EP3-15話 現象の結び手VS雷速の魔法士
ファントム同士が戦っているのを尻目に、魔法士二人は緊張感の中で睨み合っていた。
「『電磁収斂』――」
「『展開』:『濃霧』――『転換』:『流水』」
タイガが放つ電撃の槍が迫る。それに対してアヤネは周囲を濃霧で満たす。
白い霧は電撃の槍が触れた瞬間に液体となり、電気を全て吸収して地面へと誘導する。
都合五度目の攻防。飛燕とナギニが派手な大立ち回りをしている中、アヤネとタイガは、距離を取っての魔法戦を地道に繰り広げていた。
観戦している人から見れば、それはあまりにも地味な戦いに見えるだろう。
しかし戦っている当人たちにとっては、下手な大立ち回りよりもはるかに体力を使うような、神経をすり減らす激しい攻防だった。
(地味に見える――確かにその通りだ)
(だがそれは、久我の行いの高度さを理解できていないだけだ)
タイガは次なる魔法式を組みながら、アヤネの姿を見据える。
足が不自由なアヤネは、ぺたんと地面に座り込んでいる。その状態のまま、彼女は周囲に霧を作り出して物理的な結界を作り出していた。
「『千紫万紅・幻霧の褥』」
霧を生み出す時、アヤネはそう発声をした。
タイガが遠くから解析したところ、それは本当にただの霧だった。霧散しないように僅かな魔力は通してあるものの、霧そのものに魔法式が組まれている様子はない。
だが、その霧は変幻自在だった。
タイガが電気を飛ばせば霧をかき乱して電撃を誘導し、風の刃を飛ばせば気圧を変えて風の流れを乱す。炎熱を飛ばせば雨となって打ち消し、樹木を操れば氷となってその成長を止める。あらゆる物理属性の魔法に対して、アヤネは対策を施してくる。
「……なるほど。物理的な術式破壊というわけか」
相手の魔法式に割り込んで内容を改竄し、魔法を不成立にする術式破壊という技があるが、これはその物理版というわけだ。
魔法による事象改変も、最終的には現実の物理法則によって成立する。それが物理属性の魔法である。どんなに魔力で炎を作り出そうと酸素がなければ炎は燃え続けたりしない。つまり、物理現象を打ち消すような環境を整えてやれば、自ずと物理属性の魔法は無効化出来る。そうやって、アヤネは物理的に魔法に対処しているわけだ。
しかし、この対応の多様さは何だ。
(あの霧自体にあらかじめ防御術式を組み込んでいるのなら、話はわかる)
(だがあいつは、手動で霧を動かして防御している)
魔法式は『要素部』と『変換部』の二つで表現される。
マテリアルは魔力を変換する最小限の単位であり、小さな火や、水、風と言ったものを現象として起こす事ができる。そしてそれを、何らかの形に『変換』することで、より大きな効果を生み出すのが魔法である。
例えば、アヤネが使う結界のマテリアルは『霧』である。本来はそれを『変換』して命令を組み込んだ『魔法の霧』を作って維持するのが魔法士の戦い方だ。意のままに動かし、そして特定の条件では形を変えると言った効果を、あらかじめ付与しておくのだ。
しかしアヤネの場合、霧を生み出して維持させるところで一度魔法式を終了させており、それ以降の防御対応は、その都度、霧の形状を変えるように命令を送っていた。
一工程の術式を連続で行う手法。
それは、本来であれは非常に効率の悪い戦法であるはずだった。
「『現象連鎖』――そう呼んでいるわ」
タイガの攻撃のことごとくを防ぎきったアヤネは、静かにそう口にする。
「現象はつなげていくだけでも、案外大きな効果を産めるものよ。最初の火種は小さくても、それを変換していくだけで無数の現象を起こせる。いちいち魔法式なんて組まなくても、その場に存在する現象を手動で変換していく方が、ずっと魔力も節約できる」
ね、簡単でしょ、と。
こともなげに才女は言う。
言うは安いが、実態は狂気の沙汰だ。
(確かに、それなら魔法式が固定されない分、不測の事態にも臨機応変に対応できるだろう)
(だが、一体どれだけの演算が必要だと思っている。少しの計算違いも許されない、瞬間的な判断が必要な戦闘において、どんな神経をしているんだ)
彼女の言うことを理論通りに行うためには、常に次に起こる現象の演算をし続けなければならない。目の前で起きている事象を逐一観察し、その数値を読み取り、計算し、最適解を叩き出して魔力を送る。そんな機械じみた正確さと速度が必要となる。
並の人間では決して届かない境地。
物理属性で名を馳せた神童、アヤネ・フィジィ。
その才知は、再起不能になった後も衰えることは無いらしい。
「となると、並の物理属性では無理か」
もっと高度な魔法――それこそ、四工程や五工程といった規模の大きい魔法ならば、物理的な干渉を行おうともそれを飲み込めるだけの威力を発揮できるだろう。
しかし、その魔法式を組む数秒の隙は決定的でもある。アヤネならばその僅かな時間で対策をいくつも立てられるだろう。
今でこそ防御に徹しているが、彼女がいつ攻撃に転じてもおかしくはないのだ。
では、どうするか。
(ナギの決着を待つ――というのも、手ではある)
戦闘中のナギニのことを考える。彼女は非常に強力なファントムであるがゆえに、その燃費は恐ろしく悪い。
今も彼女が大きな攻撃を繰り出すたびに、タイガの魔力が大きく引っ張られるのを感じていた。彼はそれを制御しながら魔法戦をする必要がある。
その代わり、並のファントムではナギニの相手にはならない。今回は珍しく手こずっているようだが、それでも彼女が負けることはないとタイガは確信している。
彼女が負けるときは、タイガが魔力の供給をできなくなった時だ。
実際、これまでのバディ戦の戦績に置いて彼らが負けた試合の敗因は、全てタイガのリタイアによるものだった。
ナギニが戦っている状態では、タイガは高度な魔力操作がうまく出来ない。彼は制御が難しい魔力炉を体内に持っており、それは少しでも制御を誤れば、自身が傷つく諸刃の刃なのだ。戦闘中に暴走しないように常に気を張っている。
故に、全精神をナギニが全力をつくすために駆使するというのも、戦略の一つだ。
だが――
(それでは、あまりに面白くないだろう――ッ!)
仮にも、自身が憧れた神童の片割れが相手なのだ。
神童・久我アヤネ。
千の技を繰り出し、万の策を尽くしてもなお到達できないだろう彼方なる頂き。決して届かないと諦めすら抱いたその伝説に、今の実力ならば肉薄できるかもしれないのだ。
「挑まない、道理はないな」
明星タイガはそうつぶやくとともに、ナギニへの魔力供給を一時的に遮断する。
そして、地面に手をつくとまっすぐにアヤネの姿を見据えた。
「『電路生成』――『起動』」
全身に魔力をめぐらし、一つの魔法式を呼び起こす。
マテリアルは『雷』、そして自身の『肉体』。コンバータは『付与』と『感覚強化』。さらには、『変化』。自身の内面に意識を埋没させ、都合五つの工程を経て、肉体を変革させる。
タイガの全身を電流が駆け巡った。
全ての電気信号が魔力を介したものに置換される。肉体の運動能力は底上げされ、さらには神経系の伝達速度も強引に引き上げられる。
激しい放電が青白い光となって辺りを覆い尽くす。
「勝負だ、久我」
擬似的に雷と化したタイガの霊子体は、青い放電を行いながらゆらゆらと揺れる。
「君らとの格の違い――この一撃をもって、踏み越えよう!」
それこそは、現時点における彼の切り札にして奥の手。
身体全体を電撃そのものへ変換し、相手に激突する特攻魔法!
「『紫電一閃』!」
爆撃に近い放電を撒き散らしながら、タイガは突撃を行う。
その速度は雷速。秒速百五十キロの人間の知覚を遥かに超えた速度で、明星タイガはフィールドを駆け抜ける。稲妻は空間内の全てを焼き、砕き、蹂躙しながら突き進む。
その雷光は瞬きする間もなく神童を貫き、フィールドの端に叩きつけた。
※ ※ ※
タイガの技が繰り出される瞬間、久我アヤネはその魔法の危険性を察知した。
(まずい。間に合わない)
繰り出されるは正に雷速の一撃だ。わずか十数メートルの距離など、雷の速度を前にすれば一足で踏破される。
アヤネの『現象連鎖』はあくまで見て対処する技だ。見た時にはすでに終わっている攻撃なんてもの、対応のしようがない。
仮に人知を超えた反射神経があったとしても、そこから魔法式を組むには絶望的に時間が足りない。秒速百五十キロという人外の速度を前にしては、人はただ無力だ。
正に初見殺し。
ただし――それは、何の準備も無ければの話だ。
激しい電撃音と、物体が激突する衝撃音が鳴り響く。衝撃波がフィールドを震わせ、砕けたコンクリートが粉塵を撒き散らす中、光の線が幾重にも伸びた。
フィールドの端。
雷速の勢いで突撃をしたタイガは、そこでようやく動きを止めることが出来た。
「ふ、ふふ。ごほっ」
咳とともに、アヤネの口元から血が溢れる。
青いベールで出来た壁に、アヤネは叩きつけられていた。彼女の右胸にはタイガの手刀が突き刺さっており、更には全身を高電圧で焼かれて火傷を負っている。
見るからに満身創痍であるが――それでもアヤネは、まだ消滅していない。
「やっぱり……あったわね、高速の攻撃技」
苦しそうに吐血をしたアヤネは、しかしにやりと口の端を吊り上げて見せた。
明星タイガが電気系の魔法を得意とすると知った時点で、自身を電気化する可能性は考慮していた。だからこそ『速さ』に対するトラップを作っておいたのだ。
「カウンターデフェンス。『天網恢恢』――シオンお得意の、呪術トラップよ」
「……なるほど。通りで、君らしくないと思った」
攻撃側であるはずのタイガは、息も絶え絶えの様子で弱々しく答えた。
彼の全身は、光の糸で絡め取られて切り裂かれ、さながら蜘蛛の糸に捉えられた虫のようだった。網目状の光の糸が絡まって、彼は全身を縛り付けられていた。雷撃と化していた身体は、今は僅かな残留電子を残すのみで元の霊子体に戻っている。
更には、地面から砂で作られた槍が無数に飛び出し、彼の身体を串刺しにした。
「ぐ、ぅう……随分と、念入りじゃないか」
「当然。アンタみたいな化物相手に、保険はいくつあっても足りないわよ」
至近距離でにらみ合いながら、アヤネとタイガは憎まれ口をたたきあう。
タイガを串刺しにした砂は、役割を終えたのかサラサラと流れて消えていく。しかし、光のバインドは消える様子がない。
傷だらけのタイガの身体は、至る所から流血とともに魔力がこぼれ出る。
彼らの背後では、ワンテンポ遅れて、幾つかの魔法が空振りに終わっていた。
地面から生えた氷の棘、空間をずたずたに切り裂く風の刃、対象を圧殺する重力に、自らもろとも敵を吹き飛ばす爆発と、絡まり付く植物の根。様々な魔法が発動していた。
――一体、どれだけの対策を取った上で、タイガの攻撃を受けたのか。
幾重にも重ねたトラップの中で、最後の最後に、『速度が大きければ大きいほど対象を拘束する』術式――カウンター呪法『天網恢恢・光網』が発動し、タイガの動きを停止させた。
その直後に、アヤネが設置した砂の槍がタイガの身体を串刺しにしたのだ。
全身の火傷に息を切らせながら、アヤネは不敵に笑ってみせる。
「ふ、ふふ。さすがに頑丈ね。でも、もう後がないわよ」
「それはこちらのセリフだ。君の霊子体も限界だろう」
雷撃の直撃を受けて焼かれ、胸を手刀で貫かれたアヤネ。
全身を砂の槍で串刺しにされ、光の束縛を受けたタイガ。
あと一手、先に手を出した方が勝利する。
その点において、未だ光の拘束が継続しているタイガの方が不利ではある。
だからこそアヤネは、満身創痍の身体にムチを打ち、死力を尽くしてデバイスに魔力を通そうとする。しかし、霊子体が崩壊気味のせいでうまく魔力が身体を巡らない。痛覚刺激の障害が起きて激痛に顔をしかめる。
膠着状態が生まれた二人の時間は、すぐに動き出すことになる。
爆撃音に近い音とともに、側の地面に何かが叩きつけられた。
「かっかっか!! そら、どうした。そんなもんか、武術家!」
高らかな哄笑とともに、ナギニが爆撃のような勢いとともに着地する。
砂埃の中、地面を転がっていくのは飛燕だった。全身をボロボロにした彼は、力なく腕を垂らしながらも、懸命に立ち上がろうとしている。
「ちぃ。さすがに及ばないか」
傷だらけでありながら構えを取る飛燕に、ナギニは楽しげに笑う。
ナギニも無傷ではなかった。右肩には強烈な打撃後があり、右腕がだらりと下ろされている。全身に打撃を受けた痕があるが、まだその膂力は健在のようだ。
「かか、ようやくわかったぞ、武術家。方角――風水だな!」
「遠からず、とだけ言っておくよ、竜人」
虚勢を張りながらも、飛燕は攻めの姿勢を崩さない。最強のファントムにかろうじて肉薄していたからくりを看破されながらも、なお自身の役割を全うしようとする。
その姿を見て、ナギニは一歩を踏み出す。
「いいぜ、お前。最高だ。戦力差を自覚しながらなお、勝ち筋を探ろうとするその目! 誰だかを思い出すねぇ。気質が似てるのかね。そういうやつ、アタシは大好きなんだ」
「そうかい。私はできれば、こんな無茶は御免被りたいがね」
飛燕はすでに満身創痍だ。それに対してナギニはまだ余力を残している。もし彼女が全力を出せばすぐにでも飛燕は脱落するだろう。それはすなわち、アヤネの敗北と同義だ。
一手、間に合わなかった。
アヤネが諦めようとした、その時だった。
「いや、もういい。ナギ」
「あん? どういう意味だよ、タイガ」
突然の主の言葉に、これから攻撃を仕掛けようとしていたナギニは怪訝な顔をする。
それに構わず、タイガはアヤネの眼を見ると、静かに言った。
「リザイン――降参だ」
その宣言とともに、霊子庭園は崩壊を始めた。
※ ※ ※
明星タイガと久我アヤネの試合は、タイガのギブアップという形で終結した。
バディ戦において、タイガに土をつけたバディはそう居ない。例え勝負中のギブアップによる決着だとしても、それは快挙というにふさわしかった。
沸き立つギャラリーを前に、アヤネは素直にその結果を受け入れられなかった。
「……どういうつもりよ」
学校ではあまり見せないでいた喧々とした態度で、アヤネはタイガを追求する。
「勝利を譲ってもらっても嬉しくなんて無い。あの状態は私にとって詰みに等しかった。なのにアンタは勝手にチェス盤のキングを横倒しにしたのよ。こんな屈辱、許せないわ」
「別に、勝利を譲ったつもりはない」
噛み付いてきたアヤネに対して、タイガはあくまで冷静に返す。
「ナギに頼らず君を打倒しようとして、上回られた。俺にとっては敗北に変わりない」
「ふざけないで。これはバディ戦よ。ファントムを御し切るのも十分な実力でしょ。それをないがしろにして、何が決着よ」
「それこそ勘違いしないで欲しい」
言葉少なに、タイガは言葉を選びながら答える。
「俺は君に勝ちたかったんだ。久能が尊敬する君を超えたかった。だからこれは、バディ戦じゃなかった。個人のわがままだ。不快に思ったなら謝ろう」
「……納得、いかないわ」
悔しげに顔を歪めながら、アヤネは顔をうつむかせる。
その鬼気迫る様子に、タイガは困ったように目をそらす。
「どうして君は、そこまでして、予選に参加しているんだ」
最後の一週間で突如として参加をして、わずか四日間で三十位以内にまで上りつめた。
一日三試合から四試合とハイペースで試合をし、ランキング上位の相手とばかりと戦っている。一戦一戦が神経をすり減らすような勝負であるはずなのに、なぜそこまで、ひたむきに走ることが出来るのか。
そのタイガの問いに、アヤネはぶっきらぼうに答える。
「知らないわよ。そんなの」
「……そう、か」
タイガは車椅子に座ったアヤネを見下ろしながら、真摯に伝える。
「決着はユースカップで。その時は個人ではなく、バディとして、君たちを打倒するために全力を尽くすと約束する」
「……はぁ」
小さくため息を吐いたアヤネは、そのまま、呆れたように苦笑した。
「アンタのそういうバカ正直なとこ、なんだかシオンにそっくりよ」
「そうか。それは、光栄だ」
アヤネの言葉に、タイガはどことなく嬉しそうに微笑を浮かべたのだった。




