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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第二部 言霊の幸わう国
45/68

ラオムシャッハ・ナイトツアー


 合図とともに、最初に動き出したのはトゥルクだった。

 彼女の姿が掻き消える。瞬間的にトップスピードに加速したトゥルクは、目にも留まらぬ速さで天知ノリトの懐に入る。


 彼女の手元には、取り回ししやすい短刀が握られている。トゥルクお得意の電撃特攻作戦である。開始直後にステータスを敏捷値へと全て振り切り、瞬く間に敵の懐に潜り込むという極端な作戦だ。初見でこれに対処できるバディはそう居ない。インハイ予選でもこの作戦で幾多のバディを葬ってきた。


 事実、人間であるノリトは、トゥルクの奇襲に反応できなかった。


「え?」


 間抜けな声がノリトの口から漏れる。すでにトゥルクがつきだした短刀が、彼の無防備な腹部に突き立てられ――


「俺のことを無視するなんてつれないじゃないか、娘さん」


 ――錫杖の遊環で固定するように、ホウキがそれを防いだ。

 ホウキは無造作に錫杖を振りあげる。しゃらん、と錫杖が音を立て、トゥルクの持つ短刀を弾き上げる。続けて、トゥルクの頭を叩き割らんと錫杖を振り下ろす。


「『手執錫杖(しゅじしゃくじょう)當願衆生(とうがんしゅじょう)設大施会(せつだいせえ)示如実道(じにょうじつどう)』――」

「させない!」


 呪文のようなものを唱え始めたホウキに、トゥルクはその場で地面に手をつき、身体をバネのように弾かせて鋭い蹴りを放つ。

 蹴りと錫杖がぶつかり合い、衝撃が辺りに撒き散らされる。


「『プロモーション』!」


 トゥルクはステータスを変動させると、飛びのきながら手に弓を作り出す。

 つがえる矢は三本。それを同時に引き絞って放つ。


「『聞錫(もんしゃく)杖聲(じょうしょう)催伏毒害(そくとくげだつ)』」


 ホウキは錫杖を強く地面につきつける。

 突き刺さった地面から水蒸気が吹き上がり、その水圧でトゥルクの放った矢が弾かれた。


 返す刀で、ホウキは錫杖を構え直すと、マントラを唱えながら即座に突撃する。

 地面に降り立ったトゥルクは、得物を弓から薙刀に変え、敏捷と耐久にステータスを振る。


「『オン・アミリティ・ウン・ハッタ』」

「『センターカウンターディフェンス』」


 錫杖と薙刀がかち合う。

 そこからは、正に人外同士の戦争だった。

 一合ごとに空気が震え、大地が軋む。残像混じりに打ち合いながら、二人は決定打に至る隙を伺う。息もつかせぬ攻防は、打ち合う度に信じられない程の衝撃波を発生させる。


 その打ち合いを制したのはトゥルクだった。

 彼女はホウキの錫杖を払うと、隙を見てステータスを筋力に振り切る。そして、圧倒的な膂力を持って、地面を叩き割る勢いで薙刀を振り落とした。


 地面がひっくり返り、土石の礫によって相手を吹き飛ばす。

 石鎚ホウキの身体が空中を舞う。


「ぐ、ちぃ!」

「――『プロモーション』」


 トゥルクは、手の薙刀を手放し、左手に大斧を創造する。

 女性であるトゥルクには不釣り合いである巨大な斧を、彼女は軽々と振りかぶると、衝撃で宙に浮き上がったホウキの身体へと思いっきり振りぬいた。


「『スキュア』!」

「く、――『ナウマク・サマンダボタナン・ソワカ』!」


 空中で身動きの取れないホウキは、慌ててマントラを唱え、武神の加護を得る。

 ホウキの全身には膨大な情報圧が纏われる。何倍にも強化された身体能力を駆使し、迫り来る大斧を迎撃せんと錫杖を振るう。


 強化されたホウキの膂力は、筋力値をAまで引き上げたトゥルクの攻撃を押し返すほどに力強かった。トドメの一撃のために筋力値以外のステータスをDランク以下に下げているトゥルクは、その衝撃にのけぞる。


 爆撃の如き轟音が響き渡り、二人のファントムは互いに弾き飛ばされる。前哨戦とも言える二人のファントムの凌ぎ合いは、それだけでフィールドを半壊させていた。

 互いの主人の前に戻ったファントムたちは、お互いに不敵な笑みを浮かべながら向き合う。


「はっ。随分なお転婆ぶりじゃねぇか。女だてら騎士の真似事も様になってんぜ、娘さん」

「そういうあなたも、下劣なだけの破戒僧と思えば、それだけの加護を授かる程度には徳を積んでいるようですね。認めたくはありませんが、見事です」


 語りながらも、二人は自身の体の調子を整える。

 今の戦いだけでお互いの力量はある程度測られた。先にファントムが敗北すれば、それはすなわちバディとしての敗北だ。故に、互いに油断なく彼我の戦力差を分析し合う。


 トゥルクとホウキのぶつかり合いを観戦していた草上秀星は、雑談でもするかのようにシオンに向けて尋ねた。


「この勝負、君としてはどう見るかい? シオンくん」

「……そうですね。思った以上に天知側のファントムが強力です」


 ステータスだけだと平均程度のファントムであろうくらいにしか思っていなかったが、接近戦に加えて呪法の扱いも長けているとなれば、それはとてつもない脅威である。正攻法だけでなく搦め手も使えるというのは、次にどんな手が来るか読みにくい。


 それに対して、トゥルクの能力も相手にとってはかなり厄介だろうと思う。ステータスの変動というスキルを持つファントムは少なくないが、トゥルク程大幅な変化を連続で行える者はそういない。どれかのステータスを上げているときはどれかが下がっているはずだが、その弱点を突くだけの隙を与えないよう、ノキアたちはしっかり牽制している。


「くさか……ノキアさんのことは、学校で知っているので、実力は想像がつきます。彼女は基本的には優秀ですが、修練が足りない。それを本人も自覚している。だからこそ、ノキアさんは、バディ戦においてサポーターとしての役割を崩しません」

「ふむ、直接的な魔法の競い合いではなく、ファントム主体のゲームメイクということかな?」

「はい。実際、この手法で彼女はインハイ予選を二つ突破しています。ファントムの力を尊重しつつ、かと言ってファントムに頼り切りにならない。そんな戦いが彼女は出来ます」


 それはバディ戦において理想的な戦略であるが、多くの魔法士は、自身のプライドがあるためにどうしても魔法士同士での決着をつけようとする。それが悪いわけではないが、ファントム同士の間で実力差があった場合にはすぐにゲームは決着が付いてしまう。


 上位ランカーになるほど、魔法士とファントムのコンビネーションが見られるようになるのだが、そうした役割をノキアは自然と行えていた。


「友人として贔屓目に見ても、ノキアさんは強いと思いますよ。そこそこの相手なら、本気でかかれば完封できる。――問題は天知側ですが」


 天知ノリト。

 十三歳の少年だ。魔法に触れ始めたとしても、それは実家での修行くらいで、こういった実践的な訓練はそれほど行なっていないはずだ。


 ならばそこが勝機になるのではないかと、そうシオンは思っていたのだが。


「ノリトくんは、天知家の次代として生まれた子たちの中でも、最高傑作と言われている。それが意味するところは生半なものではないよ」


 秀星がそう言った時、戦いの第二幕が上がった。

 ノキアが右手に魔法デバイスを構える。小さなリモコンのような形のデバイスは、草上エレクトロニクスで出しているサブ用のデバイスである。

 サブデバイスに魔力を通しながら、ノキアは指示を出す。


「トゥルク! 『スパイダーウェブ』だ」

「かしこまりました、お嬢様」


 トゥルクは自身の両手に鉤爪のような武器を創り出す。

 そして――這いつくばるかのように身体を低く伏せると、厳かにスキル名を口にする。


「立体交差――『巡歴の騎士(ナイトツアー)』」


 次の瞬間、ブォン、という加速音とともに、トゥルクの身体が斜めに跳ねた。

 空中に跳び上がった彼女は、そのまま何もない空中を蹴り、空を駆けるようにして真上から天知ノリトを強襲する。


 上空から主人を狙う鉤爪の一撃を、ホウキは錫杖で迎え討つ。武器が打ち合う金属音が響き、トゥルクはすぐさま飛び退いた。

 あまりにも容易く相手が引いたことに、ホウキは怪訝な表情を浮かべる。位置取りとして、先ほどの攻撃は最適なものだった。あのままでは、彼は主人を守りながら戦うことを余儀なくされたはずである。


 それなのに、あっさりと引いた。

 なぜ、と顔を上げると、第二撃があった。


 先ほど飛び退いたはずの方向から、トゥルクが間髪入れずに襲撃をかけたのだ。

 ホウキは天性の勘でなんとかそれを受け止める。不安定な姿勢で受けざるを得なかったが、不意打ち気味の攻撃を見事に受けきった。


 トゥルクはまたしても、すぐに真上へ跳び上がって距離を取る。

 第三撃は、一呼吸の間もなかった。

 真上から再び宙を蹴ってトゥルクが襲いかかる。頭上からの一撃には、さすがのホウキも反応が遅れてしまう。


「任せてください。ホウキさん」


 天知ノリトはその攻撃を予測していたのだろう。自身のファントムが防御の反動ですぐに動けないのを察して、彼は周囲に簡易的な結界を張る。

 上空から全体重を乗せたトゥルクの攻撃は、ノリトの結界によって勢いが削がれる。しかし勢いの全ては殺し切れず、トゥルクの鉤爪はホウキの身体へと突き立てられる。


「ぐ、この」


 肩口を切りつけられたホウキは、破れかぶれに錫杖を振るう。しかし、その時にはすでにトゥルクは姿を消している。

 そうかと思えば、またしても視界の外から、十分な加速を伴って彼女は姿を現す。


 消えては現れ、そしてまた消える。

 更には一撃ごとに加速していくので、次第に視認することすら難しくなってきている。次から次に襲われるホウキからすると、その動きを追うことが精一杯で、後手に回らざるを得ない。


「なるほど、面白い技ですね」


 必死に防戦するホウキを横に、ノリトはかろうじて状況を把握することができていた。

 消えては加速して現れるトゥルク。

 その理由は、彼女がフィールドを三次元的に利用しているためだった。


 ノリトとホウキの周囲には、いつの間にか魔力の糸で編まれた結界が張られていた。


 ピンと張り詰めたその糸は、まるで蜘蛛の巣のように周囲を囲っている。トゥルクは空中でその糸を蹴りつけて、ノリトたちを強襲していた。

 その糸の結界はノキアが作ったものである。『スパイダーウェブ』と言う名のその魔法は、敵の動きを封じるとともに、トゥルクの足場を作る役割がある。


 トゥルクの手には魔力の糸がつながっており、それを引っ張ることで飛び退き、また別の糸を蹴りつけて加速する。そうして、立て続けに敵を攻撃することが出来る。

 トゥルクのスキル『巡歴の騎士(ナイトツアー)』は、元々は攻撃を成功させるたびに敏捷値が上がるというパッシブスキルである。連続攻撃の速度が上がり続けるそのスキルを、ノキアの魔法の補助で三次元的に使用可能にした、二人の奥の手だった。


立体交差(ラオムシャッハ)巡歴の騎士(ナイトツアー)』。


 これによってトゥルクは、敏捷値の基本ステータスを下げたまま加速を続けることが出来る。余った分のステータスは筋力と耐久に振れるので、戦いの幅が広がる。


(ここまでは順調。だから――次の手だ)


 トゥルクの強襲に防戦一方となる敵に対して、ノキアは『スパイダーウェブ』を維持しながらも、メインデバイスの方で魔法式を組む。

 かろうじて均衡している現状を打ち崩すために、トドメの一手を組み上げる。


 草上ノキアは優秀な学生である。

 それは彼女の潜在能力の高さと器用さが理由だった。人はそれを才能と呼ぶのだろうが、しかしノキアには、決定的に努力の才能が欠けていた。並大抵のことはコツを掴めばすぐ出来るため、彼女は研鑽を積むという経験が足りなかった。


 故に、草上ノキアにとって得意なジャンルと言えるものは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 努力を余儀なくされた分野こそが、努力の出来ない彼女が最も得意な魔法であるというのは、ちょっとした皮肉である。


 彼女が得意なのは、霊子属性の魔法。

 純粋な魔力のみを操作するという、シンプル故に最も奥が深い属性こそが、ノキアが一番信頼している魔法属性だ。


「セット――『バースト』!」


 魔力を弾丸にしてまっすぐに撃ちだす。

 合計四つの魔力弾は、防戦一方になっているホウキの気を引くのに最適だった。

 ノキアの魔力弾に気を取られたホウキは、一瞬だけトゥルクの存在を意識から外した。その決定的な隙をトゥルクは見逃さない。突き出した鉤爪は深々とホウキの胸を貫いた。


「ぬ――が、はっ」

「チェックメイトです。破戒僧」


 心臓をえぐった鉤爪を、トゥルクは華麗な動作で抜き取る。血しぶきが魔力の粒子となってキラキラと散り、霊子体を維持できなくなった石鎚ホウキも粒子となって消滅していく。

 その姿を見送ったトゥルクは、敵である少年の前に立ちふさがる。


「勝負ありです。あがくつもりがないのでしたら、降伏(リザイン)をおすすめします」

「ふむ、さすがは草上家ですね。よいファントムを召喚している」


 もはや勝負あったと言える状況でありながら、天知ノリトは余裕の表情を保っている。

 変わらぬ態度のノリトを前にして、トゥルクは怪訝な顔をする。


「状況がわからないのですか? ファントムを失った今、あなたに戦うすべはない。それとも、あなたは単独でわたくしを倒すおつもりですか?」

「それもいいですが、まあ難しいでしょうね」


 肩をすくめながら、ノリトは平然と言う。


「これだけの距離を詰められたら、僕が何をしようと、あなたの方が早い。本当に、ファントムという存在は厄介だ。ただの人間が使役するには過ぎた使い魔ですよ」

「では、なぜ降参しないのです」

「それはまだ勝負が終わってないからですよ。僕はまだ動けるし、敗北が決定したわけじゃない。まだ、結果はわからない。例えば――」


 堂々とした物言いのノリトを、トゥルクは半ば感心しながら見つめていた。この敗北が動かない状況で、それでも堂々とファントムと向き合うその胆力に感服したのだ。

 それに対し、ノキアは焦りとともに叫んだ。


「トゥルク! 今すぐそいつにとどめを刺しなさい!」

「え――? お嬢様?」


 背後から響いた主人の声に、トゥルクは驚きながら振り返る。


「そう。例えば――」


 天知ノリトは、淡々と、その言葉を口にした。


「【()()()()()()()()()()()()()()()】なんてことも、あるかもしれませんよ?」


 ――その【言葉】は、決定的だった。


 天知ノリトがその一言を発した時、ノキアは絶望に顔を染め、トゥルクはわけが分からず怪訝な顔をし、観客席にいるシオンはその既視感のある気配に驚愕した。第三者では、秀星のみが、平然とした顔を崩さずに居た。


 次の瞬間。

 無防備なトゥルクの背中に錫杖が突き立てられた。


「――ぐ、ぅう。なん」


 なぜ、と。トゥルクは自分の胸元に生えた錫杖の柄を見下ろす。背中から突き刺された錫杖は、しゃらんしゃらんと、トゥルクが身体を動かす度に音を響かせる。

 慌てて錫杖が投擲された方を見ると、空中に、一つの人影があった。


 石鎚ホウキ。

 消滅したはずのその破戒僧は、上空にて雲の上に座っていた。



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