覚えた」
「……授業中に」
「うん」
ゼムが、深く息を吐いた。
「……全員、続きをやりなさい」
それだけ言うて、背を向けた。
エイナが駆け寄ってきた。
「すごかった……!」
「当たったら痛かっただけじゃ」
「作戦だったの?」
「知っておったから、入っただけじゃ」
「知ってたって……」
エイナが、わしの頬を見た。
「焦げてる」
「少しな」
「痛くないの」
「まあ——少し、痛い」
エイナが、ふうと息を吐いた。
「もう少し怖がってよ、普通は」
「怖い、とはどういう感覚じゃ」
「また哲学しないでよ」
ガルが後ろから来た。
「……お前、正気か」
「うん」
「炎の中に突っ込んだじゃん」
「突っ込んだんじゃない。
当たらない場所を知っておったから、そこに立った」
「同じじゃないですか!!」
エイナが、またくすりと笑った。
昼過ぎ、ドレンが来た。
一人じゃった。
わしはエイナとガルと木陰で昼飯を食うておった。
「……一つ聞いていいか」
ドレンが、どこか気まずそうに言うた。
「うん」
「なんで——前に出てきた」
わしは少し考えた。
「避けるだけなら、横に飛べばよかった。
じゃが——それだと、お前には何も伝わらん」
「伝わる、って」
「魔力がなくても、魔法に勝てることが、じゃ」
ドレンが、黙った。
「魔力の多さと、魔法の深さは——別の話じゃ」
「……」
「わしはお前に勝ちたかったんじゃない。
ただ——お前が知らんことを、知らないままにしておくのが、
もったいないと思うただけじゃ」
ドレンの顔が、少し変わった。
怒りでも、屈辱でもない。
何かを——考えておる顔じゃ。
「……そのこと、誰に教わったんだ」
「旅の途中で」
ドレンが、また止まった。
「……そのセリフ、飽きないのか」
「飽きん。本当のことじゃから」
しばらく、沈黙じゃった。
ドレンが踵を返しかけて——止まった。
「……その、扇型の空洞の話。
もっと詳しく聞けるか」
わしは少し驚いた。
珍しいことを言う。
「昼飯、終わったらでいいか。
今、食っておるんじゃ」
ドレンが、少し赤くなった。
「……わかった」
ガルが、ドレンが去るのを見送って、
小声で言うた。
「……お前、やっぱり変だな」
「そうじゃろうか」
「普通、勝ったら威張るじゃん」
「威張っても飯がうまくなるわけではない」
「…そういうことじゃなくて」
エイナが、二人を見比べた。
「ヴィンがドレンを動かしたね」
「そうか?」
「うん。
言葉の魔法で。」
わしは考えた。
エイナは上手いことを言った。
言葉という魔法で、動かした。
一万年、わしは言葉で何かを動かしたことがあったろうか。
命令は下した。
指示は出した。
じゃが——知らなかったことを知りたいと思わせたのは。
「……それは——なかなか、面白いのう」
「なんで自分で感心してるの」
「初めてやったからじゃ」
「六歳なのに初めて?」
「生きておらんかった。
存在しておっただけじゃ」
エイナが、静かに聞いておった。
「……違うの?
生きることと、存在すること」
「全然、違う」
夕方の風が吹いた。
木の葉がさわさわと揺れた。
「生きるというのは——
知らんことが増え続けることじゃ、
とわしは最近、思うておる」
エイナが、ゆっくり頷いた。
それ以上は言わなかった。
言わなくていいと——わかっておった。
お読みいただきありがとうございます。
魔力ゼロで、炎の中に一歩踏み込む元神様です。
怖くないのか、と聞かれれば——怖い、という感覚を、まだ学んでいる最中なのかもしれません。
「勝つ」というのは、相手を倒すことじゃなく、相手が知らなかったことを知らせることだ——そう思えるのは、一万年分の余裕か、それとも単なる変人か。
「面白い」「続きが気になる」と思ったら、
ブックマークと評価をいただけると、ドレンの授業態度が少し改善されるかもしれません。
次話、ゼム先生がヴィンに、こっそり話しかけてきます。




