EP3-6話 レーティング戦・VS伏義イズナ
『待機――試合開始!』
「ミラ、前方に展開!」
「オッケー」
事前に打ち合わせをしたとおり、短い指示でミラは動き出す。
七つの鏡を目の前に展開させる。それらは互いを映し合うようにして中空を旋回する。合わせ鏡となった鏡は、やがて映したものを複製する。そうして、二枚が四枚に、四枚が八枚に、八枚が十六枚にと、無限に数を増やしていった。鏡に映った存在を複製するアクティブスキル『鏡映具象』。その応用で『鏡』の因子を複製して無数の鏡を創りだす。
フィールドの半分近くを埋め尽くすほどの鏡を前に、伏義イズナは不敵に笑う。
「さあ、行きますよ。第一手をお願いします、スーさん!」
「よし、任された」
イズナはデバイスを袈裟斬りに振るう。おそらくは霊子属性の魔法だろう。その斬撃に合わせて、魔力の塊が射出される。その後を追うように、スサノオが徒手にて突撃をかける。彼が素手を振るうと共に衝撃波が起こる。まるで見えない刃物を振るっているようで、シオン達を守るようにして展開された鏡が次々と割られていく。
割れる鏡を見ながら、シオンは近くに浮かんだ四つの魔力の塊に意識を向ける。
「『呼出』――マテリアル『光線』」
魔力出力に難のある今のシオンにとっては、魔法の発動そのものが困難である。
普通の魔法士が数秒で行う魔法を彼は十秒以上かかってしまう。それは、組み立てた魔法式を起動する際、肉体から魔力を放出する過程に時間がかかるため発生する問題だ。
故に彼は、常に魔力を外部に蓄える術式を利用していた。外部に魔力を一時保存し、使いたい時に魔力を変換する。その魔法は式が複雑であると同時に効率も相当悪いので、他の魔法士が使うメリットはない。シオン専用の魔法と言える。
突撃してくるスサノオを見ながら、シオンは魔法式を組み上げる。
「『変換挿入』――『霊子:光』『形状:弾丸』――『実行』!」
ミラへと鏡の位置を支持し、その一点に向けてシオンは魔力の弾丸を一発ぶち込んだ。
それは一筋の光の線となり、鏡の間を反射していく。
無数に反射しながら増幅された光線は、幾つかに分かれては収束を繰り返し、やがて一点に集まって、スサノオへと襲撃をかける。
「なんと! これはきついぞ」
そうつぶやきながら、スサノオは手に一振りの剣を出現させる。彼の霊具だろう。黄金の柄と白銀の刀身を持つ直刀であり、ひと目でその美しさを知らしめる代物だ。
彼はその刀を振り回してレーザーを弾き返す。その動きはあまり洗練されておらず、とにかく防御するために振り回したと言った様子だ。実際、幾つかの光線はそのまま彼の身体を傷つけた。せっかく召喚した霊具も、光線の直撃を受けて僅かに歪みを見せている。
傷を追ったスサノオはわずかに動きを鈍らせる。
その隙を見逃すまいと、シオンはミラと共に身近な鏡へと飛び込んだ。
『鏡映移動』
鏡の間を移動するアクティブスキル。
それを利用して、二人はスサノオの目の前へと移動して肉薄する。
「させん!」
目の前に現れたシオンたちに向けて、スサノオは手に持った直刀を振り下ろす。
「それはこっちの、セリフだよ!」
ミラは鏡を複数集めて直刀の一撃を回避する。使うスキルは『合わせ鏡・無限回廊』。鏡に写った存在を鏡の中に閉じ込めるアクティブスキル。
スサノオが直刀を振り下ろす瞬間、鏡の中に閉じ込められた刀身は、斬るべき相手を見失い空振りする。如何にファントムであれど、その隙は決定的だ。
「『実行』――『因子崩し』!」
シオンは、十五秒前から発動させていた術式をようやく実行させる。
その魔法式の名前は『因子崩し』――ファントムの持つ因子に直接干渉し、一時的にその機能を傷つける彼の奥の手だ。
ファントムとは、身に宿した因子によってこの世に存在を許された知性体である。
それ故に、その因子が傷つけられた場合、一時的に行動不能となる。複数因子を持つファントムでも、一つ傷つけられただけでもかなりの戦力を削ることができる。特に原始に近い因子であればあるほど、効果は絶大だ。
その一撃をスサノオの持つ直刀へと叩きこむ。神剣にまつわる因子を持つファントムの得物だ。その直刀こそが彼の原始に直結しているに違いない。
取った――と、シオンが思った。
その瞬間だった。
「させないよ、後輩くん!」
刃の形をした魔力の塊が、スサノオを守るようにして連続で叩きこまれた。
地面に突き刺さった魔力は、そのまま破裂すると周囲に風を巻き起こした。その衝撃に負けて、シオンは吹き飛ばされる。
「危ない、シオン!」
地面にたたきつけられる寸前、鏡を介して移動したミラが、シオンを抱きかかえて鏡へと飛び込む。ミラは複数の鏡を経由して衝撃を殺すと地面に降り立った。
「シオン、大丈夫?」
「ああ。助かった」
衝撃にふらつく頭を抑えながら、シオンはミラに支えながら眼前を見据える。
そんな彼に、不敵な声がかけられる。
「今ので決めるつもりだったのなら、少し横着だね、きみ」
そこには、スサノオのそばに駆け寄ったイズナの姿があった。
彼女は刀剣型のデバイスを軽く振るって地面に突き刺すと、やれやれと肩を竦める。そのまま苦笑交じりにスサノオへと感想を述べた。
「案外うまくやられましたね、スーさん。もう少しやれると思ったんですけど」
「はは。面目ない。やはり、慣れぬことはするべきではないな」
苦笑を漏らしながら、スサノオは照れたように頭をかく。
この一連の立ち合いで何かを見極めたのだろう。イズナは小さく息を吐くと、挑むように笑みを浮かべながら言う。
「元神童がこんなものじゃないでしょ? まさか本気は出していないでしょうね」
「はは。そりゃあ手の内はまだありますけど、全力なのは嘘じゃないですよ」
かすかに身体をよろめかせながら、シオンは虚勢を張って身構えてみせる。その様子を、イズナはどこか期待するような眼差しで見る。
「君の戦い方、私は好きだよ」
刀剣型のデバイスを下ろしながら、彼女は言う。
「魔法防御も身体強化もろくに施していないくせに、捨て身の覚悟でファントムに向かってくる。実技A科の連中だって、そこまでやる奴は中々居ない」
「……? 褒められても何も出ませんよ」
探るように、シオンは身構えながら言う。
それに対して、イズナは不敵な笑みで返す。
「そう? だったら、無理矢理でも出してもらいたいね。本気ってやつを」
その言葉の意図はどこにあるのか。
にやりと口角をあげて、彼女はあろうことか手に持った刀剣型のデバイスを放り投げた。
「…………っ!?」
どういうつもりなのか。
魔法士にとって、メインデバイスは矛であり盾だ。魔法式の基本要素となるマテリアルとコンバータを記憶させたデバイスは、魔法を組み上げるための補助装置であり、それらなしに一から魔法式を組もうとすると、かなりの時間がかかる。
それを、手放した……?
「マギクスアーツのバディ戦の場合、やっぱりファントムが目立つよね」
怪訝な表情を浮かべるシオンを尻目に、イズナは居住まいを正す。
トントン、と。彼女は地面をつま先で叩く。
その仕草は、あたかも自身の肉体の調子を確認するようだった。
「ファントムの戦いは派手だ。魔法士の身体能力じゃ到底及ばない人外の戦いだから、注目されるのは仕方ない。でも私は、ウィザードリィ・ゲームの主役は、あくまで魔法士であるべきだと思う」
「何が言いたいんですか、伏義先輩」
「簡単なことだよ。久能くん」
それはまるで、世間知らずの子供へと丁寧に言い聞かせるような言い方だった。
「何も、前線に出て戦おうとするのは、君だけじゃないってだけの話だよ!」
イズナは手ぶらの状態で構えを取ると体勢を低くする。その手はまっすぐにスサノオへと伸ばされており、掛け声とともに握り込まれた。
「行きますよ、スーさん! 『刀剣異体』!」
「応とも! うまく使うが良い、我が担い手よ」
瞬間、スサノオの身体がまばゆい光に包まれる。その輝きにシオンは反射的に目を覆う。
その巨体を包む光が一気に収束する。
そこには、スサノオの代わりに一振りの鉄剣が現れた。
拳十個分――一メートルほどの長さのそりのない鉄剣。その通称を十拳剣と言う。装飾などない無骨なその姿は、ただその身に宿る機能だけを雄弁と語っていた。
すなわち、突き刺し、叩き切る。
ただそれだけの不器用なまでの機能性。
その鉄剣は中空を飛来し、まっすぐにイズナの右手へと収まった。
「さて」
鉄剣と化したスサノオを手に持ったイズナは、ゆっくりと伏せていた顔を上げる。
「本気を出さないと、すぐに終わらせちゃうよ」
彼女は楽しそうに爛々と目を輝かせると、大きく十拳剣を振るった。
次の瞬間、その刀身から無数の刀剣が噴出した。




