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全知全能の神、全知全能を失い、地上に落ちてのんびり暮らそうと思ってましたが、今度は魔王にやられそうなので、再び全知全能を目指します  作者: 作者名未定


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第3話「薪と飯と、五歳の限界」

一万年分の知識がある。

五歳の身体がある。

問題は——その二つが、全く噛み合わないことじゃ。

マルタの村は、小さかった。


家が三十軒ほど。

広場に井戸が一つ。

鶏が道を歩き回っておる。


全知が瞬時に告げる。

村の人口。土地の歴史。

主な生業は農業と林業。

南に街道、北に森。

特筆すべき事件は——なし。


つまらん村じゃ、と思いかけて——

わしは自分を戒めた。


それは上から見ておる時の癖じゃ。


マルタの家は村の外れにあった。


板張りの床。小さな窓。

竈からかすかに煙の匂い。


「そこで寝な」


マルタが指差したのは、

竈の傍の小さな藁床じゃった。


毛布が一枚。枕の代わりに丸めた布。


ヴァルディスの屋敷の天蓋付きの寝台に比べれば——

ずいぶん素朴じゃ。


じゃが、あちらは追放された場所で、

こちらは置いてもらっておる場所じゃ。


価値は、値段では決まらん。


横になった瞬間、

身体が沈むように重くなった。


三日間、森を歩いておった。

五歳の足で。


オーディンは世界樹に九日間ぶら下がって

知恵を得たと聞いておるが——

わしは三日歩いただけで

この有り様じゃ。


あの男の根性には、神も頭が下がる。


瞼が、落ちた。


翌朝、マルタに起こされた。


「仕事するなら置いてやる。

 しないなら出てけ」


挨拶もなく、そう言われた。


「仕事とは」

「薪割り。水汲み。飯の支度の手伝い。

 五歳でもできることはある」


わしは少し考えた。


全知が即座に答える。

薪の割り方。斧の振り方。

刃の角度。木の繊維の方向。

全部知っておる。


「やろう」


薪割りは、三分で諦めた。


斧が重い。

いや、重いというより——

腕が上がらん。


五歳の腕力では、

斧を頭上まで持ち上げるだけで

全力じゃった。


理論は完璧じゃ。

角度も知っておる。

繊維の方向も全部わかる。


——身体がついてこん。


「……下手くそだね」


マルタが横からひょいと斧を取り上げて、

ぱかん、と一撃で薪を割った。


「ほう」

「なにが『ほう』だ」

「単純に感心しておった。

 腕力とは、かくも偉大なものか、と」


マルタがわしを見る目が、

微妙な顔になった。


「……変な子だね、やっぱり」

「よく言われるのぉ」


水汲みは、もう少しましじゃった。


桶は重いが、引く力なら

腕力ほど要らん。

三往復でなんとか甕を満たした。


ただ——


「なんで全部こぼしてんだ」

「五歳の歩幅では、

 どうしても揺れるんじゃ」

「ゆっくり歩けばいい」

「ゆっくり歩いても揺れる」

「……」


マルタが深く息を吐いた。


飯の支度は、向いておった。


野菜の切り方。

火の加減。

塩の量。


全知のおかげで、全部わかる。


包丁が大きすぎて

両手で持たねばならんかったが——

マルタが何も言わずに頷いた。


「食えるな」

「そうじゃろう」

「褒めてない」

「そうじゃろう」


問題は、村の子供らじゃった。


三日目に井戸へ水汲みに行くと、

四人ほどが道を塞いでおった。


リーダー格と思しき赤毛の少年が、

顎をしゃくった。


「お前、マルタんとこに

 拾われた子だろ」

「そうじゃ」

「魔力ないんだって?」

「ない」

「ぷっ」


赤毛の隣の子が吹き出した。


「じゃあ何もできないじゃん。

 なんで生きてんの」


わしは桶を持ち直した。


「飯を食うておるからじゃ」

「は?」

「生きる理由を聞いたんじゃろ。

 飯を食う。寝る。それだけでも

 生きておれる」

「……そういう話じゃなくて」

「違うのか。では何の話じゃ」


赤毛が眉を寄せた。


「魔力もないのに

 何ができんの、って話だよ」

「薪割りはできん」

「だろうな」

「水汲みも半分こぼす」

「役立たずじゃん」

「飯は作れる」


赤毛が、一瞬止まった。


「……マルタさんが作ってんじゃないの」

「昨日の夕飯は全部わしじゃ。

 食ったか?」

「……食った」

「うまかったか?」


赤毛が、むっとした顔になった。


「……まあ、うまかったけど」

「それでいい」


わしは桶を抱えて歩き始めた。


赤毛が後ろから声を上げた。


「待てよ! まだ話終わってない!」

「水が重い。続きは後じゃ」


後日——赤毛は、また来た。


今度は一人じゃった。


「お前、本当に魔力ゼロ?」

「ゼロじゃ」

「でも森で三日生き延びたって

 マルタさんが言ってた」¥

「うん」

「なんで」

「知っておったからじゃ」

「だからなんで知ってんの」

「旅の途中で覚えた」

「五歳で旅?」

「うん」


赤毛が腕を組んだ。


「……嘘くさい」

「嘘ではない」

「じゃあ証明してみろよ」

「何を」

「なんか——すごいことしてみろ」


わしはしばらく考えた。


全知が静かにざわつく。


この少年の名前はガル。

今月で七歳になる。

父は猟師。足に古い傷がある。


——ああ。


「お主の父親、足の調子はどうじゃ」


赤毛が、ぴくりとした。


「……なんで知ってんの」

「歩き方を見ればわかる。

 お主は父親に似た歩き方をしておる。

 右足をかばう癖がある」


赤毛の顔が、変わった。


「……昨日から調子悪いって

 言ってた」

「湿気のせいじゃろ。

 雨の前後に痛む古傷は、

 温めると少しましになる。

 竈で温めた布を当てるといい」


しばらく、沈黙じゃった。


「……なんで知ってんの、そんなこと」

「旅の途中で覚えた」

「嘘くさい、やっぱり」

「でも、試してみるか?」


赤毛が、ちょっとだけ

迷った顔をした。


「……してみる」

「うん」


翌日、ガルがまた来た。


「効いた」

「そうか」

「……なんでお前、そんなこと知ってんだよ」

「旅の途中で——」

「それしか言わないじゃん!」

「他に答えようがないんじゃ」


ガルが地面を蹴った。


「わかんないやつだな」

「そうじゃろうな」

「……また来ていい?」


わしは少し考えた。


「水汲みを手伝ってくれるなら」


ガルが、ぷっと噴き出した。


「交渉すんの?」

「わしは五歳じゃ。

 桶が重いんじゃ」


そうして半年が過ぎた。


マルタが言うた。


「来月、入学式があるよ」

「入学式」

「この辺の子は六歳になったら

 学院に通う。

 お前ももうすぐ六歳だろ」


わしは竈の火を見つめた。


無魔力のわしが学院へ行けば——

まあ、どうなるかは見えておる。


「行くか?」


マルタが、珍しく

真っ直ぐ見て聞いた。


「行く」

「魔力ないのに?」

「ないからこそじゃ」


マルタが、ふん、と鼻を鳴らした。


「変な子だね」

「三度目じゃ」

「なにが」

「それを言われるのが」


マルタが、ちょっとだけ

口の端を上げた。


入学式の朝は、よく晴れておった。


マルタが古い上着を出してきた。

袖を折れば着られた。


「行ってこい」

「世話になった」

「まだ世話になってる最中だよ」

「それもそうじゃ」


学院の方へ、子供らが

ぽつぽつと向かっておる。


そのうちの一人が、

向こうから声をかけてきた。


見知らぬ顔じゃった。

隣の村からか、少し服の色が違う。


小柄な女の子。

明るい色の髪。

まっすぐこちらを見ておる。


「一人? 一緒に行こう」


わしは、少し止まった。


頭の奥で——


何かが、静かになった。


いつもざわついておる全知のノイズが、

その瞬間だけ、

すとん、と鎮まった。


なんじゃ、今のは。


「……どうしたの?」


女の子が、小首を傾げた。


「いや」


わしは歩き出した。


「一緒に行こうか」


女の子が、にこりと笑った。


手を、繋いできた。


ノイズが——また、消えた。


今度は、もっと長く。


わしは何も言わなかった。

ただ歩いた。


この静けさが何なのか、

まだ名前がつけられなかった。

お読みいただきありがとうございます。

全知全能なのに薪が割れない・・・

水汲みも半分こぼす・・・

でも飯だけは毎回完食されます。

知識があっても身体がついてこないのが、

人間になるということなのかもしれません。

そして最後に——大事な出会いがありました。

「面白い」「続きが気になる」と思ったら、

ブックマークと評価をいただけると、

桶の水がこぼれなくなるかもしれません。

次話、学院初日。元神様、授業を受けます。

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