第5話「席次と喧嘩と、昼飯のこと」
魔力ゼロで学院に入学して三日が経った。
わしがこの学園で学んだことは——
まだ、飯がうまいということだけじゃ。
学院の一日は、早い。
夜明けとともに鐘が鳴る。
支度をして、街道を歩く。
門をくぐって、教室に入る。
たったそれだけのことが——
なかなか、飽きん。
一万年、朝というものがなかった。
神に昼夜はない。眠りもない。
ただ、在り続けるだけじゃ。
じゃが今は——
朝ごとに世界の顔が違う。
曇りの朝は、空気が冷たく重い。
晴れの朝は、光が石畳を叩いてきらめく。
雨上がりの朝は、土と草の匂いがする。
一万年かけて知らなんだことが、
三日で三つ増えた。
まあ——悪くない速度じゃ。
四日目の朝、問題が起きた。
席次が張り出されたのじゃ。
学院では初日の魔力測定をもとに
席を決めるらしい。
前列が魔力の多い者。
後列が少ない者。
わしは後ろから二番目じゃった。
一番後ろは——空席じゃ。
なるほどのう。
「一番後ろは誰もいないの」
エイナが不思議そうに見ておった。
「魔力ゼロの者は、通常は入学できんのじゃろう」
「……ヴィンより下の人がいないから、後ろが空きになった?」
「そういうことじゃ」
「なんか……」
エイナが少し眉を寄せた。
「ひどいね」
「そうか?」
「そうだよ。ヴィンは何も悪いことしてないのに」
わしは少し考えた。
「気にはしておらん」
「わたしは気になる」
「なぜ」
エイナが、ぱしりとわしを見た。
「友達だから」
その言葉を、わしはしばらく反芻した。
友達、か。
一万年、友達というものがなかった。
神に友達はいらん。
いや——正確に言えば、必要だと思うたことがなかった。
必要じゃなかったのか。
それとも——知らなかっただけか。
「……なんで考え込んでるの」
「友達というものを、考えておった」
「いきなり哲学しないでよ」
「哲学ではない。ただの疑問じゃ」
エイナが、ふうと息を吐いた。
「友達はね、一緒にいると楽しい人のことだよ」
「楽しいか」
「そう。あと——心配になる人とか」
わしは前を向いた。
楽しい、か。
わしはエイナといると——何が起きておる。
知らんことが増える。
知りたいことが増える。
それは、楽しいということじゃろうか。
「……ヴィンは、楽しい?」
「うん」
「……本当に? 即答だったけど」
「じゃあ、少し間を置けばよかったか」
エイナが、ぷっと噴き出した。
問題が起きたのは、昼じゃった。
食堂で飯を持って席を探しておったら
ドレンが通路を塞いでおった。
「席、ないんじゃないの」
大声じゃった。
周りに聞かせるための大声じゃ。
わしは全知でドレンの腹の内を読みかけて——
止めた。
知らんでよい。
読まずに、答える。
「あそこが空いておるのう」
「だれも座ってないのは、お前の隣に座りたくないからじゃないの」
周りが、しんとなった。
わしはドレンを見た。
大柄な少年じゃ。
父は大きな商家の主人。
魔力は学年で三番目。
それだけわかれば十分じゃ。
「昼飯を食うのに、隣が誰でも関係ない」
「魔力ゼロのやつと同じ席に座るのは恥だっていう話だよ」
「なるほど。つまりお前は——」
わしは少し間を置いた。
「飯より体裁の方が大事なのか」
ドレンの顔が、赤くなった。
「なっ——」
「わしは腹が減っておるので、失礼するのう」
そのまま横を通り抜けた。
ドレンが何か言いかけたが——
ゼムが食堂の入り口に立っておった。
「騒ぐのであれば外で食いなさい」
それだけ言うて、ゼムは向こうへ行った。
わしは窓際の席に座った。
しばらくして、隣にエイナが来た。
「……大丈夫?」
「飯はうまそうじゃ」
「そっちじゃないよ」
「気にしておらん。本当に」
エイナがわしを見た。
しばらく何かを考えておった。
「ヴィンって——」
「なんじゃ?」
「怒らないの? ああいうこと言われても」
わしは豆の煮込みをひとさじ食うた。
うまい。
「怒るのに——理由が要る」
「理由?」
「理由もなく怒るのは、疲れるからのぉ」
「じゃあ、理由があれば怒るの」
わしは少し考えた。
「——大事なものを、踏みにじられたら」
エイナが、静かに聞いておった。
「今はまだ——踏みにじられておらん」
エイナが、ゆっくり頷いた。
それ以上は聞かなかった。
その分別が——
一万年分の知恵でも、なかなか見分けられんものじゃ。
昼飯のあと、ガルが来た。
「お前、またドレンに絡まれてたな」
「ガル、お主も学院に来たのか」
「当然だろ。この辺の子は全員来るし」
ガルが腕を組んだ。
「もっとうまくやれよ。あいつ、根に持つタイプだぞ」
「わかっておる」
「わかってて挑発したじゃんか」
「挑発ではない。本当のことを言うた」
「それが挑発なんだよ!」
「ただ、困ったときはお主も助けてくれるじゃろう?」
ガルが組んだ腕を解き、わしから目を逸らし、鼻をかいた。
「なんだよ。バカ」
エイナが、くすりと笑った。
ガルがエイナに気づいて、少し背筋を伸ばした。
「……えっと」
「エイナ。ヴィンの隣の席」
「あ、そうか。俺はガル。こいつの村の友達」
「知ってる。ヴィンから聞いてた」
ガルがわしを見た。
「俺のこと話してたの?」
「薪割りが上手い男がおると言うた」
「それだけ!?」
「他に何を言う」
ガルが、がくりとした。
エイナがまた笑うた。
帰り道、三人で歩いた。
途中まではガルも同じ道じゃ。
「なあ、お前ら明日の実技どうすんの」
ガルが聞うた。
「実技」
「魔法陣を描く練習。初回じゃん。やったことない奴は苦労するぞ」
わしは考えた。
魔法陣の構造は全部知っておる。
描き方も、筆の運び方も、
比率も角度も全てわかる。
ただ——魔力がなければ、描いても光らん。
「わしは見学じゃろう」
「見学でいいの?」
「良くはないが、仕方ない」
ガルが少し黙った。
「……お前さ」
「うん」
「なんで諦めてるみたいな顔しないんだよ」
わしはガルを見た。
「諦める必要がない」
「でも魔法使えないじゃん」
「使えん。じゃが——それだけじゃ。」
空が、夕焼けに染まり始めておった。
赤と橙と、淡い紫が混ざっておる。一万年、この色を知っておった。
じゃが、こんなにうまそうな色じゃとは知らなんだ。
「使えん分を、他で補えばよい」
「他って何」
「まだ決まっておらん」
ガルが、またがくりとした。
「計画性ゼロじゃんか……」
「大きな計画は、途中で必ず変わる。
小さな計画を一つずつ積むんじゃ」
「……それ、どこかで聞いた言葉?」
「わしが今考えた」
「嘘くさい」
「本当じゃ」
エイナが二人の間を見て、
ふわりと笑うた。
「二人とも面白いね」
ガルが頬を赤くした。
わしは——また、ノイズが静かになったのを感じた。
夜、マルタの家で飯を食うた。
今日はわしが作った。
根菜の煮物と、麦の粥。
「うまいな」
「そうじゃろ」
「褒めてない」
「知っておる」
マルタがわしを見た。
「学院、どうだった」
「なかなか、飯がうまい」
「なんだい、そりゃ」
「ちょっとは飯が上手くなっただろう」
「多少な。トラブルはなかったか」
「少し」
「少しって」
「解決した」
マルタが深く息を吐いた。
「……変な子だね」
「四度目じゃ」
「なにが」
「それを言われるのが」
マルタが、低く笑った。
初めて聞く笑い声じゃった。
「まあ、いい」
それだけ言うて、煮物を食い続けた。
わしも食うた。
一万年、誰かと食卓を囲むことがなかった。
これが——案外、あたたかいものじゃ。
窓の外に、星が出ておった。
一万年、星の構造も軌跡も全部知っておった。
じゃが——飯を食いながら星を見ると、
こんなに丸くて、近く見えるとは。
知らなんだなあ。
まだ、知らんことがある。
人間という生き物も——悪くない。
お読みいただきありがとうございます。
魔力ゼロで後ろから二番目の席、
昼飯は絡まれて、実技は見学。
それでも「悪くない」と言える元神様です。
一万年かけて磨いた余裕なのか、単に鈍いのか——
本人も、まだわかっていないかもしれません。
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マルタがもう少し笑ってくれるかもしれません。
次話、学院で初めて「勝負」を挑まれます。




