言霊使いを倒す作戦会議
朝食が終わった後は、慌ただしくなった。
「来い。急ぐぞ、草上」
朝食の間中、ずっと顔を下げていたノキアの腕を引きながら、シオンは自室へと戻る。その手に逆らわずに、ノキアはしずしずとついていく。
そんな彼らの背後で、大人の姿に回復しているトゥルクが実体化する。彼女は小走りについてきながら焦ったように言う。
「久能様! なんということを!」
「話は後です。文句があるんなら作戦会議の後で聞きます。今は一分一秒が惜しい」
天知ノリトとの勝負は、昼前、十一時に行われることになった。
その時には、今日行われる会合の参加者たちが揃うためだった。観客を揃えた上で、覆しようのない既成事実として、この勝負の決着を見届けさせようという魂胆だろう。
何よりも予定外だったのは、八重コトヨと草上ノキアの参戦である。
「草上とトゥルクさんがいるとはいえ、あの女が関わってくるなら、話が変わる」
得体のしれない女だ。
確実に何らかの異能を持っているはずだがその片鱗を全く感じさせないところが不気味だった。魔力や霊力と言った類のエネルギーを全く感じない。それは、この現実における常識の外にいることと同義だ。
あの女は何をしてくるかわからない。
「唯一の救いは、アイツがファントムを連れてこないってことだな」
先刻の取り決めの際、彼女自身が言ったのだった。
『儂はバディを持っておらんが、そなたらは好きに参加させて構わんよ』
つまり、シオン側が四人、ノリト側が三人という条件を向こうが受け入れたのだ。
実力差がはっきりしている以上、この有利をとにかく活かす必要がある。
ノキアを一度自室に戻し、身なりを整えさせる。
その間に、シオンはとある人物にメールを送った。休日の朝なので反応してくれるかは不明だが、いわゆる保険だった。
そうこうしているうちに、ノキアとトゥルクがシオンの部屋を訪ねてきた。
「久能様。いくらなんでもこの短い時間で対策を立てるのは難しいのではないですか?」
開口一番にトゥルクがそう言う。
対決の開始まであと三時間もない。確かに、まともに対策を立てる時間はない。
うなだれたトゥルクが言いづらそうに白状した。
「恥ずかしながら、元の姿を取り戻したとはいえ、わたくしはまだ万全というわけではありません。それに、石鎚ホウキに対してわたくしは無力です。あの不気味な使い魔がいる限り、わたくしに勝機はないでしょう」
敗北の苦々しさを噛み締めてか、トゥルクは顔をしかめる。
「……せめて、あの男の原始がわかれば良いのですが」
「それは問題ありません。あのファントムについては大体の予測がついてます」
不思議そうに目を丸めるトゥルクに、シオンは言った。
「修験道に精通して、『善童鬼』『妙童鬼』の二体の鬼を初めとした、数々の使い魔を使役する呪術者。そこまで来たら、原始となるのは『役小角』で間違いありません」
「えんの……。あの、その方は有名なのですか?」
「少なくとも、呪術研究で欠かすことの出来ない名前ではあります」
役小角――飛鳥時代から奈良時代にかけて活躍した呪術者であり、修験道の開祖。鬼人を使役するほどの法力を持ち、時には神すらも呪縛して使役したという。魑魅魍魎を超抜し、妖怪・魔魁を使役するその姿から、大天狗としても恐れられている。
実在した人物であるが、その人物像は後世の伝説によるところが多く、複数の逸話が集合した人物である可能性も高い。
「さすがに当の本人となるとあんなステータスじゃ済まないと思うので、逸話の一つを抽出したものか、それに関わった人物ではないかと思います。あの石鎚ホウキという名前も、役小角の大天狗としての名前『石槌山法起坊』から来ているのでしょう」
「なるほど、天狗ですか」
得心言ったように、トゥルクは神妙に頷いた。
「だから、徳を積んでいる割にあんなにも下品だったのでしょうか」
「いえ。あれは単にあの男の気質ではないかと」
苦笑を漏らしながら、シオンはトゥルクに言う。
「彼は確かに強力なファントムですが、正体がわかっているので対策が取れます。おそらくミラだったら、あの使役戦にも対抗が……って、ミラ?」
そこで、シオンは隣で静かにしていたミラに視線をやる。
今まで不自然なまでに無言だったミラは、むくれた様子を隠そうともせずにノキアの目の前に座っていた。苦手な正座をして、ノキアの顔を覗き見るように近づけている。
「……えと。ミラちゃん」
見るからにむくれているミラを見て、ノキアはたじたじだった。
ミラはノキアの肩に拳を突き出す。その様子は、ぽかぽか、と言った擬音が似合う感じであり、可愛らしく、何度も何度も、ノキアの身体へと拳を叩きつけていた。
「その、ミラちゃん。痛いんだけど……いた、えと。痛いって」
「……した。……した」
ぼそぼそと、ノキアを叩きながら、か細い声でミラは繰り返す。
「シオンに……した。わたしも、したことないのに」
「な、なんだって?」
「知らないよ! ノキちゃんのずるっ子!」
ひと通り、気が済むまでノキアを叩いたミラは、ちょっと涙目になりながら顔を上げた。
「ノキちゃんのこと、許さない」
「……えっと。ご、ごめん」
「だけど、ノキちゃんのこと好きだから、協力する」
勢い任せてそう言ったミラは、勢い込んでシオンに顔を向ける。
「わたしにできることなら、なんだってする。だから、わたしを使って。シオン」
「ああ。もちろんそのつもりだ」
心強いバディの言葉に、シオンは力強く頷いた。
「あとはお前だけだ。草上」
名前を呼びかけられたノキアは、ビクリと身体を震わせる。
そして、恐る恐ると言った様子で尋ねた。
「……どうして、こんなことをしたんだい」
「別に。深い理由はないよ」
「そんなことはないだろう。君は感情で動いたりしない。いつも立場と損得を考えている。非常に理性的だ。羨ましくなるくらいに、理性的……だからこそ、私は、君を」
「結局――お前は一人で戦おうとしていたんだよな」
尻すぼみになりながら言うノキアを見て、シオンは小さく息を漏らしながら続けた。
「僕ならお前の押しに負けて、実家までついていくだろう。けれども、決して自分からは味方したりしない。それが分かっていたから、お前は僕を選んだんだ」
「……分かっていたのかい」
「察したのは昨日の夜だ。最後まで、お前は僕に助力を求めなかった」
すがるような目を何度か向けられたが、それでも、彼女は明確に助けを求めなかった。シオンはあくまで交渉材料であって、彼女は自分一人でなんとか切り抜けようとしていた。
問題は、今朝の騒動だが。
「寝込みを襲ったのは……その、なんだ。要するに、そういうことか」
「……」
こくり、としおらしく頷くノキアを見て、シオンは調子を狂わされる。
「理由が必要ならそれで十分だ。そこまで想われて何もしないほど、冷めてはいない」
「……でも、そのために、君は大切なモノを」
「あんなものは成金みたいなもんだ。確かに痛手だけれど、手放してもどうとでもなる」
そう虚勢を張るが、シオンの場合、学費の大半を特許料でまかなっているため、もし特許をなくしてしまえば、学費を払う算段がなくなってしまうことになる。
そんな事情を全く匂わせずに、呆れたように言う。
「っていうか、草上。この音の魔法式、お前知ってたんじゃないのか? この情報をもっと早く出せば、お父さんも説得できただろうに」
「え? いや、私は別に知らなかったけれど」
「? だってお前、以前保健室でサボってた時に防音術式使ってただろう」
シオンにそう言われて、ノキアはハッとした表情をする。
あの魔法式は軍事研究目的で独占契約されていたので、基礎理論こそ公開されていても製品化は全くされていない。発表当時に詳しい人なら知っている、といった知名度だった。
「自動化の部分は僕のオリジナルと同じ組み方をされていたから、すぐに分かった。あの魔法式の存在を知っていたら、サブデバイス運用で活かせるという発想はすぐ浮かぶと思っていたんだけど……最後まで話に出さなかったということは違うんだな?」
「あ……ああ。そっか。アレはシオンくんの発表だったね。はは、忘れてたよ」
どこか懐かしむように、ノキアはそうつぶやく。
その反応は意外だったが、これ以上広がる話でもなかったので話を進める。
「とにかく今は、作戦を立てる必要がある。その上で、お願いがあるんだが」
「なんだい。そんな前置きして」
「そりゃあ、言いづらいことだからな。……だが、それを知らないことには話にならない。トゥルクさんのステータスを見せてほしい。今まで作成したスキルも含めて、全てだ」
それは、バディとしての手の内を全て晒せと言っているのと同義だった。
だが、そんなとんでもない発言に対して、ノキアはあっさりと頷いた。
「そんなことか。もちろん構わない。この期に及んで、私に拒否権なんてないさ」
「はい。お嬢様に同じく、です」
二人は、互いに頷き合って、シオンに対してステータスデータを全て公開した。




