EP3-9話 勝利のフィストバンプ
「いやあ、参った。完敗だよ」
両手を上げながら、清々しそうにイズナは言った。
シオンは苦笑いをしながら謙遜で返す。
「運もかなりありました。あの空間切断で即死していた可能性もありますし、何より最後の一撃をミラではなく僕に向けられていたら負けでしたし」
「身体を張ったブラフだったね。完全に騙されたよ」
レーティング戦を終え、二人に注がれた拍手は大きなものだった。
観戦していたギャラリーの声に答えながら、二人は休憩スペースへと移り感想戦を始めた。疲労困憊で今にも倒れそうであるが、何より刺激が強い戦いで興奮していた。
互いに、試合において気になった点を確認しあう。
「その刀剣型のデバイスは、サブデバイスだったんですね。すっかり騙されました」
「でしょ? 魔力の斬撃を飛ばすだけのデバイスなんだけど、大きさとモデリングの精密さのお陰で、案外みんな騙されてくれるのよね。ちなみに、同じ形のメインデバイスも持ってるから、どちらを使うかは毎回秘密ね」
ウィザードリィ・ゲームにおいて、持ち込めるデバイスはメインデバイスが一つと、サブデバイスが二つまでという縛りがある。
イズナの場合、刀剣型のサブデバイスの他に、足首にアンクルバンド型のサブデバイスをつけていた。これによって空気を固めて蹴ることができる。
加えて、手首に付けたバングル型のメインデバイスにより、多用な魔法を組めるように構成を整えていた。スサノオによる擬似ファントム化と合わせるとかなり厄介な魔法士である。
イズナも相当特殊なパターンではあるが、対するシオンもかなり特殊だ。
シオンの場合、メインであるロッド型デバイスは大して珍しくない。問題は、今回の試合ではサブデバイスを一つも持ち込んでいないところだ。
代わりに、彼は呪符を持ち込んでいた。
「呪符とは、また珍しいものを持ってきたね」
物珍しそうな目で見てくるイズナに、シオンはポケットから呪符の束を取り出す。
火行符、木行符、土行符といった呪符が十枚ほど。それらは一枚一枚時間をかけて記されている。
陰陽道の呪符術式。
古来、日本において主流だった呪術体系。自身の魔力で一から現象を起こすのではなく、自身の魔力をきっかけとして、自然の力を借りるのが呪法である。
デバイスを用いた人工魔法に比べると術式の自由度は下がるものの、消費魔力などが減るため、シオンのように魔力出力に難がある魔法士には重宝される。
「苦肉の策だったんですが、僕のように魔力出力に難がある場合、むしろ使い捨てのこいつの方が効率的だったりします」
ウィザードリィ・ゲームの規定では、持ち込める魔法デバイスは、組み込める術式の容量が一定以内であれば、何を持ち込んでも構わないとなっている。デバイスの代わりに呪符や魔道具を持ち込むのも可能というわけだ。
もっとも、呪符は使い捨てであることや、試合で持ち込めるのは十数枚が限度なので、好んで持ち込むプレイヤーは少ない。シオンにしても、小憎らしい年下の言霊遣いが使っているのを見なければ、試合で使用しようだなんて発想は生まれなかっただろう。
「でも、最後のヘロヘロの魔力弾でやられちゃうのは、我ながら情けなかったなぁ。やっぱり力の配分を考えないと。勝負を急ぐあまり少し大雑把になりすぎだったかな」
「そうですね。逆に、そうなるように狙って攻めたところはあります。絶えず視界に僕とミラの姿が見えている状態で、必ずどちらも攻撃対象になるように意識しました」
「でも途中、君は完全に消えていたよね? あれはどういうこと?」
「あれは、鏡の中に閉じこもっていました」
ああ、なるほど。と、イズナが膝を打つ。
フィールドにはミラが創りだした鏡が何枚も浮遊していた。最初に複製したものはほとんど破壊したが、ミラが持つ最初の七枚は、出し入れ自由である。
ミラのアクティブスキル『合わせ鏡・無限回廊』は、二枚以上の鏡を合わせることで写した存在を鏡の中に閉じ込めるスキルである。その中に入ることで、イズナの『一騎刀千』の斬撃を回避し、最後に攻めに出たという形だった。
以前は生体を閉じ込めることができなかったのだが、ミラの成長によって、短時間ではあるが、人間なども鏡の中に閉じ込められるようになったのだ。
「最後に生身で勝負に出たからこそ、私の隙を作ることができた、か。うん、やっぱり君の戦い方はかなり好きだ。リターンのために負うべきリスクをわかってる。その辺りは見習わないといけないね」
「伏義先輩の方こそ、あそこまで集中力が途切れないのは、本当にすごかったですよ。正直、最後の一撃も対応されたらどうしようかと、ヒヤヒヤしてました」
「あはは。あそこは私もしてやられたと思ったよ。確実に仕留めたと思ってたからね」
確実にとどめを刺すまでは気を抜かない。
それこそが、スサノオを使用した全力戦闘の時に必要な要素だった。
しかし、今回イズナは、それができなかった。
通常は右半身を吹き飛ばすほどのダメージを与えれば遠からず消滅するし、何より戦意を喪失する。だからこそ、イズナは試合が終わったものだと気を抜いてしまったのだ。
逆に言えば、意識が残っている限り霊子体は残るので、消滅までの猶予があるとも言える。シオンの勝因は最後まで意識を保ち続けたことにあった。
「……でも、君の霊子体は随分タフだね。普通、半身をもがれたら気絶してもおかしくないでしょう。精神力Bは伊達じゃないって感じかな」
霊子体を保てる能力は、ステータスの精神力で表される。ステータスが軒並み低いシオンが、唯一平均以上の数値を叩き出しているのが精神力だった。
本来Dあれば十分で、Cあれば一人前とされる精神力の項目において、Bという評価はずば抜けていると言える。
そんなイズナの言葉に、シオンは曖昧な表情で頬を掻く。
「まあ、往生際が悪いのも確かなんですけど、一応理由もあるんですよ」
そう言って、シオンは左手で右肩を叩いてみせる。
「右半身は事故の後遺症で人工生体の比率が高いんで、魔力の流路がほとんど断絶しているんです。だから、破壊されても魔力の漏出は左半身に比べて少ないんですよ」
「なるほどね。霊子体の欠損ダメージは如何に魔力の放出を防ぐかが消失の分かれ目だけど、そんな理由が……ってことは、もしかして」
そこでようやく思い当たったのか、イズナは気づいたことをシオンに尋ねる。
「最後、右手にデバイスを構えてきたのもわざと?」
「まあ、そうなります」
ほとんどが人工生体で構成されている右手では、左手以上に魔法の扱いは難しい。故にあの場面では、因子崩しを使おうにも使えない状態だったのだ。
その事実を知って、イズナは快活に笑いあげる。
「あっはっは。ねえ、スーさん。これは私らの完敗ですね」
「そうだな。そもそも、『剣坤一擲』まで使わされたんだ。その上で上回られたのなら、素直に敗北を認めるしかあるまい」
イズナの側に半透明の人影が浮かび上がる。羽場スサノオは肩をすくめてイズナに答えた。傷の修復には時間がかかるのか、霊体のあちこちに黒ずんた穴がある。相手も死力を尽くした戦いだったということだろう。
それに対してミラも具現化して彼らに向き合う。彼女にしてもかろうじて霊体を具象化しているが、満身創痍といった様子だった。しかし、やはり勝利は嬉しいのか、疲れた中でも笑顔を浮かべている。
「さて、これで順位は大きく動いただろうね。ユースカップに出るためにも、ちょっと本気を出さなきゃいけなくなってきたかな。私に勝ったんだから、君も頑張りなさいよ」
「……そう、ですね」
あまり実感はなかったが、これでシオンの順位は大きく動いたはずだ。ランキング十五位以内は十分狙えるだけの動きは見せたはずだ。
何より、伏義イズナを倒したという話はすぐにでも広まるだろう。久能シオンを倒すということに、レーティング的な旨味が発生するということにも繋がる。
予選終了まであとニ週間。かなり気合を入れて望まなければいけない。
「さて、もうこんな時間か。私は一度教室に戻るつもりだけれど、久能君はどうするつもり?」
「僕はもう少し休んでいきます。流石に、今日はもう試合はできませんが」
「そう。なら、また今度」
そう、ひらりと手を振った後。
僅かに横顔を向けたイズナは、静かな声色で、微笑みながら言った。
「次は負けないからね」
颯爽と、イズナはその場から去っていった。
後にはシオンとミラだけが残された。
途端、シオンは深く息をつく。
「……っ、ぁあ。疲れた」
張り詰めていた緊張を解くように、シオンはベンチにもたれかかった。
イズナの前では虚勢を張っていたが、魔力どころか気力も使い果たした上に、全身は霊子体が負った傷のフィードバックで重くなっている。しばらくは一歩も動けそうになかった。
「わたしも、かなり疲れたよ……」
そんな彼の隣で、ミラが実体化したままシオンへともたれかかる。
二人は疲れきった表情で互いを見やる。
やがて、どちらからとも無く、くつくつと笑い声を上げ始めた。それは大きなものではなかったが、止めることもできず、しばらく二人して笑いあった。
「とんでもなく雑な試合だった。正直、反省点だらけだ」
「わたしも『合わせ鏡』を開放するタイミング間違えて、シオンに怪我させちゃったし」
「運が良かった。どこで即死してもおかしくない、本当に綱渡りの試合だったよ。でも――」
ふぅ、と。また息をつく。
その吐息には、達成感が混じっている。
湧き上がる感情を抑えきれないのか、ミラがくすぐったそうな顔をして、意気込んで言う。
「勝ったね。六位」
「ああ。勝ったな」
バディ契約を結んで、半年。
まだまだ課題は多いが、最弱の魔法士とファントムがここまで来た。
「ナイスファイト、ミラ」
「ん」
シオンは僅かに上体を起こして、右手を上げてみせる。
シオンを真似て、ミラも右の手を挙げる。
二人は拳を作り合うと、疲れきった様子で、しかし力強く、右の拳をぶつけあった。
それは、確かな喜びの表現だった。




