交際報告(まっかなうそ)
草上秀星。
三十年前の終戦間もない時期に青年期を過ごし、復興プログラムの一環として渡米、魔法技術の研究に身をおく。帰国後、叢雲家の分家である草上家に婿養子として入籍。叢雲家の子会社を受け継ぎ、草上エレクトロニクスと改名。魔法電子デバイスの一大市場を開拓する。
草上エレクトロニクス社の魔法デバイスの一番の利点は、その手軽さにある。
複雑な式を組み込む代わりに、いくつかの汎用プログラムを登録しておくことにより、その組み合わせで簡易的な式を組むことが出来る。メインデバイスではなく、サブデバイスとして、即効性を重視したデバイスをいくつも開発していた。
草上ノキアの父親。
友人の親というものは、十代の少年にとっては奇妙な立ち位置の存在である。
知り合いというわけではなく、かといってまったくの他人というわけでもない。友人の家庭を垣間見るのは、どこか気恥ずかしさと居心地の悪さを覚えるものだ。
まして、交際相手として紹介されるならなおさらである。
「私が、ノキアの父・草上秀星です。娘から話は聞いているよ。久能シオンくん」
まだ五十代の手前と言った年齢であるはずだが、その男は年季を感じさせる風貌をしていた。老成した物腰は、第一線で活躍し続けた仕事人としての迫力がある。
現在は事業の大半を部下や子会社に分散しているという話だが、それでも衰えぬ気概に、一介の学生でしかないシオンは萎縮しかける。
落ち着かせるために小さく息を吐いて、シオンはまっすぐに草上秀星を見る。
「はじめまして。久能シオンと申します。この度はお招きいただきありがとうございます」
緊張で言い回しを間違えないかヒヤヒヤしながらも、シオンはゆっくり言葉を紡ぐ。
応接室では、テーブル越しに秀星とノキアの二人が並んで座っており、その後ろに控えるようにトゥルクがいた。その対面に、シオンとミラは並んで座っている。実体化したミラは、正座が慣れないのかしきりに身体を揺らしているのが分かる。
すでに胃が痛くなってきたシオンは、賢明に視線を下げまいと努力していた。
そこに、ノキアが口を開く。
「お父様。この人が、私の彼氏だよ」
ド直球だった。
シオンは恐る恐る秀星の方を見る。この場において、久能シオンは見合いを破綻させかねない異端分子だ。大企業の社長が企画した会合を台無しにしかねない馬の骨に、草上家の当主はどういう反応を見せるのか。
答えは意外な形で表された。
「そうか。君が、ノキアと」
その表情は、驚くほど穏やかだった。
まだそれほどの年齢でもないはずだが、どこか好々爺じみた表情は、安堵からくるもののように見えた。彼は目を伏せた後、シオンに尋ねる。
「君は神童と呼ばれていた、シオン・コンセプトで間違いないかね?」
「はい。そうです。神童なんて、今の僕には恐れ多い称号ですが」
「そんなことはない。君たちの行なったことは、間違いなく偉業だ。君らのお陰で、魔法技術は確実に十数年ほど先進したのだからね」
技術開発の第一線で活躍しているからこそ、草上秀星はそう言った。神童と呼ばれた久能シオンと久我アヤネの二人が発表した理論や魔法式は、今も第一線の技術として生かされているものも多い。それは現場にいる人間であるほど意識する事実だ。
「事故にあったという話は聞いていたが、こうして会えるとは思っていなかったよ。それも、ノキアの彼氏として紹介されるだなんてね」
苦笑しながら、秀星は緊張をほぐさせるように言う。
「そう固くならないで大丈夫だよ。別に、取って食おうとは思っていない。お茶でも飲んで、少し楽にしなさい」
そう言って、彼は正座を崩す。
シオンはどうするべきか迷ったが、その誘いにミラが速攻で足を崩し、対面のノキアも楽にし始めたので、なし崩し的にシオンもあぐらをかく。
仄かな足のしびれを感じながら、進められるままに湯のみに手を伸ばした。
「ふふ。しかし、うちの娘にも困ったものだ。なにせ、恋人のふりなんてものを本気で頼む馬鹿娘だからね。迷惑をかけて済まないね、シオンくん」
口に含んだ緑茶を吹き出しかけた。
バレてるじゃないか。
かろうじて粗相をこらえたシオンは、どういうことだとノキアの方を見る。当の馬鹿娘は、あっけにとられたように自分の父親を凝視していた。
「な、何を言うのかな。お父様」
動揺したように、ノキアは上ずった声で目を泳がせながら言う。
「こ、恋人のふりだなんて、やだなぁお父様。シオンくんは正真正銘、今お付き合いしている男の子だよ。ねえ、シオンくん。君からも言ってやってくれ」
「あ、えっと。はい。そうですよ。お父さん」
ノキアに追随するように答えるが、そのタイムラグが正直に白状しているようなものだ。
若者二人の拙い言い訳を前に、草上秀星はやれやれと可笑しそうに苦笑する。
「ノキア。私との交渉のために神童なんてカードを持ってきたのは、素直に感服するよ。おかげで私もシオンくんと会うことが出来た。一世を風靡した神童とは一度会ってみたかったからね。なんなら、この後ぜひ、個人的に話をしたいくらいだ。しかし――」
父が、聞き分けの悪い娘に言い聞かせるように言う。
「いくらなんでも、都合が良すぎる。よしんば、交際が本当だとしても、はじめて私に交際相手のことをほのめかしたのが先週なのだから、急ごしらえなのは確実だ。常々言っているがね、ノキア。君の悪いところは、その場しのぎに慣れすぎているところだよ」
「そ、そんなの。ずっと隠していたからに決まっているじゃないか。いくらお父様とはいえ、私だって隠し事の一つや二つある。全部さらけ出しているわけない」
「ならばどうして前に『彼氏などいないのだろう?』と聞いた時に、答えに窮したのだい?」
「それは……は、恥ずかしかったからに決まって」
「君は気恥ずかしさよりも実益をとる子だよ。ノキア」
秀星の断定する言葉に、ノキアは言葉に詰まる。
続けて彼は、シオンに目を向ける。
「もっとも、ここで君たちをこれ以上追求しても、素直に認めるとは思っていないよ。ノキアはこれで頑固だから、どんなに分が悪くても嘘を曲げないだろうし、君にしても、こうしてわざわざ私の前に出るようなお人好しだ。悪いふうにするつもりはないのだろう」
「……そこまで分かっていて、どうしてそんな、中途半端な追求をしたのですか」
シオンは秀星の真意を探るように尋ねる。
ノキアの交際を嘘だと断定したわりに、それを認めさせようとしないのは理にかなわない。なぜなら、ノキアが必要とするのは真実ではなく建前だからだ。
「草上の……ノキアさんの主張を否定しない限り、彼女は大義名分を持ったままですよ。それでも、あなたはいいんですか」
これは純粋な疑問だった。
その場しのぎ、と秀星は言ったが、とどのつまり、ノキアが欲しているのは時間稼ぎである。今、この瞬間に将来が固定されるのを拒んでいるだけだ。その抵抗を認めるのは、秀星の思惑と相反するのではないだろうか。
シオンの問いに、秀星は驚いたような顔をする。
「なるほど。こうして直接話してみると、とてもノキアと同年代とは思えないな。その洞察と話の運び方は、才覚と言うよりは常日頃の研鑽の賜物だね」
「よしてください。そんなに大したものではありません」
予想外に褒められると、居心地の悪さを覚える。所詮、シオンへの評価は、神童というフィルターを通して得られるものなのだから。
表情を暗くしたシオンに、秀星は謝罪を口にする。
「素直な感想だったのだけれど、気を悪くしたのなら済まないね。そうだね――何故かと言うと、それはノキアの権利だからだよ」
秀星は、ノキアの方に視線を移す。
「無論、立場があるから全てを自由にはさせられない。しかし、彼女があがくのならば、それもまた受け入れようと私は思っている。それがどういう結果を生むかは分からないがね」
「なら、もう十分じゃないか。私には好きな相手がいる。見合いなんてさせられても困る」
すでに偽りだと見透かされていても、ノキアは強気にそう主張する。
それに対して、秀星はゆるやかに首を振った。
「残念だが中止は出来ない。君の提示した条件は、そこまでは及んでいないからね」
順繰りと、シオンとノキアに視線を向けながら彼は語る。
「確かにシオンくんを連れてきたのは僥倖だ。経歴も問題なければ、人柄も文句がない。だが、家柄としてはどうだろう? それに能力面もだ。失礼を承知で言うけれども、彼が神童と呼ばれたのはもう四年も前の話だし、最後の事故で彼は再起不能になっていると聞く。現状において、彼の存在をプラス要因とするには不足が多いと言わざるを得ない」
「そんな! だって、シオン・コンセプトのことは、お父様だって」
「ああ。私は神童と呼ばれた彼のことを高く評価する。けれども、それは私的な目で見た場合だ。公的な目で見ると、まだ足りない。彼を連れてきたというだけでは、私は君に肩入れするだけの理由を持てない」
それとも、と。
秀星はどこか期待するようにノキアに問いかける。
「君はまだ、なにか、ここに状況を好転させるだけの条件を追加できるかい?」
その問に対する返答はなかった。
ノキアは身を乗り出すようにしながら、悔しそうに顔を歪めている。言い返したいのだが、その言葉が見つからないようだ。苦々しそうな目で、彼女はちらりとシオンを見る。
状況を好転させる条件。
すなわち、久能シオンという少年が草上家にとってどこまで価値があるか。
――一つだけ、考えていることはあった。
ノキアは気づいていないのかそれを口にしない。ならば、シオンがそれを言うべきではないだろう。協力をするとは言ったものの、あくまでそれはノキアの手助け程度である。ここでシオンがでしゃばれば、免罪符にすぎない主張が本物の決定となりかねない。
それは、今ここで将来を決められたくないノキアにとっても避けたいことのはずだ。そこまでの責任をシオンは持つことが出来ない。
「……お父様は、私とシオンくんの仲を認めないと、そう言うんだね」
睨むように、ノキアは自分の父を見ている。
それを受ける秀星は、どこか寂しそうに娘を見下ろしていた。
「君の主張を積極的に否定はしないよ。ノキア。君の無駄な抵抗を止めるつもりはない」
「……じゃあ、明日の会合で私がシオンくんを紹介するのは問題ないのだね」
「ああ。問題ない。けれども、その思惑がうまくいくかはわからないがね」
そのつぶやきには、どこか含みがあった。
「残念だよ、ノキア」
「……なんだい。突然」
「私は、君なら、もう少し良い条件で勝負してくると思ったのだ。しかし蓋を開けてみれば、いつもどおりのその場しのぎだった。せめて、本当に将来を誓い合うほどにシオンくんと絆を結んできていれば私も考えたのだけどね。本当に、残念だ」
「……何を、そんなぐだぐだと」
苛立ちで語気を荒くし始めたノキアに、秀星は淡々と諭すように言う。
「君の負けだよ。少なくとも、『彼』という条件に君の条件は勝てない」
草上秀星は、続けて奥のふすまに向けて声をかけた。
「もう良いですよ。八重殿。そして、入ってきてくれないかい。ノリトくん」
その人名に、ノキアが目を剥くのが見えた。
つられてみた襖の奥には、先ほど庭園で出会った狩衣姿の女性、八重コトヨが居た。
「ほう、先刻ぶりじゃのう、坊主と嬢ちゃん。それと、ノキア嬢とはお久しぶりになるかの」
ゆるりと礼をするコトヨ。
続けて、彼女は流れるように奥にいる人物へと声をかけた。
「では、ノリトよ。出番じゃぞ」
「はい。コトヨさん」
呼ばれて歩いてくる人影に、シオンは意表を突かれた。
その姿は少年――それも、シオンよりも年下の中学生くらいの男の子だった。
和風の装飾が施された制服は、魔法学府の一つ、陰陽専科のものだ。その制服を身にまとった少年は、落ち着いた物腰で部屋に入ってくると丁寧に礼をする。
「はじめまして。僕は天知ノリトと言います。以後、お見知り置きを」
天知ノリトと名乗った少年は、そこでようやく、テーブルの先にいるノキアへと視線を向けた。ノキアは忌々しいものでも見るようにノリトを睨んでいる。
「……ノリトくん。君、なのかい」
「はい、そうですよ。お久しぶりですね、ノキアお姉さん」
恨みがましい視線を軽く流すように、彼はさわやかな声で言った。
天知ノリト。
太古より連綿と続く魔法の大家、天知家の嫡男にして、神の申し子。
魔法界の秘蔵っ子は、子供らしい無邪気な笑みとともにその場に現れたのだった。




