EP3-14話 武侠の神霊VS暴虐の竜王
◯明星泰河(一年実技A科)
魔力性質:固形
魔力総量B 魔力出力B 魔力制御A 魔力耐性C 精神強度B 身体能力C 魔力感応B
◯千頭和ナギニ
原始『■■■■■■■』
因子『人』『竜』『蛇』『天候』『毒』『翼』『火』『捕食』『不死性』因子9つ。ハイランク
霊具『■■■■■』
ステータス:筋力値B 耐久値A 敏捷値B 精神力B 魔法力B 顕在性C 神秘性A
「噂には聞いてたけど、何よこいつ。化物じゃない」
さすがのアヤネも、そのステータスを見て苦々しく言った。ステータスだけ見ればプロリーグにそのまま入れるくらいである。
明星タイガ。
一年の首席。今年度のインターハイ予選では上級生含めた複数の競技で代表に選ばれるなど、申し分ない実力を発揮している。怪我のため本戦は辞退していたが、仮に出場していた場合はきっと目覚ましい成績を修めていたことだろう。
ランキング公開時点において校内ランキング十位という順位であったが、このレーティング期間中にさらに順位を上げ、現在では一年生にして第三位に上り詰めている。
試合の映像なども見たことがあるが、戦術の甘さはあるものの、高いステータスに依存しきらず、堅実な魔法の行使ができる優等生である、というのがアヤネの評価であった。
「バディの方も噂に違わぬと言うべきか。これはもはや霊子災害と大して変わらないな」
隣で飛燕がそんなことをつぶやく。その言にはアヤネも全面的に同意だった。
千頭和ナギニ。九つという因子数を持ちながら、それを使いこなす実力を兼ね備えている。ステータスもほぼ全てB以上であるので、並のファントムでは勝負にもならないだろう。
「さて、どうするアヤネ」
因子三つのローランクである飛燕は、シニカルに笑いながら腕組みをする。
「おそらく、この四日間で戦ってきた中で最強の敵だ。今回ばかりは死力を尽くしたからと言って勝てるとは限らんぞ」
そう、試すように尋ねる武人に対し、アヤネは冷静に答える。
「いつも通りなら、アンタが前衛、私が後衛のパターンだけど、おそらくこのファントムはそれでは止められないわ。生半可な対応だとすぐに突破されてしまう。なら――アンタには千頭和ナギニの相手に集中してもらう」
「うむ、適切だな」
「これだけステータスの差があったら、長期戦になると地力の差が出る。短期決戦よ。アンタが千頭和ナギニの相手をしている間に、私が明星を倒す」
「一つ、確認をしてもいいか?」
「なに?」
現状における最適解を口にした主人に向けて、従者は静かにやるべきことを確認する。
「『相手をする』とは、足止めだけで構わないのか?」
そう、気取った様子で偉丈夫は挑発を口にした。
その不遜なまでの言い分に、アヤネはくすりと苦笑を漏らす。
「……吠えるじゃない。いいわ、勝ち目があったら遠慮なく倒しなさい」
「相分かった。では、この『武』の因子、存分に振るうとしよう」
作戦会議を終えた二人は、敵バディへと向かい合う。
相手もすでに戦略を立て終わったのか、フィールドの真ん中で待っていた。
泰然とした様子で佇む明星タイガと、威風堂々と大地を踏みしめる千頭和ナギニ。
そのまばゆいまでの出で立ちは、最強のバディと呼ぶにふさわしかった。
「よぉ、神童二号だな。いや、お前の方が一号なんだっけか?」
千頭和ナギニが粗野な声で絡んでくる。気楽そうに手を頭の後ろで組みながら、挑発するような目線をこちらに向けている。
それを聞き流しながら、アヤネは明星タイガへと視線を向ける。
「シオンと仲が良いらしいわね。聞いてるわよ。神童に憧れてたんですってね、あなた」
「ああ。そうだな。俺たちにとって君たちは伝説だった」
ガントレット型のデバイスを手に装着させながら、タイガはそれに答える。
二人の神童に感化された人間は多い。当時、魔法に関わっていた人間は、誰もが二人の動向を気にしていたはずだ。その中には同年代の子どもたちも少なからず居たはずだ。
しかし――タイガは目の前のアヤネに向かって淡々と言う。
「だが、俺が憧れたのは久能だ。君ではない」
「……そう」
その答えを、アヤネは聞き入るように目を閉じ、そして頷いた。
「分かるわ、その気持ち」
おそらく誰よりも。
誰にも、負けないほどに。
「始めましょう。準備はいい?」
「こちらはいつでもいい。始めよう」
霊子庭園が展開される。フィールドはオーソドックスな闘技場タイプ。障害物のない体育館ほどの広さで、地面が盛り上がって試合場をかたどっている。
青いベールで覆われた空間でアヤネとタイガは向かい合う。側には互いのファントムが控え、試合の開始を今か今かと待ち構えている。
三、ニ、一……ゼロ!
『――試合開始!』
「さて――」
ゲームスタートと共に、千頭和ナギニが吠えた。
「挨拶代わりだ! うまく避けろよ、神童!」
ナギニは地面を蹴ると、大きく飛び上がる。
彼女が地を蹴っただけで足元の地面ははじけ飛び、衝撃波が辺りを襲う。
砕けた地面の破片が飛び散り、砂埃が巻き上がる。音速を超える勢いで空中に躍り出たナギニは、思いっきり上体を逸らすと、そのまま右腕を振り下ろした。
「ッ! まずい!」
飛燕がいち早く反応したが、その次の瞬間には、ナギニの拳は地面へと振り下ろされていた。無造作に振り上げた拳をただ振り下ろしただけの攻撃。しかしそれは、どんな爆撃よりも派手な衝撃を伴って地面に大きなクレーターを作った。
「く、まるっきり化物だな、これでは」
目の前で行われた暴力を見て、飛燕は冷や汗とともにそうつぶやく。
間一髪、飛燕はアヤネを車椅子から抱きかかえ、十数メートル後方へと飛び退いていた。衝撃の余波からアヤネを守りながら、その埒外の暴力に厳しい顔を見せる。
ただ腕をふるっただけで、この破壊力である。
砂埃に塗れながら、千頭和ナギニはにやりと笑ってみせる。その足元には車椅子の残骸がある。破壊された車椅子は霊子の塵となって消滅する。
「済まない。対応が遅れた。君の足を奪われた」
「構わないわ。今のは最適な行動だったはずよ。それより、任せるわよ」
「相分かった。最善を尽くそう」
飛燕はアヤネを地面に座らせると、一歩前に出て構える。右腕と右足を前に出し、足を大きく開いた構え。中国武術の形意拳の構えを取ると相手の出方を待つ。
そんな飛燕を見て、ナギニが軽く腕をふるって挑発をする。
「はっ。今のを見て、迎え撃とうとするとはいい度胸だ」
にやりと火傷痕のある顔を歪め、ナギニは楽しそうに歩を前にすすめる。
「なら、どこまで受けられるか、試してみようじゃないか!」
ナギニは叫びながら急加速して、体全体で突撃しながら右腕を槍のように突き出す。
飛燕は真正面から迎え撃つ。
ナギニの右の突きに合わせるように飛燕も右手を前に出す。そうして相手の腕に右手を添えると、突きの軌道を僅かに逸らしてみせた。さらに、受け流しの勢いを利用して踏み込みながら、飛燕は左の掌底をナギニの左胸へと叩き込んだ。
五行拳火行・砲拳。
相手の突きの威力を殺し、その勢いのまま心の臓を討つ。完璧なカウンターだった。
しかし――
砕けたのはナギニの身体ではなく、飛燕の左腕の方だった。
「効かないねぇ」
攻撃を受けたナギニは胸元に打ち込まれた掌底を平然と見下ろす。飛燕の左拳は砕けて皮膚が裂け、腕全体がボロボロに破裂していた。
「ぐぅ……ちぃっ」
飛燕は左腕を引き戻しながら顔をしかめる。
「悪いね。アタシは頑丈なんだ。生半可な拳は、打ち込んだ方が砕ける」
千頭和ナギニの耐久値はAランク――さらに言えば彼女の持つ『竜』の因子のパッシブスキル『龍王覚醒・竜』は、一定ランク以下の攻撃を無効化する鉄壁の鎧である。
彼女に攻撃を通すためには、まずこのパッシブスキルを超えなければならない。
ナギニは笑いながら半歩身を引く。
その姿勢から飛燕の左腕をカチ上げると、無防備になった彼の胴体へと低い体勢から攻撃を仕掛ける。腕をムチのように振るうナギニに対して、飛燕はすぐさま飛び退く。
ナギニの右腕が空を切る――ただそれだけで、暴風のような衝撃が巻き起こった。その暴風に煽られるようにして、飛燕は地面に叩きつけられた。
一つ一つの動作が、危機感を覚えるほどの威力を誇る。
恐ろしいのは、ナギニはそれらの攻撃を歩くのと同じレベルで振るっていることである。あらゆる意味で格が違う相手であった。
「なんだぁ。もう終わりか、武術家。こちとらまだ朝の運動にも足りないんだぜ」
起き上がろうとする飛燕を煽るように、ナギニは悠々と歩きながら近寄る。
それに対して、飛燕は皮肉げに口の端を歪めながら答える。
「なに、あまりに心地よい風だったものでね。つい涼んでしまったよ」
「かかっ。挑発だけは一丁前だ。なら、次は休む暇も無いくらい遊んでやるよ!」
ナギニは地面を砕かんばかりに強く踏みしめて駆け出し、飛燕へと襲いかかる。
迎え討つ飛燕は、砕けた左腕をだらりと下げると、無事な右腕だけで構えを取る。
目の前には圧倒的な暴力が迫っている。
その一挙一動が死へとつながる敵を前に、飛燕はちらりと自身の立ち位置を確認する。敵との距離、向き――それらを瞬時に判断し、僅かに体勢をそらしながら小さく呟いた。
「奇門遁甲――景門」
目の前に迫る暴力は、如何な攻撃も効かず、あらゆる動作が攻撃につながる埒外の暴力だ。
おそらく百回やって百回敗北することは必至であろう。
何度試行しても前提となる数値が違いすぎる。まぐれや偶然の入り込む余地が無いほどに、彼我の力の差は歴然だ。絶望的な性能の差は、決まりきった試行回数だけでは覆らない。
されど――この世において、不可能はあっても絶対はない。
前提が変わるだけで物事は形を変える。
あらゆる要素を味方にし、絶対を過信した龍に対して、百一回目の奇跡をここで掴み取る。
交錯の瞬間。
飛燕は再び、ナギニの右腕に右手を合わせる。
「――セイッ」
次の瞬間、ナギニは顔面から地面に叩きつけられた。
「……な、に」
右腕を掴まれて、そのまま背負投で地面に打ち付けられた。持ち前の頑丈さで大きなダメージは食らっていないようだったが、予想外の出来事に彼女は軽く混乱していた。
対応できるはずも、ましてや反撃できるはずも無かった。千頭和ナギニが振るう暴力は、柔術で受け流せるほど生易しいものではないのだ。彼女の膂力は不用意に近づく者全てを破壊し尽くす暴力の塊であるはずだった。
にも関わらず、飛燕は見事にナギニを投げ飛ばしてみせたのだ。
「さて、まだ終わりではないぞ。八門――生門!」
飛燕はまだナギニの腕を掴んだままだった。
彼は右腕を振り上げると、そのままナギニを振り回す。雄叫びを上げながら、二度、三度と地面に叩きつけ、最後に空高く放り投げる。
「く――こんのっ」
空中で身動きがとれないナギニに向けて、飛燕は右足を前に出しながら掌底を突き上げる。
五行拳水行・鑚拳。
掌底を利用したアッパーカットは、錐で抉るようにナギニの右肩へと叩き込まれる。
「――『点穴・経絡乱し』」
攻撃の瞬間、飛燕はアクティブスキルを発動させる。
魔力がはじけ飛び、ナギニの身体を射抜いたのが見て取れた。
地面に落ちたナギニを見て、飛燕は飛び退きながら間合いを取る。攻撃は確かに通ったのだが、対するこちらの被害も大きい。左腕ほどでは無いが、右腕も攻撃の余波で腫れ上がっている。力加減を間違えたら骨が砕けていただろう。
それでも、成果は確実にあった。
「ぐ、てめぇ、何しやがった……」
起き上がったナギニは、射抜くような目で飛燕を見る。
「今は大して強そうじゃねぇのに、途中で妙に強くなりやがったな……それだけじゃない。随分と奇妙な拳じゃねぇか」
「さてね。そちらの暴力に比べれば些細な小細工だよ。それより、少しは目が覚めたかね?」
「か、かか。そうだな。寝起きにしちゃあ、いいもんもらったからな」
ナギニは右腕をだらりと力なくおろしたまま、正面に立ちふさがる。
右肩から腕にかけて、まったく力が入らないのだ。
飛燕の掌底は、ナギニのパッシブスキルを貫通したどころか、因子の一部に傷を負わせていた。現在の彼女の防御力は普段より三割ほど下がっている。
点穴・経絡乱し。
人体の急所たる『点穴』に内力を叩き込むことで、経絡を遮断する武侠の技術。
つまりは、魔力の流路を潰すことで一時的に体内での魔力の循環をせき止めるスキルである。物理的に魔力が巡らないため、回復をする手段が限られることになる。
少なくとも、この試合中は彼女の右腕を奪ったと考えていいだろう。
その事実を確認したナギニは、にやりと楽しげに笑みを浮かべた。
「アタシは右腕、アンタは左腕。互いに一本ずつ奪われて、おあいこってとこか?」
その挑発に、飛燕は右手を振りながら気の抜けた態度をとる。
「悪いが、こちらは今ので右腕も手負いになってね。少し加減してはもらえないだろうか?」
「はんっ。そんな甘い提案、聞くと思うか?」
「期待ぐらいはしてもよかろう」
「かか! やだね!」
愉快そうに笑いながら、ナギニは突撃を開始する。
それを飛燕は真正面から迎え撃った。




