EP3-7話 十拳剣天羽々斬
◯羽場スサノオ
原始『十拳剣天羽々斬』
因子『刀剣』『宝剣』『剣技』『退魔』『神産み』『蛇』『布都』
因子七つ・ハイランク
霊具『天羽々斬』
ステータス(※刀剣異体状態時)
筋力値B 耐久値B 敏捷値C 精神力C 魔法力B 顕在性B 神秘性A
羽場スサノオは因子七つのハイランクファントムである。
しかし、人間体における彼の戦闘能力はせいぜいミドルランク、それも、因子四つ程度の実力でしか無い。顕在性が僅かに高い程度の平均より少し下程度のファントムだ。
それもそのはず――彼の本来の機能は直接戦闘には無いのだ。
「行くよ、久能くん! しっかり受けなさい!」
伏義イズナの手に握られたスサノオは、彼女が一振りすることによって、その刀身から無数の刀剣を生み出した。
射出された小型の刀剣は、その一つ一つがDランクの神秘性を帯びている。神秘性の低いファントムであれば、触れただけで魔力とともに霊体を削られる脅威がある。
そんなものが、斬撃とともに連続で射出されたのだ。
無数の刃物の嵐を前に、七塚ミラは慌てて眼前に鏡を集めると、鏡の間に対象を閉じ込めるスキルを起動する。
「鏡よ鏡――閉じて捻って」
なんとか全ての刃物を閉じ込めると、その切っ先を別の方へと向ける。
しかし――その一合の間に、伏義イズナは彼らの眼前まで迫っていた。
「これは、どうかな!」
刃物の嵐を盾にして接近したイズナは、彼らの眼の前で高く飛び上がる。
その高さ、約十メートル。人間とは思えぬその身体能力にシオンたちは瞠目する。
「『トツカノツルギ』――『疾風怒刀』!」
空中で鉄剣を振るったイズナは、真上から彼らの頭上へと刀剣の雨を降らせた。
刀剣のコピーを生み出すパッシブスキル『トツカノツルギ』。咥えて、推進力や膂力を加えるアクティブスキル『疾風怒刀』。降り注ぐ刀剣の雨は、生半可な防御では防げまい。
「鏡よ鏡――跳ね返せ!」
上空から降り注ぐ刀剣の雨に、ミラは今しがた受けきった刀剣たちを一斉に開放する。合わせ鏡に閉じ込められた刃物たちは、降り注ぐ刀剣と正面からぶつかって弾き飛ばされる。
剣の弾幕は相殺される。
しかし、イズナの攻撃はそれで終わりではなかった。
「さあ――勝負っ!」
宙空に浮かぶイズナは眼下の二人を見下ろすと、次の瞬間――宙を蹴った。
「な、ん――」
彼女は中空を駆けて地上へ強襲する。
自由落下よりもはるかに速く地上へと肉薄した彼女は、虚をつかれて反応が遅れた二人へと鉄剣を振り抜く。
辛うじて――シオンはミラとともに倒れ込むようにしてその一撃を回避した。
が、振り下ろされた鉄剣の一撃は、地面を吹き飛ばすほどの衝撃が与えられる。地面ごと吹き飛ばされたシオン達は、大きく宙を舞う。
「ぐ、シオン、大丈夫!?」
空中で体制を立て直したミラは、そばに鏡を呼び出してシオンごと入り込むと、いくつかの鏡を経由して地面に降り立つ。
シオンは返答をするより先に状況を確認した。自身の立ち位置とイズナの姿を確認し、彼我の距離をすぐさま測る。同時に、短くミラへと指示を出す。
伏義イズナはゆらりと立っていた。
穴の空いた地面の直ぐ側で立ち上った彼女は、シオン達の姿を視認すると全身に魔力を回すと、一歩踏み込むとともに鉄剣を振るう。
動作こそ無造作だが、続けて起こる現象は数多の戦場の再現だった。
すなわち、千の剣戟。
剣術などという術理が成立する以前の戦場。
ただ武具の性能と天性の強さのみが道理だった時代における、殺戮の具現。
「千の剣戟――『一騎刀千』!」
次の瞬間、幾重もの斬撃が辺り一帯を蹂躙した。
空間が裂ける衝撃と鏡が砕け落ちる音。それらは混ざり合って、耳をつんざくほどの響音を響き渡らせる。
仕留めたか――と思ったが、聞き慣れない音がわずかにイズナの耳朶を叩いた。
(――鏡の割れる音……?)
鏡の破片が散らばる中央で、イズナは緊張を切らずにさっと辺りを確認する。
「あらら、今ので仕留めたつもりだったんですけど」
『踏み込みからの一歩を先んじられたな。我らが甘かったというよりは、彼らが一枚上手だったということだろう』
手に持った鉄剣と話をしながら、イズナはすぐに構えを取る。
その視線は、フィールドの端に向けられている。
五十メートルは離れた場所に、シオンとミラの姿があった。鏡を使って移動したのだろう。すんでのところで攻撃を逃れたバディは、肩で息をしながらこちらを睨みつけている。
久能シオンの鋭い目つきは、すでにある程度の理解を得ているようだった。
(さすが。こういう時の理解度と対応の速さは、常人より数段上ってところだね)
ただ一度の接敵。
しかしそれだけで、こちらの能力の半分以上は理解されたであろう。
伏義イズナの契約ファントム、羽場スサノオは神剣の逸話を原始に持つファントムだ。
十拳剣とは日本神話に登場する長剣の総称であり、スサノオはその中でも天羽々斬という剣から派生した逸話を身に秘めている。彼の逸話は『使うもの』ではなく『使われるもの』――すなわち、武具としての逸話の集合体である。
つまり、彼は武器として使われることを主としたファントムなのだった。
人間体でも戦えるが、その際のステータスは低い。しかし、剣となって担い手に使われる状態になれば、単純にステータス自体も上がる他、使うべき対象に様々な強化を施す。剣技を付与したり、超人的な身体強化を付与することができる。
(要するに、魔法士でもファントムと同程度の身体能力を得るってわけだけど)
この戦法は、公式戦では数えるくらいしか使ったことがない。
大抵は今のように、一瞬で終わらせるために決め手として使うくらいだ。
普段は鉄剣と化したスサノオが周囲を飛来しながら『トツカノツルギ』を飛ばしたり、他のスキルで奇襲を狙うことが多い。本気を出さないで良い時は可能な限り実力の底は見せないようにしてきた。彼女たちの能力の全貌を知るのは教育側である教師陣くらいだろう。
それなのに、今の不意打ちを避けられた。
七塚ミラの鏡であれば、対空しているイズナを閉じ込めるくらいのことは出来たはずだ。それを警戒したからこそイズナは宙を蹴って加速したわけだが――上空で行動に制限があるイズナに対して、彼らは迎え撃つのではなく、即座に退散することを選んだ。
まるで、こちらの手の内を知っていたかのような勘の良さ。
(いや、勘なんてもんじゃない。彼は想定していたんだ。スーさんを使う私にファントム並みの身体能力があることを。――分かっていた。彼ならばそれくらいのことはやってのけると。だからこそ、私も本気を出すと決めたんだ)
イズナは鉄剣を構え直すと、まっすぐに相手を見据える。欠片も油断はなく、全霊を持って迎え討たんとする鋭い闘気が迸る。
(面白い……けど、その出来の良い頭で、純粋な身体能力の差まで埋められるかな?)
目の前にいるのは、かつて自分たちの頂点に居た少年だ。一度は凋落したと言われながらも復活を遂げた神童。かつてほどの実力はすでに無く、形振り構わないような戦い方をするが――それでも、イズナにはその根底にある本質が眩しく見えた。
ひたむきに、がむしゃらに、命を懸けんがばかりに、全霊で打ち込むその姿。
夏のインハイ予選を思い出す。
久能シオンと明星タイガの勝負。今あるものすべてを出し尽くして戦い抜いた彼らの姿に、イズナは心が沸き立ったのだ。
だから、本気で向かってみたいと思った。
こんな予選程度で、切り札を切るなんてバカだと思えばいい。けれど、どうしても出したかった。この『刀剣異体』の状態で負けたことは今のところない。
あの竜の神霊すらも退けた、その策謀を見せるが良い。
ならば私は、それを凌駕して勝利してみせよう。




