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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第二部 言霊の幸わう国
41/68

ようこそ草上邸



 貧富の格差というものは、家を見れば嫌でも実感させられるものだ。

 シオンの場合、バイトもせずに一人で暮らせる程度の経済状況ではあるので、裕福とまでは行かずとも貧困ではないだろう。神童時代に取ったいくつかの特許の印税でなんとか学費は賄えているし、実親からは毎月自動的に生活資金が振り込まれている。生活に貧窮するという経験をしていない点では、両親に感謝しているくらいである。

 そんな彼の生活レベルをはるかに超える現実が目の前にあった。


 お屋敷、である。

 古き良き伝統を受け継いだ日本家屋。武家屋敷とでも言うべき立派な建造物は、なんと個人所有の住居であるという。荘厳な門から広がる白い塀は、端の方がかろうじて見えるくらいで、とにかく広大な土地を保有していることが一目でわかる。


 門を入ると、玄関までの距離がまた離れている。その無駄に余った敷地には立派な日本庭園が広がっている。敷き詰められた芝生に独創的な形をした岩、植林された木々に、果ては池や小川まで完備されており、もはや文化財なのではないかと錯覚するくらいだ。


 これがノキアの実家、草上邸。

 圧巻とはこのことで、あまりの光景に空いた口が塞がらなかった。


「す、すごい。すごいよシオン! なにこれ! なにこれなにこれ!」


 隣では、半霊体化したミラが興奮を抑えきれずに騒いでいる。はしたない、とは思いながらも、シオンも衝撃が抜け切れないため注意する余裕が無い。

 そんなシオン達をよそに、ノキアはあっさりと門を開けて中に入る。


「ただいまー」

「そんなに軽くていいのか!?」


 驚いたシオンに対して、不可解なものでも見るようにノキアが言う。


「自分の家に帰るのに、他にどうするっていうんだい。いいからほら、君も入りなよ」


 言われるがままに一歩を踏み入れると、とにかくその広大さに圧倒される。

 すごいと言うならば、アヤネと暮らしていた時期は高層ビルの最上階を貸し切ったりもしたものだが、これは別ベクトルの凄さだった。贅沢と言った話ではない、格式の高さというモノを、まざまざと見せつけられている。

 ボケっとマヌケな顔を晒していると、ノキアの帰宅を察したのか、出迎えがあった。


「あら。おかえりなさいませ。ノキアお嬢様」


 侍女だった。

 もっとわかりやすく言うならば、和製メイドだった。割烹着をベースとして裾にフリルがあしらわれたおしゃれな装いをしている。草上邸には複数の親類が滞在していることは聞き及んでいたが、その分使用人の数も多いようだ。これで年若い年齢の侍女でもいれば完全に漫画の世界だが、侍女たちは全員四十代から五十代くらいである。


 そんな侍女たちが四人、群がるように集まって来た。


「お待ちしてましたよ、ノキア様。やあね、思ったより早かったじゃないの」

「ただいま、ユキさん。あんまりだらだらと時間を掛けたくなかったからね。嫌なことなら早めに済ませるに限る。それより、部屋の準備は出来てる?」

「心配しなくても、ノキア様の部屋はずーっとあのままですよ。それよりやだ。この子がノキア様のカレシ? 不健康そうとか言ってたけど、十分男前じゃない!」


 一番年長らしい『ユキさん』を皮切りに、皆が姦しく喋り立てる。


「ほんとほんと。あたしら、ノキア様が悪い男に引っかかってないか不安だったのよぉ。まさか、こんないい人連れてくるなんて思わなかったわぁ」

「ああ、箱入りだったノキア様が、都会に出て垢抜けちゃって、嬉しいやら寂しいやら」

「それで、アンタたち、どこまでやったの? 卒業しちゃった? 大人になっちゃった?」


 話し好きの女性たちに囲まれれば井戸端会議の開始である。一言に十倍のコメントが返ってくるようなもので、傍から聞いているシオンは目を白黒させることしか出来なかった。

 ノキアの方はと言うと、そんな侍女たちの反応にも慣れたもので「はいはい分かったから」と適当にいなしながら、ちらりと端末で時間を確認する。


「お父様には夕方に着くって言ってるから、少し時間あるよね? ふわぁ。眠たいし、ちょっと昼寝させてもらうよ」

「……って、おい。まだ寝る気かよ」


 帰省途中も、途中から完全に爆睡していたはずだが、なんとまだ寝足りないらしい。

 シオンの驚きに、周りの侍女たちがクスクスと笑いながら言う。


「ちょっとカレシさん。ノキア様の昼寝はいつものことなんだから、そんな驚いたらダメよ。この子ったら、時間があったら一日中でもまどろんでるんだから」

「そうだぞ、シオンくん。私の彼氏なんだから、それくらいで文句を言うんじゃない」

「……お前はなんでそんなに偉そうなんだよ」


 むんっ、と胸を張っているノキアにジト目を向ける。


「そもそも、お前。僕達を招いておきながら、帰宅直後に放置するつもりかよ」

「うん? 何か問題あるかい?」


 問題しかない。

 一部屋二部屋しかないような小さな家ならともかく、こんな広い家で放置されたら、右も左もわからなくて心細いではないか。

 そういった旨を必死で伝えようとしたのだが、それに対するノキアの返答は簡潔だった。


「でも、ミラちゃんはすごく楽しそうだよ?」

「す、すごいよシオン! お魚が、お魚がいっぱいいるよ!」


 きゃーきゃー、と。浮遊したミラが、興奮したように両手を上げてこちらにアピールしている。彼女の前には池があり、そこにどうやら魚がいるらしい。

 くく、と小さく苦笑したノキアは、笑顔のまま言う。


「それじゃあ、四時にお父様を交えて話をするから、その時には呼びに行くよ。ユキさん、シオンくんたちを部屋に案内してあげて。あと、みんな早く仕事に戻ったら? 明日の準備で忙しいんだから、こんなところで油を売ってないの」


 最後に家人らしい注意をして、ノキアは一人ですたすたと歩いて家の中に入ってしまった。

 途方に暮れているシオンに、ユキさんと呼ばれた使用人が、面白そうに笑いながら言う。


「アンタも大変ねぇ。この歳で尻に敷かれてちゃ、将来が大変よ」

「……まあ、はい。そうですね」


 もう何を言っても仕方ないと諦めた。

 部屋に案内されるまでの間、数人のおばちゃんたちに言葉責めにあい、おもちゃのように弄ばれたのは言うまでもない。


 ※ ※ ※


 草上邸の客間にて、ひと心地ついた時だった。

 お魚が見たい、とミラが言い出した。


「さっき十分見てただろうが」

「全然見足りないもん。いっぱいいたし、餌もあげてみたい」


 どこに隠していたのか、彼女は昼の残りのパンくずが入ったビニール袋を取り出した。

 客間に通されると共に、ミラは畳の上にダイブしてゴロゴロとネコのようにじゃれていた。シオン自身も、畳の心地よい匂いに心を落ち着かせていたのだが、その矢先に、ミラが先の提案をしてきたのだ。先ほど見た池と小川がよっぽど物珍しかったらしい。


「ねーねー、庭に行こうよぉ。散歩しようよぉ。することなくて暇だよー」

「まあ、散歩くらいなら別にいいけどさ」


 確かに、暇だというのも分かる。

 せっかくの旅行なのだから羽根を伸ばすのもいいのだが、如何せん、この後にノキアの父親と対面するというイベントが控えているのが落ち着かない。


 そわそわとした気持ちを落ち着けるためにも、少し散歩するのもありだろう。

 先ほど案内してくれたユキさんを探した所、すぐ近くで掃き掃除をしていた。邸内を散歩していいかと尋ねた所、快く了承してもらえた。


 草上邸の中を歩いてみると、とにかくその部屋の数に圧倒される。この二階建ての日本家屋は、実は旅館なのではないかと錯覚するほどの部屋数である。

 ゆく先々でミラが無造作にふすまを開けようとするので、その度に注意をするのだが、彼女の溢れんばかりの好奇心は抑えられないようだった。屋敷の中もかなりの広さであり、庭に出るだけでも時間がかかった。


「ねーねーシオン。あの池のお魚、食べられるのかな?」

「食べるって……まあ、こういうところの魚は大抵、鯉だからな。食べられないことはないけど、生臭くって美味しいとは言えないだろ」

「じゃあさ、じゃあさ。釣り竿とかないかな? 釣ってみたい」

「お願いだから、そんな恥ずかしい真似はやめてくれ」


 そんな掛け合いをしながら、彼らは草上邸の庭に出た。

 改めて見ると、とんでもなく手間暇がかけられた庭園であると分かる。

 植えられている木々は全て形を整えられ、芝生は無駄な雑草一つ生えない、完成された風景だ。人工の小川のせせらぎは池へと水を循環させる役目を担っており、常に誰かしらの手が入っているのが分かる。この庭園が芸術の一つであると言われても納得の光景である。


 芝生の上には石のタイルで歩道が作られ、それを辿って行くと、小川を渡るように石作りの橋がかけられている。

 それを越えた先に広い池があるが――その池のほとりに、奇抜な格好をした人影があった。


「…………………」


 反応に困り、シオンは無言になる。

 池の畔にはひときわ大きな岩があり、問題の人影はその上に座していた。


 撫肩の体つきから、どうやら女性らしいことが分かる。白を基調とした和式の服装。神職が着用する狩衣と呼ばれるもので、頭には烏帽子をかぶっている。姿こそ男性の衣装だが、その横顔は美しい女性のものだ。

 その妙齢の女性の手にあるものは、どうみても釣り竿である。


「………………………………うわぁ」


 恥ずかしい人が居た。


「あーっ! ずるい!」


 その姿を見るなり、ミラが大きな声で騒ぎ始める。


「ねえねえ! あの人、釣りしてる! ねえシオンったら! 釣りだよ釣り!」

「……ちょっと黙ってくれませんかね、相棒」


 まさかミラの妄言を実行している人がいるとは思わなかった。

 この立派な庭園で、まさか釣りを行う不届き者がいるとは思いもしなかったので、シオンは反応に困る。ここにいる以上は草上家の関係者なのだろうが、どういう人物なのか。


 シオンの戸惑いをよそに、その女性は釣り竿を垂らしたまま、うつらうつらと船を漕いでいた。心地よい風と日当たりの良い環境で気持ちよくなっているのだろう。ここが私有地の庭園であるということを忘れれば、非常に絵になる光景である。

 そんな景色に溶け込んでいる女性へ、無謀にもミラは話しかけた。


「あの! 釣れますか?」


 釣れますか、じゃねぇ。

 シオンが呆然としている間に、ミラは女性へと近づいてしまっていた。

 慌てるシオンをよそに、狩衣を着た女性はミラに向けて穏やかな笑みを浮かべた。


「ほう。めんこい嬢ちゃんじゃのぉ。見かけぬ顔じゃが、そなた、名はなんというのじゃ?」

「わたし、七塚ミラだよ。お姉さんは?」


 物怖じせず答えるミラに、女性は快活な笑い声を上げる。


「かかっ。お姉さんとな。これは嬉しいのぉ。可愛らしいだけでなく世辞の上手いとは。そういう娘は好きじゃよ。そうじゃな、儂は、八重コトヨという」


 そう名乗った女性は、竿を寝かせると体ごとこちらを向いてきた。

 年齢は二十代後半くらいだろうか。端正な顔立ちは美麗というよりは調和のとれた様子で、華やかではないが慎ましい美しさがある。


「ふむ、して」


 コトヨと名乗った女性は、ゆるりとシオンの方に視線を向ける。



()()()()()()()()()()()()()()()()?」



 ゾわり、と。

 シオンの背筋に寒気が走った。


 問いかけは至極穏やかだった。暇を持て余しながら片手間に尋ねるような、そんな気軽さすらも感じる。しかし、シオンは彼女の言葉に言い知れない恐怖を感じた。


 悟られてはいけない。

 動揺は一瞬。おそらくはうまく隠せたはずだ。八重コトヨは柔和な笑みを浮かべてシオンを見ている。そこに害意を感じない以上、今は場を取り繕うことを優先するべきだ。


 シオンは戸惑いの表情を浮かべて、慎重に言葉を選ぶ。


「シオン、っていいます。その、こいつのバディです」

「なんと、魔法士(ウィザード)じゃったか。通りで精悍な生気をまとっているはずじゃ。そこの嬢ちゃんも、ファントムとしては若輩のようじゃが、なかなか肝が座っておる」


 何が愉快なのかはわからないが、しきりにコトヨは笑い声をあげる。

 コトヨは岩の上に腰掛けるようにして、足をぷらぷらとさせる。その無邪気な姿は、整った外見とアンバランスであるにも関わらず、あまり違和感を与えない自然さがあった。美しさと可愛らしさが同居しているような、不思議な魅力のある女性である。


 無邪気さではこちらも負けない、とでも言うように、ミラが話しかける。


「ねえねえ! その釣り竿どうしたの? なにか釣れた?」

「ああ、これは儂の私物なんじゃ」


 コトヨは脇に置いた釣り竿を拾い上げながら、こともなげに言う。


「一種の習慣のようなものでな。こうして水辺を見ると、ついつい糸を垂らしてしまうのじゃ。餌もないのじゃから、釣れるはずもないがの」

「えー。釣れないんだ。ちぇ」


 唇を尖らせながら不満を漏らすミラに、コトヨはまた笑い声を上げる。


「かかっ。まあそう言うでない。もとより、こうした庭園は鑑賞こそが目的じゃ。何をするでもなく、ただ受動的に自然を感じる事こそ、一番の面白みじゃと思うぞ? のう坊主。そなたもそう思うだろう?」


 いきなり話をふられたシオンは、探るように答える。


「それは確かにそうですが。……あの、失礼ですけど、屋敷の人ですか?」

「む? ああ、これは失礼した」


 微笑みを苦笑に変え、バツの悪そうに頭を掻きながら彼女は言う。


「儂はこの家の者ではないよ。そなたらと同じ、客人の一人じゃ。少し早く着きすぎたのでな、暇つぶしがてら散策しておったのだ」


 明日の懇親会の参加者だろうか? 草上家の親類筋の一部は今日のうちに到着するという話を聞いてはいるが、しかし、招待状にのっていた中に八重という名前はなかったはずだ。

 シオンが疑問に思っていると、コトヨが口を開いた。


「そなたはあれじゃろう? ノキア嬢の交際相手とかいう」

「……まあ、はい。そんな感じです」

「言葉を選ぶのう。そなた、まるで何かに気を使っているようではないか?」


 軽快に笑いながら、彼女は岩の上でヌッと上半身を折って顔を近づける。

 黒い瞳にシオンの姿が映り込む。まるで取り食わんばかりの眼力に、シオンは緊張を覚える。しかし、それさえもコトヨは楽しむように見る。


「なるほど」


 スッと、コトヨは身体を元に戻し、シオンを見下ろす。


「自覚的である分、賢明ではあるな。じゃが、それは臆病とも言えるぞ、坊主」


 コトヨは上体を反らすと、勢いをつけて岩から飛び降りる。狩衣が揺れ、烏帽子が微かにずれる。彼女は烏帽子の位置を調整しながら、ミラへと視線を移す。


「それに対して、嬢ちゃんの方は実に初いのう。まるで透き通るガラスのようじゃ。無垢ゆえに清濁を併せ持つ。そのあり方、非常に儂好みじゃぞ」

「ん、その言い方。なんかえっちだよ」

「おお、これはすまんのう。内側を覗くとつい触れたくなるのでな。それが未熟であれば、なおのことじゃ。なぁに、この身は女ゆえ、気にするでない」

「なんだかよくわからないけれど、コトヨさん、女の子好きなの?」

「面白いことを言うのぉ。かかっ。おなごに限らず、未成熟というのはそれだけで愛でる対象になるものぞ。熟れた果実は完成しきっているが、青き芽には可能性に満ちておるからのぉ。イタズラにもてあそぶだけの面白みがあろうものよ」


 語り終えるとともに、彼女は釣り竿を肩に担ぐと、ひらひらと手を振りながら身を翻した。


「少し語りすぎたの。夕刻に宴を設けると聞いておる。その時にまた会うじゃろう」


 それじゃあ、と――彼女は、ゆらゆらと身体を揺らしながら去って行った。

 その背中が見えなくなるまで、シオンはその場に釘付けになったように佇んでいた。

 最後まで何の害意も見せなかったその背中を、冷や汗を堪えながら食い入るように見つめる。


 ()()()()()


「ん? シオン、どうかしたの? 汗びっしょりだよ」


 小首を傾げながら、ミラが尋ねる。

 その無邪気な様子を見る限り、彼女は何も感じていないらしい。


「ミラ……あの人、人間、だよな?」

「何を言ってるの? あの人、生身だったよ」


 そう――生身の人間だった、はずだ。

 それなのに、どうして近くで言葉をかわすだけで、これほどまでに強制力を覚えてしまうのだろうか。去り際の彼女は、確かに魔力の欠片も感じないようなただの人間のようだったが、シオンを飲み込むかのように見ていたあの瞳には、得体のしれない威圧があった。


 あのあり方は、先の戦争で侵略してきた異界人にすら似ていて――


「いや、そんなはずが無い」


 現在、異界人(アウトフォーマー)が顕界できる手段は限られている。そもそも異界の存在は出現した時点で観測対象になるのだから、このように自由に歩けるはずがない。

 そう納得してしまうと、先程まで感じていた畏怖が幻のように感じられた。実態のない恐怖は風化するのも早い。


 八重コトヨが去っていた方を見ながら、シオンは小さくつぶやいた。


「あの人が魔法士なら、とんでもない実力者だろうな」



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