帰省の車窓から
かくして。
週末の三連休にシオンたちはノキアの実家へと旅立つことになった。
元々その連休を利用して、名家の後継者同士の顔合わせをしよう、と言った会合が行われるのだそうだ。あくまで建前は懇親会であり、その中で後継者同士が親しくなっても良いだろう、という話なのだった。そこにシオンも参加することになっていた。
「なんだよこれ」
電車に乗って向かい合うように座った二人は、今回の催しの招待状を開いていた。
「財界、政界、官界、方々からお偉方が呼ばれてるんじゃないか。全部で十四家も来るとか、お前の家どんだけ広いんだよ」
「大したことないさ。だいたい、全体の人数としては当主と後継者、あと従者が数人くらいなもんだよ。そんなに驚くことじゃない」
事も無げに言う。それが彼女にとって『普通』なのだろう。
招待状には、各界において大きな影響を持つ家同士、親睦を深めるための会合と言った旨が書かれていた。主催には、ノキアの父である草上秀星の名前と、本家である叢雲家の当主・叢雲天樹という名前が連名されている。
彼らを魔法界と財界の代表として、主に魔法に関係性の深い家柄が複数呼ばれている。
その中に、場違いにも自分の名前が記載されているのは、何かの間違いだと思いたい。
「……つーかお前。僕の了解を取る前から、話だけは進めてやがったな」
そうでなければ、招待状に自分の名前が載るわけがない。これほど格式張った催しならば、準備期間が必要なはずだ。招待状には草上ノキアのクラスメイトと紹介されているが、久能シオンの名前を聞けば、勘の良い人間ならば神童と察せられるだろう。
睨むシオンに、「なんのことかな」とすっとぼけるノキア。いい根性をしているものだ。
催し自体は連休の二日目なのだが、シオン達は先立って一日目に到着し、ノキアの父と対面する手はずとなっていた。
ノキアの実家は、テクノ学園から電車を二本乗り継ぎ、バスに揺られて、合計三時間かかる。田舎と言うわけではないが、格式高さを感じる閑静な住宅街にあるお屋敷らしい。
電車に揺られながら、とにかく少しでも正確な情報を得ようと、シオンはノキアやトゥルクから話を引き出そうとしているのだった。
現在、ファントムであるトゥルクとミラは、それぞれ専用のデバイスの中で電子体となっていた。契約者を持つファントムの特権の一つとして、電子ネットワーク上に霊体を投影することが出来る。こうすることによって、依り代である魔法士の魔力的な負担を減らせる。また、公共機関を利用する際、ファントムの運賃が免除されるといった特典もある。
シオンとしては後者の理由で、半ばミラを閉じ込めるようにして自身の個人端末にミラを入れていた。一般デバイスなのでメモリ量は知れたもので、ミラは不自由そうにむくれてる。
「むー。シオン、窮屈だよ」
「我慢しろ。電車代高いんだから」
なにせ片道だけでも半月分の食費が飛ぶのだ。ノキアが出すとは言っているが、それでも二人分まで出してもらおうとは思わない。
それに付き合ってかどうかは知らないが、トゥルクの方もタブレット型のデバイスの中に入り込んでいた。そちらはメモリに余裕が有るのか、かなりゆったりとしている様子である。
その中で、トゥルクは恐縮したように肩を縮めている。
「ご協力感謝します。久能様。お嬢様のわがままを聞いていただき、ありがとうございます」
「もう、トゥルク、それ何度目だよ。礼なんて言い過ぎたら意味ないもんだぞ」
「……草上、それはお前が言うことじゃない」
頭痛を覚えながら、シオンは苦々しく言う。
とはいえ、来てしまったものはしかたがない。前向きに、どう立ち回っていくかを考えていかなければならない。
「一つ、確認しておくけど」
自分の立場を明確にするために、シオンはあえて言った。
「あくまで僕は、お前に交際相手がいる、っていう大義名分のためについていくだけだ。関係を否定したりはしないが、僕の方から積極的に周囲を説得したりはしないからな」
「わかってるさ。そこまでは望まない」
あっさりとノキアは頷いた。
「それに、あまりかばってもらっても嘘っぽくなりそうだしね。シオンくんは黙って横で緊張してくれていたら良いさ。それが一番、説得力があるってもんだよ」
「お前の彼氏、そんな頼りないやつでいいのか? 別にやる気はないけど、仮にもお嬢様と付き合っているんだから、少しぐらい覚悟がある所を見せた方がいいんじゃないか?」
「別に、そこまでする必要がないって思うだけだよ。自分で彼氏を言い訳に使っておいてなんだけど、所詮は学生の恋愛だ。将来性を夢見るほうが馬鹿なんだよ」
どこか冷めた目をしながら、彼女はつぶやくように続ける。
「そう、まだ学生なんだ。状況は変わるし、気持ちは変わる。そんな時に、ずっと先のことまで決めてしまうなんて、本当に馬鹿な話だよ」
ノキアは窓の外に視線を向ける。
「未来なんて勝手に決められてたまるか」
その独白は、どこか寂しげに聞こえた。
シオンもつられて窓の外を見る。郊外の、田んぼとあぜ道で出来た景色が、次々と流れていく。それを眺めていると、胸のうちに空虚感が生まれてくるような気がした。
その虚しさはどこか郷愁に近い。
昔、同じように電車に揺られて遠出を繰り返していた時期があった。
今乗っている指定席の快適なシートなどではなく、一般車両の固定された椅子に、かつての相棒と隣り合うようにして座っていた。神童と呼ばれた小学生の頃、シオンはアヤネとともに各地を渡り歩き、発生した迷宮型の霊子災害や、奇獣型のレイスを祓っていった。
両親からはほとんど放任だったとはいえ、やはり小学生のふたり旅が歓迎されるわけもなく、シオン達は各地で家出少年のようにこそこそと行動していた。
見つかれば補導されるか、大人に食い物にされるだけだ。そんな危険にさらされながら、神童二人は知恵を振り絞った。そうして社会の目をかいくぐり、世界各地の魔法関係の問題に首を突っ込んでは解決していった。
――もう、四年も前の話だ。
当時はそんなことは思わなかったが、今振り返ってみると、なんと純粋で、子供らしかったことだろうか。目の前の出来事に一喜一憂し、目的に向かってひたすら邁進した。自分たちに出来ないことはないと過信し、その思いあがりを叶えるほどの実力を身につけていった。
あの頃。
アヤネの才能に惚れ、彼女の隣にしがみつくようにして駆け抜けた日々。
あの蜜月こそが、自分にとっての故郷のようなものなのかもしれない。
「草上は」
なんとなしに、シオンは尋ねた。
「実家に帰るのは、久しぶりなんだろ?」
「そうでもないよ」
帰ってくる答えは、そっけなかった。
「夏休みには帰らなかったけれど、春まではずっと、実家から出たことなんてなかったんだ。半年そこらで、久しぶりとは思わない」
「そっか。なら、帰りたい、ってわけじゃないんだな」
「もちろんさ。こんな機会じゃなかったら、学園に通う間は、一度も帰るつもりはなかった」
遠くを眺めるノキアの瞳は静かに揺れている。
「ずっと、家を出たかったんだ」
かすかに鼻を鳴らしながら、愚痴をこぼすように言う。
「あんな家、出て行ってやるって何度も思った。だから中学の時も、わざわざ片道一時間かかるような学校を選んだんだ。それなのに寮暮らしを許してもらえなかった。お父様は私をずっと手元に置いておきたかったんだ」
「厳しい家柄、ってことか」
「さあね。親からすれば当たり前なのかもしれないけど、私にとっては窮屈で仕方なかった」
ノキアの瞳は景色を映しながらも、どこか遠くに思いを馳せているようだった。実家への思いを語りながら、彼女は一体何を見ているのか。
「確かにうちは裕福なんだろう。与えられなかったものはなかったと思う。けれど、望んだものが与えられたわけじゃない。何かを与えられるたびに私は不自由を覚えたよ。大事にされればされるほど、そう生きなければならないと思わされたんだ」
「だから、家を出たかった。か」
ノキアの言葉を代弁するように、シオンはつぶやく。
――ふと、薄暗い部屋を思い出した。
そこで終日、少年は一人遊びを繰り返していた。彼は自ら不自由を選んでいた。雁字搦めの鎖が壊されたのは、外からやってきた存在に寄ってだ。
現状を脱出したいと思いながら、その手段がわからない。
動けない。動き方がわからない。現状を打破しなければと思いながら、それでも日常を過ごしてしまう。打破しようとしても大きな力に阻まれる。
シオンにとってノキアが抱いているその感情は、慣れ親しんだものだった。
「よく、高校では一人暮らしを許してもらえたな」
ずっと疑問だったことを尋ねるが、返ってきたのは自嘲気味な答えだった。
「魔法学府に通うのは前提だったからね。ただ、実家から一番近いマリナ院は宗教色が強すぎるし、かといって全寮制のアニマ園や陰陽専科だと遠すぎる。それなら都心のテクノ学園が、うちの会社の方針にも近いし、一番いいってことになったんだ」
「なるほどね。――都会で言うなら、関西のオリエントも候補に上がりそうなもんだが、それを除いたのは意図的か?」
「まあね。誰があんなエリート揃いのところに望んで行くもんか」
微かに苦笑を漏らして、そのあと、表情に影を落とした。
「でも、私としては狙い通りのつもりだったんだけど、やっぱり自由なんかなかったよ」
「……それは、トゥルクさんのことか?」
シオンの言葉に、デバイスの中で話を聞いていたトゥルクがビクリと肩をすくめる。
怯えたトゥルクに気づいていないのか、ノキアは肩をすくめながら言う。
「それだけじゃないさ。そもそも、こうして呼び出されて、おとなしく帰省している辺りからして、実家から逃れられていない。あがいたつもりなんだけどね。結局、ダメだった」
ダメだったよ、と。もう一度、彼女は言った。
諦観のこもった、穏やかな言葉だった。
話を変えるように、今度はノキアの方から話を振ってきた。
「シオンくんは、一人暮らし、長いんだろう?」
「四年、かな。事故のあと退院してからだから、だいたいそれくらいだろう」
「長いねえ、ほんとに。噂だと、神童時代はずっと、相方と一緒に生活していたんだろう? そういう君は、実家に帰ったりとかするのかい?」
「実家……か」
答えに窮したのは、ためらったからではなく、どう言うべきか分からなかったからだ。
実家と呼べるものを、とっさに思い浮かべられなかった。
迷った挙句、正直に告白することにした。
「両親とはもうしばらく会ってない。幼いころに住んでた家も今はないし、そういう意味では、実家っていう感覚が僕にはよくわからない」
「複雑そうだね。あまり、聞かない方がいいかい?」
「いや。そういうわけじゃない。ただ、語れることがないだけだ」
大したことじゃない。
ただ、子供が神童などと持て囃された結果、鷹を産んだ鳶は、身の程を履き違えただけなのだ。神童が壊れた時、その幻影は見事に砕け散った。もとより放任主義のきらいが強かった家庭は、今では自己責任の名のもとに、それぞれの生活を送っていることだろう。
「そう、だな」
薄暗くも、暖かかった二人の部屋を思い返しながら、シオンはつぶやいた。
「あえて言うなら、アヤと暮らしていた部屋は今でもたまに思い出すかな。もうあんな無茶は出来ないけれど、あの毎日は幸せだった」
「……神童の片割れか」
ちらりと意味深な視線をシオンに向けて、ノキアは言う。
「アヤネ・フィジィだったよね。物理法則方面の魔法に特化した神童。確か、久我家の娘だったと思うんだけど、あそこも大きな家だよね」
「あいつの父方の家系が政治家なんだよ。当時は深く考えなかったけれど、娘にわがまま放題させられるくらいの力はあるってことなんだろう。そもそも、僕達の論文なんかがまともな評価を受けたのは、久我家の力が大きい」
どんなに才能や実力があったところで、それが正当に評価されるような場に出なければ意味を成さない。そういった意味で、シオンとアヤネの二人は機会に恵まれた。
それが幸せだったかどうかはともかくとして。
「一つ聞きたいんだけれど。君とアヤネさんは、長いこと一緒に暮らしてたんだよね」
目も合わせないまま、ノキアが改まったように言った。
「長いって言っても、三年くらいだ」
「子供の三年は十分長いさ。兄弟姉妹でもない相手と三年間も一緒に過ごしていたんだ。特別な情が湧かないわけがない」
「……何が言いたいんだよ」
「すまない。あんまり人の関係に首を突っ込むのはどうかと思うけれど、まあ、これからのことにも影響するから、はっきり聞くよ」
窓に映る自分の姿を見ながら、ノキアはシオンに問うた。
「君とアヤネさん、もしかして付き合ってたりするのかい?」
「心配するな。アヤとはもう、そういう関係じゃない」
回答までの時間は、早くもなく、かと言って遅くもなかった。
ことなげもなく、シオンは答えた。
ちらり、と。ノキアは訝しげな目を向ける。猜疑心のこもった瞳は、しかし確信を得られずに戸惑っているようにみえる。
疑いがあるからこそ問いを投げたのだが、それに対するシオンの反応は、自然そのものだ。
ノキアはどこかホッとしたような、それでいて納得しかねるといった、不機嫌が入り混じった表情を浮かべた。
「なら、アヤネさんに気兼ねする必要はないんだね」
あえて、口頭で確認を取る。
「その前にまず、僕に気兼ねして欲しいもんだけどな」
シオンとしては真面目に言ったつもりだったのだが、帰ってきたのは苦笑だけだった。




