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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第二部 言霊の幸わう国
39/68

アヤネの忠告


 右腕のコルセットは、週末を前にして無事にとれた。

 そこには、培養細胞を移植したことにより生身とほとんど変わらない右腕がある。魔力の通りが悪いことを除けば、日常生活においては全く問題がない。しばらくリハビリは必要だが、毎日のように行われていた移植と調整から開放されると思うと気が楽になる。


「だが、あまり無茶をしてくれるなよ。君の右腕はもう生身ではないんだから」


 主治医の狩野医師は、スポーツマンのような晴れやかな笑顔で怖いことを告知する。


「今の時点でも、君に対する擬似生体の癒着率はかなり悪くなっている。確かに私は、少しくらいやんちゃしてもいいとは言ったが、それにも限度がある。この前のはやり過ぎだ」


 インターハイ決勝でのカニングフォーク使用のことだろう。擬似生体を破壊して細胞を焼き付かせた自然魔法は、後のことを考えない捨て身の行動だった。


「やはり、先生としても、カニングフォークの使用は禁止でしょうか」

「そうだね。はっきりと禁止と言った方がいいだろう。だが、中立の立場で言うと、あくまで『使い方』の問題でしかない。半ば暴走するように使えば、そりゃあ身体は耐えられないけれど、きちんと制御できるような修行は行なうに越したことはないだろう」


 カニングフォークとは、世界そのものに満ちた魔力に接続して現実を改変する手法である。

 自然に満ちた魔力は純粋なエネルギーであるが故に、燃料にもなれば毒にもなる。それを扱えるチャンネルを開いたからには、扱うための技術は必要だろう。

 なんにしても、と。狩野医師はシオンの右腕を叩きながら言った。


「次にマナを使って同じように右腕が全損する怪我をしたら、元通りになる確約できないよ。そのことは重々承知しておいてほしい」


 その忠告をシオンは神妙な顔で聞くのだった。

 主治医による診察を終えたシオンは、いつもの通り、病院の最上階に向かう。そこには、かつての相棒が一室を貸し切って半ば住まうように入院している。


 久我アヤネ。

 かつて、アヤネ・フィジィと呼ばれた、神童の片割れである。


 四年前。カニングフォークの暴走による事故で、二人の神童は再起不能の怪我を負うことになった。シオンは身体の四割が生身でなくなったが、同じように事故に巻き込まれた相棒は、下半身に一生ものの障害を負っている。


 扉の前に経つと、シオンは深呼吸をする。

 もう四年も通っているのに、この扉を開けるときはいつも軽い緊張を覚える。胸に抱くのは、負い目と後悔――そして自罰。


 それらを意識しながら、シオンはノックをした。


「アヤ。入るぞ」

 声をかけるとともに室内に入る。



「だからうるさいと言っている!」



 ノータイムで罵声が飛んできた。


 何事か、とシオンは目を白黒させる。自分が罵倒されているのかと思ったが、違うようだ。

 病室のベッドには、上半身を起こした久我アヤネの姿があった。彼女は肩を怒らせ、全身で噛みつかんばかりに、目の前に立っている存在に罵声を浴びせる。


「ファントムの分際で私に口答えするんじゃない! 金輪際、その話題を口にするな!」

「だが、しかし。君なぁ」


 罵声を浴びせられている当人は、困ったように肩をすくめている。

 中華風の服を着た、拳法家然とした偉丈夫だった。アヤネの契約ファントムであり、介添人としての役割も兼ねている。

 名を飛燕(フェイエン)と言う。

 彼は興奮しているアヤネをなだめるように言う。


「別に、断っても良いとお母上もおっしゃっているのだぞ。強制するわけではないのだから、せめてはっきりと答えを出すくらいはした方が良いだろう」

「うるさいと言っている! いいから、その屁理屈を並べる口を閉じなさい!」

「はぁ。相分かった。ほかならぬ主人の命だ。ここは引こう。――だがな、先延ばしに出来る問題ではないのは確かだぞ。拒否なら拒否で、早めに答えを出すことだ」

「だから、黙りなさいって、言ってるでしょうが、この唐変木!」


 怒髪天を突くとはこのことで、怒り狂ったアヤネは、手元のデバイスに手を伸ばした。

 アヤネの全身から魔力がほとばしる。

 瞬間、部屋全体に黒い稲妻が走った。

 制御の効かない黒い雷は、局地的な嵐のように、無作為な破壊を病室にもたらした。八つ当たりのような魔法行使は、部屋全体を吹き飛ばさんばかりの威力である。


 それを前に、第三者であるシオンは、見事に逃げ遅れた。

 まずい、と身構えるが、彼に雷撃が直撃することはなかった。


「呵ッ!」


 アヤネのヒステリーをいち早く察した飛燕は、目にも留まらぬ動作でシオンの前に現れた。彼はあろうことか、黒い稲妻を気合とともに素手で叩き落としたのだ。

 拳に弾かれた雷撃が周囲に四散する。

 雷嵐の猛威が過ぎ去った病室は、全焼したように黒焦げだった。アヤネが行った魔法の破壊力を、まざまざと見せつけている。

 呆れたように、飛燕はアヤネを見ながら言う。


「まったく。不機嫌は今に始まったことではないが、実力行使に出るとは、君らしくないぞ。アヤネ」


 当の彼女は、ベッドの上で身体を折り曲げ、痛みに悶絶していた。

 雷に巻き込まれたのではなく、それは彼女自身の魔法行使の影響だった。アヤネは四年前の事故以来、魔力の運用において痛覚を刺激される障害を負っていた。

 痛みに悶絶しながら、アヤネは憎々しげな瞳を飛燕に向ける。

 その姿に「やれやれ」と飛燕は肩をすくめる。


「少し頭を冷やすとしよう。外にいるから、機嫌が直ったら呼んでくれ」


 そう言うと、彼は霊体化して姿を消した。

 後には、涙を浮かべて痛みに呻くアヤネと、困った顔で立ち尽くすシオンが残された。

 ジロリ、とアヤネの刺すような視線がシオンを貫く。


「……何よ。あんたも、とっとと帰りなさいよ」

「と、言われてもな」


 こんな修羅場に巻き込まれて、何事もなかったかのように帰れるほどおおらかではない。


「一体何があったんだよ」

「アンタには関係ない」


 にべもなく、アヤネは突っぱねる。

 しかし、長い付き合いだ。だいたい、どういうことかは察することが出来た。


「家の方で、なんかあったのか?」

「……母さんに、何も聞いてないの?」


 どうやら当たりのようだ。

 アヤネの反応を見て、シオンは正直に白状する。


「いや、叔母さんからは何も聞いてない。ただ、そうじゃないかって思っただけ」

「……そ」


 興味なさげにそうぼやいた後、彼女はそっぽを向く。

 いつものように窓の外に視線を向けたアヤネの姿に、会話はこれで終わりだという意思表示を感じたので、シオンも諦めて踵を返した。

 だが、部屋を出る直前。


「ねえ。アンタ」


 意外なことに、アヤネの方から話しかけてきた。

 驚いて振り向くと、そっぽを向いたままの姿勢で、彼女は思わぬ名前を出してきた。


「アンタのクラスに、草上って女、いるでしょ」

「……いるけど。なんで、アヤがアイツの事知ってるんだ?」

「別に。風のうわさで聞いただけ。……何? 『アイツ』だなんて親しげじゃない」


 そう不機嫌そうに毒づいた後、彼女は忠告するように言った。


「悪いこと言わないから、関わらない方がいいわよ。その草上って女がどんな奴か知らないけれど、そいつ、厄介なものに目をつけられてるから」

「なんだよ。明日は雪でも降るのか」


 忠告の内容よりも、アヤネの口からそう言った言葉が発されたことに驚く。

 当の本人は、最後まで顔をこちらに向けようともせずに、吐き捨てるように言い捨てた。


「別に。どいつもこいつも、家の問題ばっかりで苛立ってるだけ」


 ただの八つ当たりよ、と。幾分落ち着いた声で、つまらなそうに言うのだった。


 ※ ※ ※


 病室を出ると、武の神霊が扉を守るように腕を組んで立っていた。

 いつもの定位置に収まっている飛燕は、シオンの姿を見てそっと嘆息する。


「まったく。よくよく君も、間が悪い時に来るものだな」

「それは痛感してるよ」


 共通の頭痛の種を前に、苦笑をとともに二人して肩をすくめた。


「それで、何があったんだ? いくらアヤの気性が荒いって言っても、あそこまでヒステリックなのは珍しいだろ」

「そうか? 案外、私と一緒にいる時はあんなものだぞ? 当たりがきついように見えて、君に対しては加減をしようと努力しているらしいからな、彼女は」


 くつくつ、と笑いをこらえながら、飛燕はわざとらしく質問を受け流してくる。

 その笑い方が癇に障り、シオンはムッとした表情を浮かべる。それを見て、飛燕はフォローを入れるように言った。


「いや。今のは私が悪かった。ついついからかいたくなってな。性分だ、許せ」

「別に謝らなくてもいいけど、そこまで言わないってことは、よっぽど秘密なのか?」

「いいや。単にきまりが悪いというだけの話だ。特に君に対してはな」


 飛燕は組んでいた腕を解くと、両手をあげて皮肉げに言う。


「そら、十一月にアヤネは誕生日を迎えるだろう? アレは、今年十六になるらしい」

「……なんだか、最近どこかで聞いたような話だ」

「ふむ。どうやら話が早そうだな。つまりは、そういうことだ」


 二人して、閉じられた病室の扉を見る。

 病室の中で一人、窓の外を眺めているアヤネの後ろ姿を想像する。湧き上がる複雑な感情を整理しながら、シオンは端的に尋ねた。


「それ、具体的な話が持ち上がっているのか?」

「狙っている家系が幾つかあるらしいと、お母上はおっしゃっていた。彼女は、肉体こそほぼ再起不能だが、その才覚まで失われたわけではないからな」


 久我家はシオンの母方の親戚であるが、政界では名の知れた名家である。その上、一人娘は神童とまで呼ばれているのだから、注目を集めるのも当然だろう。

 もっとも、あの叔母が娘を道具のように使うことをやすやすと認めるとは思えない。だからこれは、単にアヤネ自身が気に食わないから荒れているのだろう。

 納得したので、長居はせずに早めにその場から立ち去る。


「ほんと、似たような話だな」


 関わらない方がいい。

 その忠告はありがたいが、できればあと数日早くして欲しかったものである。



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