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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第二部 言霊の幸わう国
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パーソナルギフト


 右手の小指は完全に砕け散っていた。

 その余波で、右手全体が焼けただれたように炎症している。擬似生体は痛覚も再現しているため、尋常じゃなく痛い。消毒を施して、包帯を巻いて応急処置を終える。


 事故以来、長い間右腕がない状態を経験していたため、左手での生活にも慣れたものだった。シオンは一人、部屋に運ばれてきた食事を黙々と食べる。

 食事が運ばれてきた時にミラにも声を掛けたが無視された。電子体化してデバイスの中に引きこもっているのだけは確かで、返事としてこんなメッセージがデバイスに表示された。


『シオンの意気地なし』


 静寂が支配する広い部屋に、外から聞こえてくる虫たちの鳴き声だけが響いていた。


 今のシオンの立場は、ひどく曖昧な状態だった。

 招待状に名前が記されている以上、明日の会合には参加するべきだろう。その時の立ち位置をどうするべきか。少しでもノキアを庇うために往生際悪く恋人役を張ることもできるが、果たしてそこまででしゃばっていいものだろうか。


 草上ノキアは敗北した。

 仕組まれたような勝負ではあったが、勝負そのものは公平なものだった。対等な賭けをして負けたのだ。それを覆すのは道理に合わないし、肩入れするだけの理由がない。


「言霊……か」


 無聊紛れに考えるのは、天知ノリトの能力のことである。


 神咒宗家の一角である天知家はシャーマニズムの旧家だ。

 シャーマニズムとは、精霊や神霊といったものと交信し、自然界の諸事象に干渉する手法のことを言う。イタコの口寄せなどが有名であるが、要するに霊の力を借りる行い全般を言う。


 霊現象というのは突き詰めていけば情報の塊である。

 一人の人間が持つ情報――精神であったり肉体であったり、果ては魂であったり――そうしたものが当人の死後も意味を持つものが霊現象で、霊子生体ファントムなどはその最たるものと言えるだろう。

 その中でも、発した言葉の持つ情報が外界に影響を与えることを言霊という。

 それはシャーマニズムの中でも最も単純かつ強力な、現実を改変する呪術である。


 古来、言葉には力が宿ると言われている。

 言葉にすることの強さは誰もが経験があるだろう。何も言わずにやるよりも、決意は言葉にしたほうが物事の成功率は高くなる。それは、口にしたことには責任が生じるからだ。


 宣言したことを実行する。

 その自己暗示は、最も純粋な呪術行為である。


 元より呪術とは信仰の産物である。信心を持つことで人は現実を変える力を得る。最終的には自力であっても、その心を支えるのが信仰だ。そうした暗示は自己の観念を改変する。自分の内側のみで完結する点は、現代で言うところの人工魔法(オーバークラフト)とも言えるだろう。


 そして、信仰という力を突き詰めていけば、自分自身だけでなく世界そのものを改変することになる。言の葉を使って外側にアクセスし、概念に影響を与えるのが自然魔法(カニングフォーク)である。


 信仰する観念は世界の見え方を定め、流布された概念は世界のあり方を変える。


 口にした言の葉が現実を変える。

 天知ノリトの持つ言霊とは、そういう『言霊信仰』の産物であるはずなのだ。


「だけど、それにしてもアレは強力すぎる」


 引っかかるのは、天知ノリトは言霊の力をまるで手足のように自由に使っていることだ。

 彼の言葉はそのほとんどが命令だ。

 彼が【言霊】を使うたびにマナが反応し、対象へと強制力を与えていた。それはもはや権能と呼んだ方がいいほどの力だ。


 本来言霊は、自己暗示が根底にあるため、意に反することは効きにくい性質がある。それなのに、横暴とも言うべき命令の数々を彼は強制的に従わせていた。


「おそらく、アイツは元々、魔法士じゃなくて超能力者なんだ」


 元来、魔法と超能力は同じ法則のもとにある。

 形而上にある情報界を知覚するためのチャンネルを開き、現実を改変するという理屈は、魔法も超能力も同じである。


 違いがあるとすれば、その効果範囲の違いだ。

 一般的に、魔法を扱うためには三つの法則が必要となる。


 物理法則

 概念法則

 霊子法則。


 どれか一つの経路を開けば、程度の差こそあるが残り二つも知覚が可能になる。その三つの法則を属性として扱うのが魔法士であり、その法則の知覚レベルに応じて魔法を扱う際の操作能力も変わってくる。

 それに対して、超能力というのは一つの法則の更に特出した部分を知覚する才能のことを言う。それは魔法のように体系化することができず、その人物にしか扱えない権能である。魔法ほど万能ではなく、やれることは限られるのだが、特出した部分では絶大の影響を持つ。


 そうした超能力のことを、魔法業界では固有能力(パーソナルギフト)と呼ぶ。

 天知ノリトにとっては、それが言霊なのだろう。


 彼にとって言霊を使うのは手足を使うのと大差ない行動なのだ。

 今回はまだ、ミラのパッシブスキルや、シオンのカニングフォークで抗えるレベルだったが、もし正式に言霊を行使した場合、どこまでのことが可能になるのか。――あまり考えたくもないことだった。


「そういえば、アヤが言ってた厄介な奴って、もしかして天知のことだったのか」


 先日、病院で受けた忠告を思い出す。アヤネがどこでその情報を仕入れたかは分からないが、あまり関わらない方がいいという忠告自体は正しかった。

 煮詰まりすぎた気持ちをほぐすために、そっと息を吐く。倦怠感がどっと襲ってくる。今日は長旅の上、お家騒動まがいのものを見せられて疲れてしまったようだ。

 時刻は、九時を回ったくらいだった。さてどうしたものかとぼんやり考えていると、不意にふすま越しに声がかけられた。


「ちょっとカレシさん。食事の片付けとお布団の準備があるけれど、入っていいかい?」

「あ、どうぞ」


 そういえば布団のことを考えていなかった。食事も置いたままにしているので、一緒に片付けてもらう。ユキさんという例の使用人がテキパキと作業を行ったおかげで、瞬く間に寝床の準備が整う。その作業中も、話好きの彼女は気安く話しかけてくる。


「あんれ、カレシさん、お連れの方はどうしたんだい? ほら、あの可愛い女の子」

「ああ、ちょっと……充電中と言いますか」


 デバイスを指さしながら言う。ファントムもさして珍しくないのか、「ああ、なるほどね」と得心言ったように頷くと。


「しっかし、カレシさんも隅に置けないね。バディに異性を選ぶなんて。ノキア様を嫉妬させちゃうんじゃないの?」

「別に、異性のバディなんて特別なことじゃないですよ」

「へぇ。都会の子はやっぱり進んでるのかしらねぇ」


 その楽しそうな言い方からは、おばちゃん特有の響きがある。このままではおばちゃん談義に付き合わされそうだったので、シオンは無理やり話題を変える。


「あの、くさか……ノキアさんは、どうしてます?」

「うん? どうしてるって。ノキア様、どうかしちゃったの?」


 不思議そうにユキさんが尋ねてくる。


「いや……ちょっと、お父さんとの話で、こじれたもので」


 詳しい内容を話すのはためらわれたので、少しごまかしながら言う。

 そうすると、ユキさんはケラケラと笑いながら返す。


「あっはっは、そんなのいつものことよ。ま、他人からするとびっくりするかもしれないけれど、あの親子の喧嘩はいつものことなんだから、気にしちゃダメよ」

「親子喧嘩……あの二人がですか?」

「んー、まあ、普通の喧嘩とはニュアンスが違うかもねぇ。でも、しっくり来るでしょ?」


 同意を求めるその様子を見るに、草上父娘のあの二人の言い合いはいつものことらしい。

 とはいえ、今回に限っては天知ノリトとの一件があるためいつも通りとはいかないだろう。特にノキアは、ただの敗北ではなく辱めまで受けたのだ。


「んー、そういえば今日は、夕食もほとんど手をつけていなかったから、よっぽど腹に据えかねたのかと思っていたのよね。あの子、イライラするとすぐに寝ちゃうから。すごいのよ、ノキア様が本気出したら、一日中だって眠ってるんだから」

「はぁ、まあ、想像はつきます」

「そーだ。ノキア様の部屋教えてあげるから、カレシさん、夜這っちゃいなよ」


 ニヤニヤと笑いながらおばちゃんが空恐ろしいことを言う。もし本当にそんなことをしてしまったら、どんな事態になるか考えるだけで気が遠くなる。。

 しかし、ノキアの部屋が分かるのは助かる。

 あの制約がある以上、この時間はまだ寝ていないはずだ。

 ノキアの部屋を尋ねたシオンに驚きつつも、ユキさん以下使用人のおばちゃんたちは、口々に楽しそうな声でノキアの部屋を教えてくれたのだった。



 ※ ※ ※


 ノキアは寝ていなかった。


「草上。いるか?」


 襖越しに声をかけると、中で動く音が聞こえる。

 小さく、ふすまが開けられる。その間から、ぴょこんと、小さな頭が飛び出した。


「あの、久能様」

「……あぁ。トゥルクさんですか」


 一瞬誰だか分からなかった。

 トゥルクは十歳前後の女の子の姿をしていた。

 誰の趣味なのか、ウサ耳付きパーカーのパジャマを着ており、それがあどけない表情に非常に似合っている。もじもじとした様子は、外見通りの幼い少女らしい仕草だった。

 大人の凛とした姿とは似ても似つかぬその姿に、シオンは少しどぎまぎする。


「申し訳ございません。お嬢様は……その、今は」

「トゥルク。早く閉めてくれないか」


 言い淀むトゥルクに対して、部屋の奥からノキアのかすれた声が飛んできた。

 びくり、と身体を震わせたトゥルクは、さっと部屋の外にでると、襖を閉めてしまった。


「……いや、なんでトゥルクさんまで出るんですか」

「あ、えと。申し訳ございません」


 しゅんと小さくなったトゥルクは、顔を伏せて謝る。外見が外見なだけに、小さな女の子をいじめているような気分になり、気まずさを覚える。

 それを誤魔化すように、シオンは襖越しにもう一度声をかけた。


「草上。大丈夫か?」

「……そんなに声を張らなくても、聞こえるよ」


 声は思いの外近くから聞こえた。どうやら襖のすぐ側まで寄ってきているらしい。仕切りを一つ挟んだ先に、ノキアの息遣いを感じる。ボソボソと憔悴した声で彼女は言う。


「こんな時間になんだい。もしかして、慰めにでも来てくれたのかい?」

「そうして欲しいんなら、そうするけど」


 どうやら会話をする意思はあるらしいので、シオンはそのまま廊下に座り込んだ。隣でトゥルクがオロオロしているが、構わず襖越しにノキアと向き合った。


「あんな後だから一人にして欲しいだろうと思ったが、気になったからな。気遣いが足りないかもしれないが、様子だけでも知りたかった」

「いや。アレは私が悪かった。あんな姿見せたら、構ってくれと言っているようなものだ」


 クック、と。くぐもった声が聞こえるが、それはどこか自嘲気味に響いた。

 そこでようやく、ノキアの声が少ししゃがれているのに気づいた。喉をからしたノキアは、独白でもするように言葉を紡ぐ。


「久々に思い出したよ。全力を賭けた勝負で負けるのって、こんなにきついものなんだね」

「今回は例外だろう。勝敗よりも、その後の方がダメージとして大きいはずだ」

「その後も含めて、私は、久しぶりに勝負ってものをしたんだって思うよ」


 シオンの言葉にかぶせるように、ノキアが言う。

 いつも異常の諦観をにじませながら、ノキアは未練がましく言う。


「こうなることは、分かっていたんだ」

「なんだって?」

「ノリトくんの言霊……『清音のコトタマ』のことは、昔から知っていた。いや……まあ、正直言うと、ここまでむちゃくちゃになっているとは思っていなかったんだけれどね。昔から、あの子の言葉にはちょっとした強制力があったんだよ。――ああ、でも、昔はあれでも、ちゃんと制限があったんだよ。濁音が混ざってはいけないとか、命令だと強制力が弱まるとかね。けれど――その当時でも、彼の『お願い』の効果は、抜群だった」

「お願い……か」

「そう。ノリトくんの『お願い』のお陰で、私は痛い目にあったことがある」


 しみじみと語る中に、苦々しいニュアンスが含まれていた。


「詳しくは言いたくないんだけれども、要するに、私は自分の気持ちと真反対のことをやらされたんだ。屈辱だったよ。何より、『自分』を手放すということが、あんなにも恐ろしいことなのかって、そう思った」


 現在進行形でその渦中にいるノキアは、声を震わせながら言う。


「勝算はあったんだ」


 彼女の言葉には、言い訳じみた色が混ざる。


「トゥルクは強力だし、私だって昔よりも呪的抵抗力をつけてきた。戦闘中も、概念防御にリソースを割けば、言霊の強制力くらいならレジストできる。ノリトくんの言霊も、確実な効果を出すには呪文を唱える必要があるはずだから、その前に実力でねじ伏せれば、って……」


 ノキアの声が徐々に小さくなる。

 計算違いだったのだ。

 天知ノリトの能力は思った以上に強力になっており、手に負えるものではなかった。


 結果としてノキアは敗北し、再度屈辱を受けることになった。

 今のノキアは、決められた時間以外の睡眠を禁じられている。先ほど使用人から聞いた話では、ノキアは苛立ちや怒りを覚えると睡眠に逃げるきらいがあるらしい。そうすることで精神の安定を図る、彼女なりの処世術なのだろう。それを禁じられた今、彼女のストレスはどれほどのものだろうか。


 そんなノキアに対して、どういう風に接せばよいのか、シオンは迷う。元来、気を使うというのが下手なのだ。こういう時に慰めの一言がさっと出てこない自分を憎く思う。

 代わりに、確認の意味も込めて一つ尋ねた。


「もう、打つ手は考えていないのか?」

「……なんだい。それは、何かやり様があるみたいな言い方じゃないか」


 せせら笑うような口調には、自棄の響きが含まれている。


「あいにく、お手上げだよ。これは長期戦にならざるを得ないだろうね。ノリトくん以上に良い条件を持つお婿さんを見つけてくるか、それとも裏工作でもして、ノリトくんの地位を貶めるか。……ふふ、それとも、何かい?」


 襖越しに、ノキアが動くのが聞こえる。

 どうやら襖にもたれかかっているようだ。襖が倒れてしまわないように加減をしながら、ノキアは襖一枚挟んだ先にいるシオンに対して、すがるような声をかける。


「慰めついでに、私を助けてくれるとでも言うのかい?」

「……僕個人にできることなんて、たかが知れてる」

「ふふ。そう、だね」


 ノキアの気配が離れるのを感じる。

 彼女は最後に、そっけない声を投げてくる。


「もう十時過ぎだ。……十一時になれば、私は自動的に眠りに落ちるから、そろそろ準備をすることにするよ。どうも、寝るのを許可された時間は強制的に睡眠に落ちるらしい。まったく、恐ろしいことをしてくれるよ」


 聞こえるのは声だけだが、そこからは拒絶の意志を感じた。


「トゥルク。シオンくんを送ってあげてくれ。ついでに、しばらく一人にしてくれ」

「……かしこまりました。お嬢様」


 隣でトゥルクが頷く。

 あとは、沈黙だけが返ってくるだけだった。その圧力に押されるように、シオンと二人はノキアの部屋の前から場所を移した。


 歩きながら、トゥルクが促すように幼い瞳を向けてくる。


「少し、お話しませんか。久能様」


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