EP3-16話 原始分化
タイガとアヤネが激闘を繰り広げていた、まさにその時。
久能シオンと七塚ミラは保健室に居た。
「……どう、ですかね?」
「どうって言われてもねぇ」
シオンの言葉に、保険医である来栖野聖教諭は困ったように頭をかく。
放課後のレーティング戦を一戦終え、シオンは周りを避けるようにしてこの保健室まで来ていた。目的は、このところ不調が続く七塚ミラを診察してもらうためである。
「自宅の設備だと細かいバイタルの確認に難があるので、ここで診てもらいたいんですが」
「そりゃあいいけど、だったら実習室を使えばいいだろう。それに、あたしはファントムについては専門外だぞ。霊子学の先生に相談したほうが確実だと思うんだがな」
「できれば内密にして欲しいんです。それに、だいたい原因の当たりは付けてるんで、あとは確証さえ得られたら」
そんな身勝手なシオンの言い分に、来栖野教諭はやれやれと肩をすくめる。
「あたしだって一応教師なんだがね。まあ、お前にはたまに手伝ってもらってるから、少しくらいならいいけどね」
そう愚痴りながらも、来栖野教諭はミラに対して電子的なパスを繋ぎ、データをディスプレイ上に表示させる。
ファントムは霊子細胞で出来ているが、その身体的特徴は人間と大差ない。何らかの障害や戦闘の後遺症が残った場合、人間の時と同じで異常が表面に現れる。
仮にも医術を修めている来栖野教諭であれば、全くの門外漢ではないのだが。
「そーだな。こっちのデバイスにあるアプリでも、身体的な異常は検出できないかな。あえて言うなら、魔力の流れが不自然といったところか」
ディスプレイに表示されたミラの全身図を指しながら、来栖野教諭が続ける。
「七塚は確か因子は一つだったよな? けど、この霊体図を見ると、魔力の流れが少なくとも三つある。そして、そっちに流れている魔力の消費量が異常だ。お前から供給される魔力はもちろんだが、大地からもマナを根こそぎ吸い取ってやがる」
「となると、これで確定ですね」
「ああ。あたしも直に見るのははじめてだけど、『原始分化』ってやつだろうね」
原始分化。
それは、ファントムの元となる原始から、新しい因子を生み出す成長期のことを言う。
ファントムは前述のように霊子細胞によって霊体を構成しているが、そこに知性を与えているのが、『原始』と呼ばれる力の源である。
霊子生体ファントムには、発生するにたる逸話が存在する。
鏡のファントムである七塚ミラの場合、原始は『合わせ鏡』――もっと言えば、かつてS級霊子災害として猛威を奮った『カール・セプトの鏡回廊』が力の源になっている。
本来ファントムは、その原始から溢れる力を幾つかの因子に分けることで能力を制御している。例えるなら、原始が心臓で、因子が血管や臓器である。全身に張り巡らせた血管に魔力という名の血液を流すことで、ファントムは魔法現象を起こす。
原始が強力なファントムであれば、必然的に多くの因子を持つことになる。
「ミラはまだ因子が『鏡』の一つだけです。こいつの元の原始から考えたら、少なすぎるくらいだとは思ってました。それでも、まだ発生して一年足らずでこの時期が来るとは」
「まー、あたしは専門外だけど、確かファントムの成長は、精神的なものだって聞くね。最近その子に何かあったんじゃない?」
来栖野教諭の問いに、シオンは寝台に身体を横にしているミラを見る。
ミラは、不機嫌そうに顔を背ける。
「わかんないよ。わたし、そんなのわかんない」
その様子を見ながら、シオンは仕方なさそうにため息をつく。
「……多分、心当たりはあります」
ミラの不調が始まったのは、今週初めに飛燕と会話してからだ。そこで言われたことが、彼女にとって価値観を揺るがすほどのことだったのだろう。
現在のミラの原始が『合わせ鏡』という形なのは、彼女がまだ、元の力を完全に使えていないからだ。仮に彼女が自身の力を取り戻せば、『カール・セプトの鏡回廊』そのものとまでは言わずとも、近いだけの性能は発揮できるだろう。
今、七塚ミラは成長しようとしている。
だからこそ、膨大な魔力を必要とするし、また体内での魔力の運用量も制御ができなくなっている。下手に使わずにいれば、吸収した魔力が溢れて破裂するだろうし、使いすぎたとしても、存在を保つための魔力を使い果たして消滅しかねない。
「原始分化が起きている時期は、できるだけ安静に、場合によってはちょっとした休眠も必要だと聞くぞ? どうするんだ、久能」
「はい。今のミラは、まだ初期症状なので問題ないですけど、もう少し進行したら、数ヶ月くらいの休眠が必要でしょう」
「休眠って……」
シオンのその言葉に、顔を背けていたミラが、ピクリと反応する。
「ねえ、ユースカップはどうするの!? あと少しなのに、わたし嫌だよ!」
案の定というべきか、ミラは泣きそうな表情で抗議してくる。
ミラの言葉に、シオンは肩をすくめて嘆息する。
「そう言うと思ってたよ」
続けて、来栖野教諭に向き直りながら頭を下げた。
「あと少し検査を重ねてもらってもいいですか。魔力の吸収と出力の割合と、平常時のバイタルを。今の数値を元に、これからの症状の変移を予測しますので」
「……たく。そのために実習室じゃなくて、保健室を使いやがったんだな」
実習室を利用するためには許可が必要になる。今のミラの状態を見たら教師陣が止めないわけがないので、こうして隠れてやる必要があるのだ。
「さっきも言ったが、あたしも一応教師なんだけどね……まあ、はぐれものだから報告はしないけど。見たところ急を要する感じじゃないし」
「ありがとうございます」
「だが、試合の映像でも見れば、そいつの様子がおかしいのはすぐわかると思うぞ。あたしが黙っていたとしても、時間稼ぎにもならんと思うが」
「どうせ急を要する状態じゃないんです。注意されるまではしらばっくれますよ」
「はは。まったく、お前のそういうふてぶてしいとこ、見習いたいものだよ」
シオンと来栖野教諭の会話を聞いて、ミラは驚いたように目を丸くする。
「い、いいの……?」
「お前がやりたいっていうんだから、仕方ないだろ。まあ、日中はできるだけデバイスで休まないといけないし、戦い方はちょっと工夫する必要があるけれど」
一度原始分化が始まれば、その成長を止めることは出来ない。あとは、成長の速度をうまく調整できるかにかかっている。
分化がステージ2に差し掛かると、原始の活動が強大になって制御が効かなくなるので、戦闘行為などは不可能になる。しかし、それまでであれば、むしろ適度に活発になった原始のおかげで、一種のドーピングのような効果を得ることが出来るくらいだ。
(予選の間は分化を抑えれば良い。その後、上手いこと一月の本戦の時期に合わせて分化を完了させる事ができれば、チャンスは有るか――とにかく、やれるところまではやろう)
七塚ミラに付き合うと決めたのだから、それを全うするのがシオンの役目だった。
※ ※ ※
追加の検査をしているところで、保健室に来客があった。
それも、大勢。
ぞろぞろと保健室に入室してくる生徒たちを見て、来栖野教諭が目を丸くする。
「なんだなんだ。この時期は魔力切れの軽症患者は多いけど、とんでもない集団が来たな」
「先生! 痛み止めください!」
その一声を筆頭に、ワイワイと騒がしい声が保健室に響く。奥でミラのバイタルチェックを続けていたシオンは、気になってそっと振り返る。
そこに、久我アヤネが居た。
どこか憔悴したように疲労を見せているが、それでもまだ、外面の笑顔は保ったままだ。
車椅子に座ったアヤネを取り巻くように、女子生徒たちが十人ほど集まって来栖野教諭に話しかけている。女三人で姦しければ十人ともなれば大騒ぎだ。特に、普段保健室を利用しないような子たちが集まっているからか、おしゃべりの花が咲き乱れる。
「来栖野センセ、ほんとに保健室の先生だったんだね。ずっと体育のセンセーだと思ってた」
「先生先生、すごかったんだよ、久我さん。あの明星くんに勝ったんだから!」
「ねーねー。鎮痛剤どこ? アヤネちゃんが痛がってるんだけど」
「さっきの試合すごかったよね。アヤちゃん、ほんとに実技科のトップに勝っちゃったよ!」
「あー、分かった分かった。ちょっと落ち着けお前ら」
騒がしい取り巻きを来栖野教諭がなだめる。
そんな彼女に、アヤネは申し訳なさそうに言う。
「すいません、先生。ちょっと無理をしまして。いつもの鎮痛剤、もらえますか?」
「ったく、仕方ない。今持ってくるから待ってろ」
そう言って、彼女は薬品庫の方へ向かう。
女子たちの間で口々に語られる内容に、シオンは思わずカーテンを空けて出ていた。
「なあ、今の話、どういう」
「あ。久能くんだ」
突然出てきたシオンに、女子生徒たちの視線が集中する。
その中で、アヤネはけだるげに顔を上げながらシオンへと話しかける。
「あら、シオン。奇遇ね」
「おい、アヤ。今、明星に勝ったって」
「……まあね。譲ってもらったところがあるから、気に食わないけど」
悔しげに顔をしかめながら、彼女は言う。
本当に気に食わないのか、心なしかいつもの不機嫌さが現れている。
「それよりアンタこそ、なんで保健室にいるのよ。まさか、腕、またダメにしたの?」
「……別に、僕のことは良いだろ」
皮肉げに言うアヤネに、シオンは罰が悪そうに口ごもる。
その様子を見たアヤネは、怪訝な顔をしてそっとシオンの背後に視線を向ける。
カーテンで仕切られているが、バイタルチェックの機械と、寝台に横たわるミラの姿が少しだけ見えていた。
「ふぅん」
それだけで、才女は何かを察したらしい。すぐに厳しめの瞳がシオンに向けられる。
「原始分化? 原因は、あの日かしら」
「……違う、っていっても、信じないだろ」
「そうね。……試合に影響は?」
「出来る限りのことをやるって、今話してたところだ。まだステージ1だから、少なくとも予選中は問題ないと思う」
「そ。なら良かったわ」
会話の応酬は短く、それだけでアヤネは、興味を失ったように目を背ける。
代わりに、取り巻きの女子たちが探るようにシオンを見てくる。しかし、話しかけづらいのか、誰もが盗み見るような眼をしてくる。
その居心地悪さに耐えられなくなったシオンは、踵を返してミラの方へ向かう。
「そろそろ行くか。ミラ」
「……ん。ねえ、シオン」
「なんだ?」
ベッドから身体を起こしたミラは、神妙な顔つきで言う。
「わたし、負けないよ」
「……ああ、そうだな」
その『負けない』は、一体何に対してなのか。
わざわざ尋ねずともいいと、シオンは思った。




