決戦準備
降って湧いた勝負を前に、ノキアとトゥルクはゲーム前の調整に奮闘していた。
「トゥルク。調子はどうだい」
「問題ありません、お嬢様。いつも以上に、完璧な調整です」
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ファントム:デイム・トゥルク
原始『■■■■』
因子『騎士』『傭兵』『騎兵』『天衣無縫』『冠ミトラ』『虚偽』
因子六つ ミドルランク
霊具『■■■■■■■■■■』
ステータス:筋力値C 耐久値C 敏捷値C 精神力C 魔法力C 顕在性C 神秘性C
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これが、シオンの知るトゥルクのステータスである。ゲーム開始時には同じ情報が対戦相手にも明かされることになる。
ステータスだけを見ると、オールCというある意味極端な性能だが、その本質は別にある。彼女はチェスをモチーフとしたファントムで、戦いの中でステータスを変動させられるのだ。
知らなければ不意打ちをくらい、知っていたとしても対策が取りづらい。戦いの中で臨機応変に戦法を変えられる。そうした意味で、応用の幅の広いファントムといえる。
「アクティブスキルはこの四つでいいかい?」
「それですが、お嬢様。一つは、いつもと違ったものにしたいと思うのですが」
「うん。聞こう。どれがいいと思うんだい?」
真剣な表情で二人は試合の準備を進める。
試合のゲーム種目はマギクス・アーツ。
魔法士が霊子体を維持できなくなるまで戦い合う、純粋な魔法での殴りあいである。
カギを握るのは、魔法士の魔法の実力ももちろんだが、ファントムの性能も大きく関わってくる。人間以上の身体能力を持つファントムは、魔法士が相手をするには荷が重い。故に、先にバディのファントムが敗れた側が実質の負けとなる。
ファントムは因子一つにつき一つのパッシブスキルを持っている。故に、因子数が多ければ多いほど有利になる。トゥルクの持つ六つという因子数は十分に強力と言える。
それとは別に、アクティブスキルを四つ設定することが出来るが、こちらはファントムの性能を元に魔法士がスキルを組み上げなければいけないので、センスと技術が問われる。
すでに組み上げていたスキルの内、どれをアクティブスキルに設定するかを散々迷った挙句、試合開始の二十分前に二人は調整を終えた。
「悪いね。変なことになっちゃって」
ひと心地ついたところで、ノキアがシオンに向けてそう言ってきた。
「まさかここまで話がこじれるとは思っていなかった。いや、本当に。お父様の言うとおり、その場しのぎじゃダメだったな、今回は」
罰が悪そうに頭を掻きながら、ノキアは曖昧に表情を笑わせる。
そんな彼女を前に、シオンは上手い言葉が思い浮かばず、いつも通り淡々と言う。
「謝るのは今更すぎる。それより、勝算はあるのか?」
「なんだい? 心配してくれるのか」
「そりゃあな。ここまで話が大きくなったからには、負けたら逃げられないぞ、お前」
不安を煽ってもしかたがないのだが、それでも言わずにはいられなかった。
後から勝負の決定までの流れを思い返すと、嵌められた感が強すぎる。全てはあの八重コトヨという女に誘導されたようにしか思えないのだ。
シオンの不信感に、ノキアはあっさりと頷く。
「そうだね。あの人なら確かに、面白半分でこういう流れを考えて居た可能性が高い」
「……あの八重コトヨって人のこと、知ってたのか?」
「天地家の当主のご意見番のようなことをしている人でね。詳しくは知らないけど、昔からよく見かけていたから、嫌でも覚えてしまったよ」
ノキアは息を吐きながら、ゆっくりと目を閉じる。
「どんな思惑があっても良いよ。チャンスがもらえたんだ。だったら、あがくさ」
「……珍しいな。お前が、そこまで本気になるなんて」
「そうだね。自分でも驚きさ。たまには、逃げじゃない反抗をしてみたいんだろうね」
苦笑を漏らしながら、彼女は他人事のように自分の気持を口にするのだった。
話が途切れ、静寂が場を包む。これ以上何かを言っても、それは全て苦言になるだろうと思うので、シオンは自然と黙りこんでしまう。
そんな中、ノキアがひとりごとでもつぶやくように口を開いた。
「ノリトくんとは、いわゆる幼馴染ってやつなんだ」
「昔から、関わりがあるのか」
「ああ。もともと、叢雲家と天知家は遠縁なんだ。古い時代に家が分かれたらしいけれど、何かあれば頼り合うような間柄らしい。立地の関係もあって、親類が集まるときはうちを利用することが多かったんだ。その親戚の子たちがいる中に彼――ノリトくんが居た」
「天知ノリトに対して、お前はあまり良い印象を抱いていないようだな」
「……そう、だね。苦手なんだよ。あの子のことは」
曖昧にごまかしながら、彼女は立ち上がった。
時刻を見ると、六時の十分前だった。
「行こうか、トゥルク」
「はい、お嬢様」
正装としてテクノ学園の制服を身に纏ったノキアは、スーツを着たトゥルクを従える。
これから、草上ノキアの自由をかけた戦いが始まる。
※ ※ ※
午後六時。
勝負は、草上邸の庭園で行うことになっていた。
霊子庭園を展開する役割は、八重コトヨがやることになった。
つまりは、彼女がこの試合の審判役ということだ。
「心配せずとも勝負は公平に行う。無粋な真似をしては、興が削がれるだけじゃからのう」
そんな彼女は、庭園にオブジェとして置かれている大きな岩に腰掛けている。つくづく、岩の上が好きな人である。
「それでは準備はよいか? 双方とも」
コトヨの確認に、ノキアは黙って頷く。
対面にいるノリトは「大丈夫ですよ」と、落ち着いて答えた。当事者でありながら、一番この場でリラックスしているように見える。
そんな彼の隣には、法衣をまとった精悍な青年が立っていた。右手には錫杖、左手には経典の巻物を巻いており、見るからに修験道における山伏を思わせる出で立ちである。
天知ノリトのバディ、石鎚ホウキである。
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ファントム:石鎚ホウキ
原始『■■■■■■』
因子『呪』『使役』『縛』『鬼』『修験』『因果』
因子六つ ミドルランク
霊具『■■■』
ステータス:筋力値B 耐久値C 敏捷値C 精神力B 魔法力B 顕在性C 神秘性B
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事前に対戦相手に公開されたステータスを見る限り、平均よりも高いステータスを持っている。飛び抜けているわけではないが、優秀な性能を持っていると言えるだろう。
そんな彼は、錫杖を肩に担ぎながら軽薄な笑みを浮かべる。
「よぉ。お嬢さん方。アンタらの前に姿を現すのははじめてだな。会えて嬉しいぜ」
精悍な顔立ちをニヤニヤと粗野に笑わせながら、ホウキは楽しそうに言う。
「特にそっちの執事みたいな娘さんは、見かけた時から口説きたいって思ってたからな。まったく、うちの主人ときたら滅多に従者を自由にしないもんだから、いつも陰ながら見るしかなくて、もどかしかったんだぜ」
「やめてください、ホウキさん。それでは僕が意地の悪いようではないですか」
好き勝手をいうバディに、ノリトが苦言を挟む。
「そもそも、あなたを自由にしたら、すぐに女性に手を出すじゃありませんか。戒律を破るだけでなく、周囲が迷惑を被るんですから、自由になんて出来ませんよ」
「へ、これだから童貞坊っちゃんはお堅くて困る。お前な、いっぺん禁欲して生涯を過ごしてみろ。自分を偽るのがどんなに馬鹿らしいか、よぉく分かるってもんだぜ」
黙っていれば美丈夫な面構えなのだが、粗暴な態度と言葉遣いが全てを台無しにしている。修験者にあるまじき態度である。
彼は乱暴に頭を掻きながら、吐き捨てるような口調で苦々しく言う。
「まったく、力だけ再現できりゃいいのに、余計な記憶までついてきやがって。俺は修行好きの変態じゃねぇんだからよ。おかげでずっとイく直前で寸止めされてる気分だぜ」
そんな彼は、錫杖をまるで棒術でも扱うように器用に振り回す。錫杖の頭部に通してある遊環がぶつかり合い、しゃらんしゃらんと音を立てる。
「ま、いいさ。それより、そこのべっぴんさん二人が相手なんだろ? いい加減、溜まりすぎて素股でもイキそうなくらいなんだ。せいぜいあえいで楽しませてくれよ、なぁ」
「……ノリトくん。その下品な男の口、縫い付けてくれないかい」
「申し訳ありません、こればっかりは僕も手を焼いているものでして。残念ですが、彼の性分と思って諦めてください」
石鎚ホウキの勝手気ままな言葉を前に、対戦相手二人の間で奇妙な共感が生まれた。
そんな顔合わせであったが、勝負の場は整った。
霊子庭園が展開され、勝負のフィールドが作られる。
見た目としては草上邸の庭園とさして変わらないが、縮尺が変わって広大なステージが広がる。オブジェクトの一つ一つが大きく作られ、巨大な建物に、木々や岩、広いフィールドに海のように大きな池と、障害物には事欠かない。
観客は、シオンとミラ、そして草上秀星の三人だ。
彼らは霊子庭園の外で、仮想ディスプレイ越しに縮尺されたフィールドを観戦している。
「では、勝負を始める前に確認をしておこう」
八重コトヨが、取り仕切るように言う。
「勝った方は負けた方に一つだけ言い分を聞かせることが出来る。勝敗の証人は、儂と、観客の三人がしておる。不義理を通すのは難しいぞ。双方、それで構わないか?」
コトヨの問いかけに、ノキアとノリト双方が頷く。
「ふむ、よいじゃろう。では、秀星殿よ。結果次第では、そなたらの思惑は当人同士によって破談になるかもしれんが、それでもよいか?」
「仕方ないでしょう。あなたの仕切りだ。ならば、天知家も納得してくれるはずだ」
そう言う秀星は涼しい顔をしている。顔色から本心が読めず、シオンは思惑をはかりかねていた。ノキアの父親の本心は一体どこにあるのか。
そんな風に疑問を抱えていると、コトヨが手を上げて試合開始の合図をする。
「それでは両者尋常に――いや。現代風に言うならこうじゃな」
にやりと彼女は笑って、言い直した。
「――試合開始!」




