年下の婚約者
日本において古くから魔法技術を伝え続く家系を『神咒宗家』と呼ぶ。
現代魔法が確立する遥か昔、血筋の才能として自然魔法を伝え続けた家系は、記録に残っているものとして実に四十八家に及ぶ。
神咒宗家はそれぞれ独自の魔法の特性を持っており、中には現代の人工魔法に適応する形で、社会の中核を担っているものもある。
例えば、草上家の本家筋である叢雲家は、占星術を元にした数秘学を起源としており、現代に適応することの出来た魔法家と言える。
それに対して、現代に適応できずに没落しかけている家系も少なくない。
例えば、明星タイガの実家である明星家は、神性呪術と呼ばれる神話に基づいた呪術を扱っていたのだが、代を重ねるごとに神性を失い、今では没落寸前と言われている。
天知家というのは、神咒宗家の中でもはるかに歴史の古い家柄で、神話の時代にまで系譜をたどることが出来るという触れ込みである。自然崇拝を元にしたシャーマニズムの大家であり、大自然と一体になることを得意としている。
その本家の嫡男にして、秘蔵っ子。
天知ノリト。年齢は現在十三歳という。
「僕のこと覚えていてくれて嬉しいですよ。ノキアお姉さん」
ニコニコと子供らしい笑みを浮かべて、ノリトはシオンの右隣、下家に座る。
タイミングを逃してしまったシオンは、そのままノリトの隣に座り続けることしか出来ない。三つも年下の少年を前に、自分がどういう立ち位置でいればいいのかがわからない。
それを察したのか、彼はニコッと笑ってシオンの方に顔を向ける。
「はじめまして。噂には聞いてますよ、シオン先輩。伝説の神童だなんてすごいなぁ。一度お会いしたかったので、嬉しいです」
そう言って、彼はスッと右手を差し出す。
握手のつもりなのだろうが、シオンはそれを無視して、ノリトに対して言う。
「僕はお前の先輩じゃない。それと、どんな話を聞いているかは知らないけれど、今の僕は平均の魔法士にも劣る。何かを期待しているのなら他をあたった方がいい」
「嫌だな、そんなつもりはないのに。連れないですね」
くすくす、と笑う姿は、天使のようでありながら、どこか小悪魔じみている。
年齢に騙されてはいけない、とシオンは思う。一見、無邪気な子供といった風を見せているが、彼の物腰からは、自信と自負から来る余裕が見て取れる。それは、ずっと昔にシオンが慣れ親しんだものと同一のものだ。
彼はかつての自分たちと同じ、神童と呼んで差し支えない存在なのだろう。
「ノリトくん。君は何をしにここに来たんだい」
探るようなノキアの言葉に、彼は不思議そうな目を向ける。
「そんなの決まっているじゃないですか。ノキアお姉さんとお見合いをするためですよ」
「お見合いって、君はまだ、結婚できる年齢じゃ」
「ええ。だからこそ、正式な縁談にはなりません。けれども、将来的にはわからない。――そもそも今回の会合はそういう趣旨でしょう? 違いますか、ノキアお姉さん」
「……っ! まさか、お父様。これは!」
ギョッとして、ノキアは自身の父を見る。彼女の中でなにか察するものがあったらしい。
そして、その推測は当たりのようで、草上秀星は厳かに頷いた。
「そうだ。君の縁談相手は天知ノリトくんだ」
「ふ、ふざけてる!」
カッと顔を赤くして、ノキアは立ち上がる。その表情は羞恥と怒りに染まっていた。
彼女は実の父親を睨めつけるようにして見下ろす。
「なんだい! それじゃあ明日の会合はただの出来レースってことじゃないか! 婚約者の顔見せをして、既成事実を作ってしまおうって魂胆だな!」
「そうだよ」
あっさりと頷いた秀星は、睨むノキアの視線を静かに受け止める。
激高したノキアに対して、秀星は平常心を崩そうとしない。それは、わがままを言う娘を落ち着いてなだめているようにも見えた。
その真っ直ぐすぎる瞳に、ノキアは一瞬だけたじろぐ。しかし、ここで負けてなるかと、踏みとどまって苦し紛れに言う。
「ひ、卑怯だ。こんな、姑息な手段」
「そうかい? これは君がやろうとしたことと同じだと思うがね。それに、姑息なのは君だけで、こちらは先を見越してのことだ。全く同じではない」
秀星の言葉に、図星をつかれてノキアは言葉に詰まる。
その話の流れを見て、シオンはなるほどと一人納得していた。
明日の会合は、後の縁談のための顔見せ程度のお見合いという話だった。だからこそ、ノキアは彼氏という存在を出すことで、他の参加者への牽制をしようとした。今は学校での人間関係もあり、今すぐに縁談を考えるつもりはないと主張するためだ。
それに対して主催者側は、今回の会合を婚約発表の場に利用するつもりだったのだ。
言い出したのは天知家と草上家のどちらか不明だが、天知ノリトというまだ結婚することの出来ない年齢の少年を婚約者に仕立て上げるには、既成事実を作ってしまうしかない。
天知家は、シオンでも知っているくらいの魔法の大家だ。そして、草上家の本家である叢雲家も同様だ。その二つの家が親類になるだけでも、かなりの利益が生まれるだろう。
だから、秀星は言ったのだ。
この縁談以上に良い条件を、久能シオンという少年は提示できるのか、と。
「これは、難しいな」
シオンは小さくひとりごちる。
ここまでの話では事態をそれほど重く見ていなかったのだが、ことは思った以上に大事だった。
手助けしようにも、話が固まりすぎている。仮に、秀星が望むだけの条件を提示するにしても、この状況をひっくり返すには、一旦体勢を立てなおさなければいけないだろう。
「………くっ」
ノキアは振り上げた拳の下ろしどころがわからないように、その場で立ち尽くして震えている。
助けてやりたいとは思うが、ここでシオンが口出しするには理由が足りない。立場的にも、感情的にも、シオンは未だ第三者の域を出ないのだから。
隣では、ミラが話についていけてないのか、剣呑とした場に怯えてオロオロしている。ノキアの後ろでは、トゥルクが同じように主人を気遣わしげに見ている。
そんな中、場の空気を一気に崩す気の抜けた笑い声が響いた。
「かっかっか。なかなか面白いことを考えよるのう。秀星殿」
八重コトヨだった。
彼女はこの緊迫した場において、向かい合う双方の中間に座っていた。まるで、この話し合いの仲裁役であるかのように、ドンと構えて座っている。その様子は、草上の当主である秀星よりも偉そうな居住まいだ。
コトヨに対して、秀星は敬語を使い答える。
「私は場を整えただけですよ、八重殿。話自体は、叢雲と天知の間で交わされたものを提示されただけだ。それがメリットの有る話だから、乗っただけのことです」
「ほう。ならばそなたは、場合によってはこの縁談を破談しても良いと思っておるのか?」
「条件によります」
あっさりと、秀星はそう言った。
「確かに天知家との縁談は、叢雲としては意義あるものだが、それだけだ。草上としては、別に良い条件があれば、そちらをとってもいい。それ故に、五年間という猶予を了承した」
五年間。
つまりは、天知ノリトが結婚できる年齢となる十八歳までの期間ということだろう。
「ふむ。ならば、この婚約は本決定であるというわけではないのか?」
「いえ。あくまで婚約は婚約です。よっぽどでないと、私も破棄しようとは思わない」
「なるほどのう。では、ここで婚約話が固まってしまえば、ノキア嬢はその『よっぽど』の条件を、五年で見つけなければならなくなるわけじゃな」
くっく、と。コトヨは楽しそうに笑い声をあげる。自然と全員の視線が彼女に集まる。いつの間にかコトヨがこの場の主導権を握っていた。
立ったままのノキアは、どうして良いのか分からず、探るようにコトヨを見ている。
そんなノキアを、試すような目でコトヨは見返した。
「のう。ノキア嬢よ」
「な、なんですか」
「そなた、悔しいじゃろう? お主のあずかり知らぬところで話は進み、知らぬ間にはめられたようなものじゃからのう。さぞ臍を噛む思いじゃろう」
「……、っ」
図星を突かれてノキアは顔を紅潮させる。
そんな彼女に、コトヨは語りかける。
「反撃するならば今しかないぞ。明日になれば既成事実が出来てしまう。本家同士の決め事じゃ。そうなってしまえば、先ほど秀星殿も言っておったが、よっぽどでないと覆らん。今ならば多少のわがままも、秀星殿は聞いてくれると思うが?」
「でも、私は……」
目を伏せながら、ノキアはかすかにシオンの方に視線をやる。すがるようなその目は、しかし具体的にどうすがって良いのかわからないようだった。
そこでようやくシオンは気づいた。
おそらくノキアは、損得勘定を深く考えずにシオンを恋人役に選んだのだ。
もし彼女がもう少し打算を働かせていれば、シオンが持つ利用価値に気づかないはずがない。それがこの場を覆すだけの力があるかは疑問だが、彼には一つだけ利点がある。
それに気づかないまま、ノキアは久能シオンという存在にすがったのだ。
なんて純粋で、なんて不器用なのだろう。
「き、君は」
ノキアは身体を震わせながら、切れ切れに言葉を言う。
「ノリトくんは、どう思っているんだい。結婚なんて考えるには早すぎる。ましてや、私なんて、迷惑でしかないだろうに」
「そんなことはありませんよ、ノキアお姉さん」
にこりと、無垢そのものの笑みで彼は答える。
「確かに、いきなり結婚だなんてびっくりしましたけれど、まあ五年は待ってもらえるって言われましたしね。それにノキアお姉さんが相手なら問題ありません。だって、僕は」
彼は変わらぬ表情で、変わらぬ声で、それがとうぜんであるかのように、言った。
「ノキアお姉さんのこと、ずっと好きでしたから」
「……っ」
大胆な告白に、ノキアの顔色が変わった。
赤らんだのではなかった。
青ざめたのだ。
その変化に、シオンも事態の異常さに気づいた。一見すると、無邪気な少年の年上の女性への愛情表現のようだったが、その本質はあまりに歪だ。
ノリトの言葉には、中身が無い。
いや、中身はあるのだろう。しかし、それは淡い恋心などでは決してない。もっと生々しい、執着のようなものを感じた。
「み、みとめ、ない」
怯えを必死でこらえながら、ノキアは気丈な態度でノリトに向けて言う。
「私は君のことを、認めない。決まり事だなんて、知った事か。逃げられないんだったら、認めないまでだ。たとえ制度として結婚したとしても、私は君だけは、絶対に受け入れない」
それは、どこか偏執さすらも感じるほどの拒絶だった。彼らの間で何があったかは知らないが、ノキアは本気でノリトのことを嫌っている。
その拒絶に、ノリトは小さくため息をつく。
「残念。嫌われちゃってますね。けれど困ったなぁ。認められないのは仕方ないにしても、少なくとも納得はしてもらわないと、今後に差し支えるんですけれど」
拒絶されたわりには淡々としている。どうしましょうか? と、ノリトは草上秀星を見て、続けて八重コトヨへと視線を移した。判断を仰ぐ姿は、とても中学生に見えない。
それに対して、コトヨが口を開く。
「のう、秀星殿よ。ここは一つ、チャンスをあげるのはどうじゃろうか?」
「チャンス、ですか」
どういうものかと先を促すように、秀星は聞き返す。
「なに、簡単な事じゃよ。ノキア嬢は、ノリトくんのことが気に入らない。ノリトくんは、ノキア嬢に納得してもらいたい。双方の思惑がずれているのであれば、勝負で決めればいい」
「勝負、ですか」
「そうじゃ。魔法士同士の決闘ならば、話が早いじゃろう? そうじゃの、現代では確か、こう言うのじゃったか」
にやり、と笑いながら、得体のしれない女はその提案をした。
「ウィザードリィ・ゲーム。現代風な、魔法士の力比べじゃ」
そうして。
草上ノキアと、天知ノリトの勝負が決定した。




