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EP3-8話 神代の剣と担い手の少女


 久能シオンは、息を落ち着けながらまっすぐに対戦相手を見据える。

 伏義イズナの攻撃によるダメージは少なくなかった。


 とっさの判断でミラを連れて鏡の中へと逃げたが、残された鏡を大量に割られた。コピーで生み出した鏡なので大したダメージではないが、ミラの魔力をごっそり持って行かれた。


(あれほどの大技だ。連発はできないはず)


 スサノオを鉄剣に変えた直後に勝負を決めに来たことと、今の時点ですぐに追撃をしてこない所を見ると、何らかの制限があると見ていい。


 無論――それすらもブラフの可能性もあるが。

 もう一度同じ技を使われる可能性を頭の端に三割ほど残しながら、シオンは作戦を立てる。


(身体能力の上昇。あと、剣技もか? あのファントムのパッシブスキルは全て伏義先輩に付与されていると考えるべきだ。いわば、先輩自身がファントム化したようなものだ)


 羽場スサノオの因子を思い返しながら、どんな攻撃が飛んで来るかを予測する。

 剣の弾幕、神速の斬撃とくれば――他には、長距離斬撃、防御不可斬撃、広範囲斬撃といったところか。


 しかし、それはあくまで予測でしか無い。予想外の攻撃が飛んできた時の退避方法も考えながら、とにかく如何に相手の隙を突くかを考える。


(ファントムの身体能力を長く扱えるとは思えない。先ほどの大技も、確実に仕留めるつもりで来ていたし、おそらくは短期決戦を望んでいるだろう。ならば長期戦に誘うか? いや、長く防戦をできるほど、こちらには地力も余力もない。それよりは、相手の攻め手を誘導するべきだ。刀剣の弾幕があるとはいえ、刀での戦いの本質は接近戦。例え遠距離攻撃手段があろうと、ミラならある程度は防げる。なら――)


 可能性をパターン分けし、できるだけ多くのパターンに対応できるよう作戦を立てる。


(ミラ。今から、簡単に方針を伝える)


 念話を通じて、口早に作戦を伝えた。


※ ※ ※


 伏義イズナが動き出したのは、シオンがミラに作戦を伝えた直後だった。

 二人の間の空気が引き締まるのを感じた瞬間、イズナは動き出した。


「さて、行きますか――!」


 距離にして、五十メートルは離れていただろう。

 その距離をまるで意識していないかのごとく、彼女は一瞬でシオンとミラの間に現れた。

 縮地、とでも呼ぶべきか。

 正式な名称は『疾風怒刀』。動的物体に推進力を付与する、スサノオの持つアクティブスキルである。それを利用して、イズナは瞬きの間にシオンの目の前に現れた。


「……ぐっ」


 慌ててデバイスを構えるが、追いつかない。

 イズナが振り下ろした鉄剣はシオンの胴体を袈裟斬りに一刀両断した。防御は間に合わない。


 あっけなくも一瞬で決着はついてしまった――と、試合を見る誰もがそう思っただろう。

 だが、それで終わるようなら、そもそも最初の奇襲でシオンは敗れていた。


「ふふ――」


 薄く、シオンの姿をした存在が笑い混じりの吐息を漏らす。

 その不気味な笑みに、イズナが目を見開いて驚く。


「ひっかかった!」


 シオンの姿をした影は、鏡が砕けるようにして七塚ミラの姿に戻る。袈裟斬りに体を切りつけられた彼女は、後方に叩き飛ばされながら不敵に笑う。


 その背後に浮かぶ五枚の鏡にヒビが入り、内二枚は、粉々に砕け散った。

 直後、伏義イズナの身体にも同じように袈裟斬りの傷が入る。


「く、ぅ――まさか」


 与えたダメージを返された。

 それこそは七塚ミラのパッシブスキル、『鏡に写った(いたいのいたいの)貴方は私(おすそわけ)』。自身が受けたダメージの一部を相手に返すというものだ。Bランクを越える攻撃は返せないのだが、スキルの乗らないスサノオの斬撃では、通常の斬撃と大して変わらなかったということだろう。


 そして何より、姿を偽るスキル。『鏡映複製(ミラーレプリカ)』――『因子写し(ジーンレプリカ)』とも呼ぶが、鏡に映った存在の姿や本質を模倣するスキルである。


 それを使い、ミラはシオンの姿に化けて相手を誘い出したのだ。


「……ッ、だけど、それなら」


 本物は背後だろう――イズナはすぐさま鉄剣を振りぬいて、背後にいるはずの『七塚ミラ』の姿をしたシオンへと攻撃を加える。


 あの元神童相手に一瞬の隙は命取りだ。ファントムを相手にする時より本気で、イズナは強烈な一撃をぶちかます。


「『トツカノツルギ』――『疾風怒刀』!」


 鉄剣の振りぬきと共に、刀身からは刀剣の弾幕が射出される。

 機関銃じみた刀剣の弾幕は、相手の姿を視認する間もなく地面ごと吹き飛ばした。これだけの暴力を受ければ、霊子体など粉々に砕け散ってしまうだろう。


 パリン、と――鏡の割れる音がした。


 その僅かに響いた音で、イズナはすぐさま次の行動へと移る。

 鉄剣を構え直し、全身を使って円を描くように周囲を見渡す。


 案の定、少し離れた場所に二人の姿が見えた。

 再び鏡を使って距離を取ったのか、シオンとミラの周囲を複数の鏡が点滅するように現れては消えている。振り返ったイズナめがけて、二人はまっすぐに向かってくる。


 ご丁寧に、二人とも手には鉄剣の模倣品を握っている。

 鏡で作られた偽者による撹乱。

 なるほど、実に彼ららしい作戦だ。搦め手の策――だが、彼らが本物であろうと、鏡の複製だろうと、この際関係ない。


「なら、全て鏖殺(おうさつ)するまでだよ! 『一騎刀千(いっきとうせん)』!」


 筋力値と敏捷値を一時的に底上げし、一呼吸の間に千にも至るかという量の剣戟を行う。

 大量の魔力と体力を消費するため、一試合に三度が限度の大技だが、広範囲を無差別に攻撃する上でこれほど役立つスキルはない。


 半径三十メートル程度の範囲をイズナは駆け巡りながら斬撃をくり出す。

 近づいてきていたシオンとミラは、その斬撃の嵐によって八つ裂きにされた。


「ぐ、はぁ!」


 さすがにランクの高い攻撃だったからか、七塚ミラのパッシブスキルは発動せず、彼女はその場に崩れ落ちる。辛うじて五体はつながっているようだが、さすがに満身創痍だ。全身ズタズタのその様子では、程なく霊子体を消滅させることだろう。

 それに対して、久能シオンはというと――またしても鏡の複製だったのか、粉々になって砕け散った。


 その現象は周囲に複数見られた。

 ぱりんぱりんぱりん――と、ガラスの割れる音が随所で起きる。


 とにかく、目につく範囲は問答無用で斬りつけていったからだろう。バラバラに砕け散った鏡は、響音を立てながら地面に落ち、次々と霊子の塵となって消えていく。

 その残滓を見送りながら、イズナは未だ緊張を解けずに居た。


 体力も魔力もすでに限界が近い。この『刀剣異体』のモードで全力を振るうのは久しぶりだった。もっとペース配分を考える必要があると勉強になった。

 追い詰めていたはずなのに、いつの間にか勝手に追い詰められている。


 残された体力を振り絞りながら、彼女は集中力を高める。

 生体反応――気配――殺気。スサノオの『剣技』のパッシブスキルによって付与された武芸の能力で、フィールド中をくまなく見通す。

 そして。


「そこ!」


 イズナが鉄剣を振りかぶるのと、シオンとミラが突撃するのはほぼ同時だった。


 シオンは宙空に現れた鏡から。

 ミラは先ほど倒れた場所から。


 先ほど八つ裂きにした七塚ミラは鏡の複製だったのか、砕け散る鏡の間から無事な姿で現れる。彼女は左手に鉄剣をコピーしながら迫る。

 シオンの方は、どこのタイミングで攻撃圏内から離れていたのだろう。所々に傷を負っているのは余波を受けたからか。生傷まみれの彼は右手にロッド型のデバイスを持って迫る。


 前方と後方、挟み撃ちの形でシオンとミラが迫る。


 イズナは迷わずシオンへと鉄剣を振り下ろそうとする。

 それを、シオンは右手のデバイスで受けようとする――が、しかし。


(生憎だけど、それは知ってるよ!)


 因子崩し。

 久能シオンの切り札にして、最大の攻撃手段。

 ファントムの因子を傷つけることによってファントム自体を無力化しようとする魔法式。それはファントムが能力を発動している所にぶつけることで効果を産む。

 だが、知っていれば、みすみす攻撃などしない!


 イズナは足首につけたサブデバイスへと魔力を送る。

 起動する魔法式は、二工程の簡易的なもの。


「インクルード『アースシェイカー』!」


 剣を振り下ろす際の踏み込みを利用し、足から地面へと衝撃を伝える。

 地面が大きく揺れた。

 擬似的な地震によって、シオンはたたらを踏む。その衝撃はイズナの方も例外ではないが、鉄剣を振り切る勢いで、なんとか踏ん張る。


 続けて、イズナは右手を鉄剣から離した。


「起動――」


 右手首に付けられたデバイスを起動させ、魔法式を組み上げる。

 久能シオンは、ぎょっとして右手を構えようとしているが、無駄である。

 それは、サブデバイスではなく、メインデバイスを利用した魔法式。

 一呼吸の間に組み込まれたのは、五工程に及ぶ大魔法。幾重もの要素(マテリアル)の変換(コンバート)を経て、繰り出されるは必殺の最大攻撃。

 彼女が魔法士として作り上げた最高の魔法式。


「切り開け彼方まで――」


 瞬間、空間が切り取られた。

 現実と隔絶された霊子庭園内において、イズナの視界に映る空間が、一枚の絵のように切り取られた。そのフレーム内にはシオンの姿がくっきりと釘付けにされる。


 そこに――彼女は右腕を振り下ろす。


「――模擬剣『未知を切り裂く開拓者(クサナギノタチ)!!」


 端的に言えば、一刀両断。

 彼女が振り下ろした右手の手刀は、認識範囲にある空間を見事両断する。間に障害物があろうと関係ない。なぜならば――その手刀は空間ごと切り裂くのだから。


 空間がいびつにズレるのが見える。

 右手のデバイスで受けようとしたシオンは、右腕ごと半身を吹き飛ばされた。


「……ッ、ぐぁ」


 半身を吹き飛ばされ、うめき声を上げるシオン。

 ずれた空間が修復作用によって元に戻る。その余波で周囲に衝撃が吹き荒れる。その勢いに吹き飛ばされたシオンは、地面にたたきつけられる。


 半身から霊子の粒子を散らしながら、シオンはかろうじて霊子体を保っていた。


(狙いが僅かに逸れたか)


 イズナとしては今の一撃で決めるつもりだったのだが、直前の『アースシェイカー』のせいでシオンが体勢を崩していたのが悪かった。


 しかし、さすがに致命傷だろう。

 両断された右半身からは止めどなく魔力の粒子がこぼれ落ちている。鏡となって砕けることもないので、これで完全に勝負はあったはずだ。


 なのに。

 今まさに消える寸前という所で。


「ふ、ふふ」


 久能シオンは、にやりと口角を上げる。

 何度目のパターンか。

 故にイズナは、もはや思考するよりも先に、背後に迫る七塚ミラの方を振り返った。


 その相手が七塚ミラなのか、久能シオンなのかを判別する必要はすでにない。後ろで右半身を奪われた方はすでに戦闘不能。ならば、あとは向かってくる方を排除すればいい。


 振り返る。

 そこには、ようやく駆け寄ってきた七塚ミラの姿がある。彼女は手にコピーした鉄剣を携え、今まさに斬りかからんと振り上げている。


 交錯する視線。

 まるで剣客の死合のような情景において、互いが相手を刈り取らんと得物を振るう。


 ならば――と。

 イズナは自身のファントムが持つ最大火力をぶつける。


「終太刀(おわりのたち)『剣坤一擲(けんこんいってき)』――ッ!!」


 残り魔力が二割を切った時に、その魔力の大半を消費して行われる最終奥義。


 これを使ったあと、スサノオはその霊子体を消滅させるが、Aランクを遥かに越える超火力は、確実に相手を葬り去ることができる。例えハイランクのファントムであろうと、その圧倒的な火力を防ぐことはできまい。

 斬撃は魔力に乗り、高濃度のエネルギーとなって面で空間にたたきつけられた。


 七塚ミラの姿が揺れ、微かに、久能シオンの姿を取る。

 その左手に握られている鉄剣で受けようとするが、もはやそんな棒きれでどうにかなる話ではない。フィールドの半分を吹き飛ばす程の圧倒的な暴力は、迫ってきていた影を跡形もなく吹き飛ばした。


 消滅の霊子の塵すら、視認できなかった。

 後には、半壊して辛くも維持されている霊子庭園だけが残される。


「は、ぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 肩で息をしながら、イズナはかろうじて立っていた。

 手に握ったスサノオが消滅を始める。

 しかし、一手の差でこちらの勝ちだ。


 マギクスアーツのバディ戦は、魔法士を倒せばそれで勝敗が決まる。七塚ミラに化けた久能シオンを倒した以上、イズナの勝ちで決まりだ。


 そう気を抜いた、その時だった。


「――『陽の氣にて陰を討て』!」


 声が。

 聞こえた。


「え――」


 イズナが振り返るのと、シオンが左手から呪符を放つのは、ほぼ同時だった。


「『呪禁・陰陽反転』――『急急如(きゅうきゅうにょ)律令(りつりょう)』!」


 これまで一度も見せたことのなかった、呪符による魔法式の発動。

 大地から集めた魔力は、呪符を中心に魔弾を作り出す。


 消滅間際で集めた魔力の塊は、呪符を僅かに光らせる程度でしかなかった。半身をもがれたシオンは、残った身体で精一杯踏ん張りながら、残った意識をつなぎ留め、霊子体が崩壊するその一瞬まで勝利を諦めずに突撃をかけた。


 イズナは無防備な横っ面にその魔力弾を受ける。


 頭部を貫くように当てられたそれは、彼女の意識を一撃で刈り取る。もとより、イズナも体力的に限界だったのだ。そこに、急所を直接吹き飛ばされるような攻撃を加えられたら、意識を保つのは難しいだろう。


 途切れる寸前の視界には、膝をつきながらも左手を握りしめる勝者の姿が映っていた。



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