EP3-10話 復活の神童
それを見かけたのは、トレーニング施設を出て程なくしての事だった。
グラウンドの周囲に人だかりができていた。
テニスコートほどの小さなグラウンドで、これもレーティング戦のフィールドとして開放されている施設だった。下校時間を前にして多くの生徒が片付けなどをしているところに、人だかりができているのである。
気になったシオンはそこに近づいてみる。
ガヤガヤと、ギャラリーが好き勝手に喋っている。
「おい、あの一年なにもんだよ。叢雲が押されてんぞ」
「嘘でしょ。ツルギくんと互角なんて……」
「なあ、どうしたんだよこの人だかり」
「ほら、二Aの叢雲だよ。あいつがいつもみたいに噛み付いてたら、勝負するって一年が現れたんだよ。それで……」
シオンのように、人だかりにつられて来た生徒も多いのか、方々で情報が飛び交っている。
叢雲というのは、昨日少し衝突した叢雲ツルギのことだろう。
彼と同レベルの一年となると、数が限られる。シオンの知識だとそれこそタイガくらいしか該当者が居ないが、もしかしたら、彼が戦っているのかもしれない。
そう思いながら、シオンは人混みをかき分けるようにして入っていった。
そして、人混みを抜けた所で、見知った顔を見つけた。
「明星。何してんだ」
「久能か。やはり君も来ていたか」
そこには、最前列で試合を観戦していた明星タイガがいた。
てっきり彼が試合をしているものだと思っていたシオンは、間の抜けた声を上げる。
「お前が戦ってたんじゃないのか?」
「俺の試合は少し前に終わった。それより、こっちの方が重要だろう」
「こっち?」
タイガは今日、三尋先輩と試合をするという話だった。その勝負が終わったというのなら、その勝敗も尋ねたかったのだが、彼はそれどころではないようだった。
話が見えなくて戸惑うシオンに、タイガが首を傾げながら聞く。
「君は『彼女』のことを、知っていて見に来たんじゃないのか?」
「『彼女』?」
「待て、決着がつく」
慌てたように、明星はフィールドに視線を向ける。
グラウンドに展開された霊子庭園は、現実の二倍くらいの空間倍率だった。その中で、わずかに小さい二つの人影が向かい合っている。
その片方が膝をつき、それとともに霊子庭園が崩壊を始める。霊子体が解け、生身のプレイヤーが姿を現す。
片方は、昨日揉めた叢雲ツルギだった。
勝敗はその姿を見れば一目瞭然だった。どうやら彼が負けたらしい。地面に倒れるようにして腰を付けて、ゼェゼェと荒い息をしている。側には、例の黒い少女のファントムが、これまた目を回してへたり込んでいた。
ツルギは鋭い目つきで相手を睨みながらも、どこか満足そうな笑みを浮かべている。
そして、その相手は――
「え……」
思わず、シオンは目をこすった。
彼女は、車椅子に乗っていた。
その様子はつらそうで、ツルギと同じように息を荒くしていた。顔を伏せ、必死で息を整えようとしながら、車いすのハンドルを握りしめている。伸ばしっぱなしだった髪は切り揃えられて短くなっており、まるで四年前のような姿をしていた。
その側には、武人然としたファントムが付き添っており、堂々と佇んでいる。彼だけが悠然と全体を睥睨しており、何よりも勝者であることを体現していた。
見間違いかと思った。
しかし、その目の前にいる彼女は何度見ても本物だ。
「……けっ。やるじゃねぇか、神童」
「あんた、こそね。でも、私の敵じゃないわ」
「はっ。可愛げがねぇ。すぐにリベンジしてやるから、首洗って待ってろ」
「お生憎さま。レーティングに関係ない試合なんて、一試合もしてやらないわ。そんなに私としたいなら、本戦に勝ち上がりなさい」
「ちっ。最下位からのスタートのくせに、本気で狙ってやがんのかよ。おもしれぇな、おい」
かかか、と。楽しそうに笑うツルギ。
彼は気持ちよさそうに笑いながら立ち上がると、軽く手を振って、その場を去った。
後には、車いすに乗った少女だけが、フィールドに残される。
彼女は息を整えて、車いすに深く腰を落ち着かせると、無造作にギャラリーの方へと視線を向ける。そして、それが当然であるかのように、彼女はシオンの姿を見つけた。
「あぁ……。見てたんだ。シオン」
「……アヤ」
なんで、という言葉は、出てこなかった。
今はただ、彼女がそこにいるという事実だけで、様々な感情が入り混じり、いっぱいだった。
一年研究科・久我アヤネ。
校内ランキング・現時点で二百八十一位。
保健室登校の少女は、ここに復学を果たしたのだった。
Wizardry Game Alteration
EPISODE3 抗いの拳




