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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第二部 言霊の幸わう国
55/68

言霊対策の下準備


 デイム・トゥルク。

 チェス人形『ターク』の神霊。その全ステータスをシオンはつぶさに読み解く。


 パッシブスキルはファントム自身の成長がない限りは変化はしないため、ゲーム前にできることがあるとすれば、アクティブスキルを変更することくらいである。

 ノキアが作成したアクティブスキルを見せてもらうが、どれも似たり寄ったりの内容で、瞬間的にステータスを上乗せする形のスキルが多かった。『プロモーション』によって下降したステータスを庇うための策なのだろうが、どこか無駄が多い。


「しっかし、さすがはハイランクファントムだな……」


 ファントムは保有因子が多ければ多いほど強力であるというのは自明のことであるが、改めてパッシブスキルの強力さに驚く。

 シオンのバディであるミラは因子数が一つのローランクなので、必然的にパッシブスキルも一つしか持っていない。この時点でファントム同士の性能に大きな差が出てくる。


 加えてノキアとトゥルクの二人は、パッシブスキルを的確に攻撃へと転用していたのが読み取れた。受動的なスキルを能動的に利用するその戦い方は、さすがと言っていいだろう。

 そう。筋は悪くない。

 しかし、こうして傍から見ていると無駄と言える部分も見えてくる。


「なんていうか……草上って意外と脳筋だな」

「……脳筋って。随分な言いようじゃないか」


 不服そうにノキアが眉をひそめるが、シオンは嘆息混じりに言う。


「そりゃお前、ステータス変動なんていうパッシブスキルを持っているのに、ステータス補強や攻撃力増加のアクティブスキルを三つも入れるのは、どう考えても無駄だろ」

「いや、だってトゥルクの『プロモーション』は、上昇と下降が同時なんだ。筋力をあげたら敏捷が下がり、耐久をあげたら魔力が下がる。実際はもう少し複雑だけど、どうしても、どれかをあげたらどれかが割を食う」

「それを補強するためのアクティブスキルってのは分かる。でも、そういうのは、一つ、多くても二つでいいんだ」


 仮想ディスプレイを指しながら、シオンは言う。


「例えば昨日の試合では『スキュア』と『エイトクイーン』の二つを同時に入れる必要はない。決め技という形で言えば、『スキュア』だけでも十分すぎるんだ。しかも、『エイトクイーン』ときたら『天衣無縫』の因子を開放しないと発動できないと来てる。こんなロマン技が意味を成すのは、攻撃が通らないような相手、それこそ千頭和ナギニみたいな奴の時くらいだ」

「ぐ、……でも、今回は一応活躍の機会が……」

「その活躍の機会だって、技自体が決まらずに自壊してただろう」


 シオンに言い返され、ぐうの音も出なくなる。


「トゥルクさんの性能から考えて、プロモーションクイーンを使う機会を想定すること自体がナンセンスだ。これじゃあ、敗色濃厚の状態で刺し違えるくらいしか使い道がない。それよりも、この枠はちゃんと別の補助技を入れた方がいい」

「……例えば?」


 不承不承と言った様子のノキアに対して、シオンは幾つかスキルを勧める。

 どうもノキアは搦め手と言うのがあまり得意ではないらしい。戦闘においての駆け引きの定石はわかっているようだが、そういった小手先よりも、高い性能で圧倒した方が早い、という考え方のようだ。元々才能があるがゆえの視界の狭さと言うべきか。


 実際にそれで勝てるのだから大したものだが、それではある程度以上のレベルになると途端に通用しなくなる。

 天知ノリトは間違いなく格上の相手なのだから、策を弄さない限り勝ち目はない。


 次は作戦の方向性である。


「一つ問題があるとすると、僕が自前のデバイスを持ってきていないことだな」


 シオンはいつも使っている試合用のデバイスをこの旅行に持ってきていない。

 魔法デバイス自体は借りることができるが、肝心の魔法式のデータがないのだ。即席の魔法ならともかく、決め手となる魔法は数時間で再現できるほど単純なものではない。


「一応、クラウド上に保存しているものはネットを通じて取り出せるけれども、そんなのは当り障りのない魔法ばかりだ。白状すると『術式破壊』や『因子崩し』が使えない」


 その二つは、シオンにとっては切り札とも言える術式だ。

 シオンは四年前の事故以来、まともな魔法の運用が出来ない体になっている。いくら上等な魔法式を組んでも、それを出力するための魔力の制御が致命的にできなくなっているのだ。普通の魔法士が数秒で完了するような術式を、彼は二十秒近くかかってしまう。だからこそ、彼の魔法式は専用の特別製と言っていい。即席の魔法なんて芸当はほぼ不可能である。


「ただ、不幸中の幸いで、目的の術式は取り出せた。ちょっと容量が大きいから、準備が試合開始ギリギリになるかもしれないけれど、多分大丈夫だ」


 そう言い切った後、シオンは皆を安心させるように胸を張って言い放った。


「天知ノリトについては考えがある。最悪の場合、一対一にさえなれば完封できると思う」


 そのはっきりとした物言いに、全員が驚く。


「シオンくん、もしかして……」


 懸念を抱いたノキアが止めようと口を開くが、それをシオンは差し止める。


「安心していい。自滅前提のカニングフォークなんかじゃない。もっと堅実な策だ。確率は、まあ八割方だが、これがうまくハマれば天知は倒せる。だからあとは――」


 無数の使い魔を操る石鎚ホウキと、得体のしれない八重コトヨだ。


「理想としては、石鎚ホウキにはトゥルクさんとミラの二人でかかって欲しい。そして、八重コトヨの足止めは草上にお願いしたい」


 仮想ディスプレイ上に簡単な図を書きながら、シオンは説明をする。それぞれの参加者の似顔絵が書かれるが、これが地味に上手く、ミラが少し目を輝かせていた。

 当のシオンは真剣そのもので、作戦の概要を説明し始める。


「この組み合わせにはちゃんと理由がある。まず、天知に対しては、有効打を持つ参加者が他にいない。僕か天知、どちらかの敗北がゲーム終了の条件だから、できれば一騎打ちは避けたいと言うのが本音だけど、こればかりは仕方がない」


 天知ノリトの『言霊』は、本気で運用されたらまず対抗策がない。

 具体的な神秘性がどれほどのものかは分からないが、ミラのパッシブスキルを容易く押さえつけたことを考えると、ファントムであっても無事ではすまないだろう。


「次に八重コトヨに関してだけれど、この人も得体が知れない。彼女が魔法士だとするなら、かなり高度な戦いになるだろう。普通の魔法を使うのにも手間取るような僕じゃ、まず相手にならない」

「だから、私ってことか」


 神妙な顔でノキアが答える。


「けれど、私だって自信はないぞ。なにせ、あの人に関しては私もほとんど知らない。どんな戦い方をするのか、見当もつかない」

「ああ。だから理想としては、途中からミラに助っ人に入ってもらおうと思う」

「ミラちゃんに?」

「そうだ。ミラには石鎚ホウキの相手と草上の加勢、二つの役割がある」


 仮想画面のホウキの顔を指しながら、シオンは言う。


「石鎚ホウキの一番の強みは、擬似ファントムの使役だ。低ランクとはいえ、ファントムと同等の力を持つ使い魔を無数に召喚するなんて、はっきり言って規格外すぎる。だから最初は、トゥルクさんとミラの二人で対応してもらう必要がある」

「はい。承知しております」

「うん。わかったよ」


 力強く頷くファントムたちを見て、シオンは満足そうに頷く。


「前衛はトゥルクさん、後衛はミラだ。さっき設定したスキルを二人共使って、まず状況を整える。そこで倒してしまうのが理想だけれど、さすがにそこまで上手くは行かないと思う。だから、トゥルクさんと石鎚ホウキが一騎打ち出来る状況を整えたら、ミラは離脱して、草上のフォローに回ってくれ」


 八重コトヨがどれだけ強かろうと、ファントムと真っ向勝負出来るほどではないはずだ。ミラは確かに最弱に近い神霊だが、それでも敏捷や耐久は人間とは比べ物にならない。


「八重コトヨに関しては不安要素も多いが、他の二人についてはかなり勝算があると考えている。だから最悪負けないでくれればいい。その間に僕が天知と勝負をつける」


 勝敗が決してしまえば、他の戦闘は意味を成さなくなる。故に、如何にシオンとノリトの一騎打ちの状況を整えるかが重要と言えるだろう。


「最後に、さすがに作戦が読まれることはないと思うけれど、向こうも何らかの策を持ってくるだろうから、一応、最悪のパターンについても話しておく――」


 そうして全ての準備が整ったところで、シオンの携帯が震えた。作戦会議の前にメールを送った人物からだった。その表示された名前を見てノキアは驚く。


「シオンくん……それって」

「ああ。ちょっとした保険だ」


 言いながら、彼は通話ボタンを押す。


「悪い、朝早く。少し時間は取れるか?」


 電話越しに快諾されて一安心する。

 そしてシオンは、最後のピースのために依頼をする。


「勝手なお願いだってのはわかっているけれども、頼みがある。『彼女』の力を借りたい」



 ※ ※ ※



 試合開始一時間前。

 ファントムたちとノキアは、試合に望む前のウォーミングアップをしている。その時間を利用して、シオンはとある人物に電話をかけた。

 久能シオンのかつての相棒であり、幼馴染でもある久我アヤネは、シオンからかかってきた電話に対して、声を弾ませながら出て、どこかぶっきらぼうに答えた。


「ばっかじゃないの。だから関わるなって言ったのに。アンタ、昔から巻き込まれたら当事者になるんだから。ほんと大馬鹿。死ねばいいのに」


 開口一番これである。


「……いや、まあ。わかってはいるんだけど」


 いつの間にか当事者になる気質は今に始まったことではない。そんなシオンの言葉にため息をつきつつ、アヤネは苛立ちを抑えながら言う。


「天知ノリト。神咒宗家の自然派、天知家の次期筆頭当主よ。今はまだ名前がそれほど知られていないけれど、関係者の間では、もうほとんど化け物扱いされてる」

「……そんなに有名なのか?」

「違う。不気味なほどに無名なのよ。そのくせ、他にも天知家には次代の子どもたちがいるのに、次の当主は天知ノリトに決定している。ほかは全員、分家行きね。そんな状況なのに、天知ノリトがどういう人物なのか、まったく知らされていない」

「神咒宗家の次期当主が決定しているのに、その扱いは確かにおかしいな」


 神咒宗家は古くから、独自のカニングフォークを伝承している家系である。それ故に、次代の決定というのは、魔法界において大きな影響力を持っている。まだ十三歳という幼さでありながら、当主として決定していると言うのがそもそもの異常だ。


「ちなみにアンタ。天知家の魔法については知ってる?」

「伝聞だけどな。シャーマニズムを源流とした、神霊への交信って聞いてる」

「そうね。シャーマニズムって言ったら、霊を憑依させることの方が有名だけど、本来は神霊へのアプローチが大本よ。天知家は、自然崇拝、アニミズムからの派生で、自然霊を使役したり、神格の力を借りたりすることの方が本流らしいわ」


 そこまで言って、アヤネは考えるような間を取る。

 電話口から吐息だけが聞こえてくる。怪訝に思い、声をかけようとしたところで、アヤネはとある一つの単語を口にした。


「アンタ、『言霊の幸わう国』って言葉、知ってる?」

「……言霊信仰の概念か? あまり詳しくはないけど」

「『言霊』ってのは、言葉には霊力が宿っているって考え方でしょう。これはその価値観をもっと拡大化させたもので、言霊によって幸せがもたらされる国、っていう意味。日本の言霊信仰の究極なんだけれど、これが、天知家の最終目標って言われているわ」

「それって、要するに」

「天知ノリトは、おそらくそれに一番近いんじゃないかって思う」


 ひとつため息をついて、アヤネは言う。


「戦うんなら覚悟しなさい。四年前のアレと同等のものを相手にするってことなんだから」

「ああ。分かった」


 今更ながらことの重大さを理解しつつ、シオンは頷いた。

 話を終えて通話を切ろうとしたが、電話越しに、何かをためらうような吐息が聞こえた。


「……ねえ。アンタ」


 物怖じしない彼女にしては珍しく、尻込みした様子である。

 たまに、アヤネはこういった様子を見せることがある。普段は気が短いだけに、自分でそれを制御しようと努力しているときは、黙ってペースを合わせるのがシオンの役割だった。

 やがて、アヤネはためらいを振り払うように尋ねる。


「草上って女のこと、どう思ってるの?」

「どうって……そんな」


 それをアヤネから聞かれるという事実に、シオンは口ごもってしまう。

 久我アヤネは、才女である。

 その僅かな反応を聞いたアヤネは、瞬時に自分の中で結論を下したようだった。


「いいわ。それ以上はいい。余計なことを聞いて悪かったわ。それじゃ。せいぜい頑張りなさい。私も、今はちょっと忙しいからこのへんで」


 通話が切れる。

 久我アヤネとの会話はいつも短い。物足りなさを感じるタイミングでいつも会話が終わってしまう。電話越しなのが功をなしたのか、今日は久しぶりに長く会話出来た方だ。

 胸の中にくすぶる名残惜しさを弄びながら、シオンは携帯をしまう。


 もうすぐ、決戦の時間だ。



 ※ ※ ※



 各々が最後の調整をする中、ノキアがお願いを口にした。


「シオンくん。無理を承知で言うんだけれど。もし状況に余裕があったら、一度だけ、ノリトくんと勝負をさせてもらえないかい」


 その発言に、シオンは驚く。


「さっきも言っただろ。天知の相手は僕がやる。他の誰も、アイツに対して対抗手段が無い」

「わかってるさ。実際、彼の『言霊』を体験したから分かる」


 ノキアは緊張を隠そうともせず、神妙な顔で事実をはっきりと口にする。


「もし彼が、『死ね』とでも言ったら。多分、本当に死ぬだろう」


 ウィザードリィ・ゲームは、霊子庭園内で霊子体となって行う。

 霊子体が負ったダメージは原則として生身に反映されることはない。精神に傷を負わせるほどの過剰なダメージでも、基本的には軽傷、悪くても一週間程度で完治する。


 しかし、例外がある。

 カニングフォーク。自然魔法による、存在そのものへの干渉だ。


「ノリトくんの『言霊』は、過去とは比べ物にならないくらいに進化している。あそこまで、自在にカニングフォークを操れる魔法士は、現代だと数えるほどしかいないだろうね」

「そこまで分かっていて、なんでそんな無茶をしようと思うんだよ」

「なに、ちょっとした意地だよ。プライドの問題だ」


 微かに身体を震わせながら、彼女はそれでも、気丈に言う。


「このままじゃ、一生彼に怯えて生きることになる。そんなのは嫌なんだ。別に、必ず戦わせろっていうんじゃない。途中でそういう機会があれば、やらせて欲しいってだけの話さ」

「……策はあるのか」

「策なんて、上等なものじゃないんだけれどね。だから、もし間に合わなかったら、この提案はなかったことにしてもらっていい」


 そうして、ノキアはとんでもないことを口にした。


「シオンくん。私にマナの扱い方を――カニングフォークを教えてくれないかい?」


 ――時間は残り少ない。



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