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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第二部 言霊の幸わう国
38/68

既成事実大作戦



 カフェテリアの一角。シオン達の元にやってきたノキアはひとまず席についてひと心地ついた。つとめて平静を繕おうとしている彼女だったが、やはりどこかいらだちが見える。

 偽の恋人になってくれ、と言ったノキアに対して、とにかく詳しく事情を聞いたところ、彼女はいきなりこう聞いてきた。


「シオンくん、私の誕生日を知ってるかい?」

「は? いや、知らないけど」

「なんだい。友達の誕生日を知らないだなんて、失礼じゃないか」

「じゃあ、そういうお前は僕の誕生日を知ってるのかよ」

「十二月七日だろう?」


 なんで知っているんだ。

 顔をひきつらせたシオンに対して、得意顔を浮かべるノキア。

 おかしい。別に教えあったことがあるわけじゃないのに、なぜ知っているのが当たり前と言った反応をされなければいけないのか。

 やれやれと肩をすくめたノキアは、押し付けがましい様子で教えてくれる。


「仕方ないな。そんな薄情者のシオンくんに教えてあげるけれど、私の誕生日は八月二十五日なんだ。――つい先月、夏休みの間に私は誕生日を迎えた」

「……ああ。そりゃあ、おめでとう」


 礼儀と言うわけではないが、反射的に祝いの言葉を述べるが、いまいち意図が掴めず困惑する。まさか、過ぎてしまった誕生日のプレゼントでもねだっているわけでもあるまい。

 シオンのそんな疑問に対して、当のノキアは真面目な表情で続ける。


「私は、先月の誕生日で十六歳になった。この意味がわかるかい?」


 含みのある言い方をしているくらいだから、何かあるのだろうが、イマイチぴんとこない。

 その時、いの一番に気づいたのはミラだった。


「あ! 分かった! ノキちゃん、結婚できるようになったんだ!」

「そう。ミラちゃん、正解」


 えらいえらい、とノキアはミラの頭を撫でる。褒められて嬉しいのか、くすぐったそうに目を細めて、ミラは満面の笑みを浮かべていた。

 結婚――この国の現在の法律では、女子は十六の歳から婚姻が許される。知識としては知っているが、学生の身としてはあまりにも実感の湧かない概念である。

 ずっと固まっていたトゥルクが、おずおずとノキアに対して言う。


「あの……お嬢様。それはもしかして、以前旦那様がおっしゃっていた」

「そういうこと。……別に、トゥルクに隠し事をしていたわけじゃない。まあ、その……確かに、一人でカッとなってトゥルクを避けてたのは間違いないんだけど」


 ノキアはバツの悪そうに頭を掻きながら、苦々しそうに続けた。


「どうも私に、お見合いの話が来ているらしい。それも、複数だ」


 お見合い、縁談――つまりは、結婚のための準備である。

 シオンはそこでようやく、明星タイガからの言付けを思い出す。『そのつもりはない』と言っていたが、つまり、明星家の周りにもそんな話が上がっているのだろう。


「なるほど。そういやお前、お嬢様だったな」


 普段の態度が態度なので忘れがちだが、彼女は良家の令嬢なのだ。

 要するに、この現代において、政略結婚の現場を目撃しようとしているらしい。


「お父様は始め、私がテクノ学園に通う間は、家のことには関わらないで良いと言っていたのだけれどね。どうも、周りが放って置かなかったらしい。私は一人娘だし、実家の会社はここ数年で更に事業を拡大させている。注目株といったところなんだろうね」

「はぁん。つくづくドラマじみてるな。そんなに話が進んでるのか?」

「今度の連休、早速、何人かの男と顔合わせさ」


 なんとも性急な話である。

 ここまで聞けば、ノキアの言わんとすることは理解できる。これまたお約束と言った所だ。

 だからこそ、シオンはあえて、普段浮かべないような純粋な笑みを浮かべた。


「草上。お前の言いたいことはだいたい分かった」

「……言葉のわりに、なんだい、その気持ち悪い笑顔は」


 ノキアの失礼な言葉は、最後だからこそ笑顔で聞き流し、シオンは一息に言い切る。


「まあ頑張れ。良い相手だといいな。応援してるぞ。式には呼んでくれ。友人代表として、てんとう虫のサンバくらいなら歌ってやる。だから頑張れ。じゃあな」


 わざとらしい貼り付けたような笑顔を浮かべて、自然な動作で席を立った。

 ガシッ。

 強引に袖を引っ張られた。

「……逃さないよ、シオンくん」


 ヒシッ。

 追いすがるように腕を取られた。

「行かないでください、久能様」


 ギュッ。

 覆いかぶさるように、首に腕を回された。

「話のとちゅーだよ、シオン」


 右袖をノキアに、左腕をトゥルクに、そして首には半分霊体化したミラがひっつき、見事にホールドされたシオンは、逃げるのに失敗した。


 見方を変えれば女性三人に抱きつかれている羨ましい情景であるが、傍から見ればただの修羅場である。こういった場面で男が正義であることはまずなく、女を三人も泣かせているクズとしか周りは受け取らない。案の定、ざわざわと辺りが好き勝手に騒ぎ始める。あらあら、久能さんちのシオンくんが、三股かけたんですって、いやだわぁ。別にそんなことは言われていないのだが、近いことは噂されていてもおかしくない。


 シオンはせめてもの抵抗として、当事者ではない二人の説得を試みる。


「……トゥルクさん、僕にどうしろと」

「お嬢様の頼みを聞いて頂きたいのです。お願いします。助けてください」


 当人以上に必死な表情は、凛々しい顔立ちだからこそ悲壮感が浮き彫りになっている。


「ミラ。お前は僕の味方じゃないのか」

「んー? 味方だけど、ノキちゃんの敵でもないんだよ?」


 ニヤニヤと笑いながら、全てをわかった上でミラは状況を楽しんでいるようだ。

 味方は居ない。

 無駄とはわかっていたが、最後の抵抗でノキアに対してすっとぼけてみる。


「ははは。なんだよ草上。祝福して欲しいわけじゃないのか? 結婚だなんてこの幸せ者め」

「ははは、面白いこと言うんだね、シオンくんは」


 対するノキアも、引きつった笑みで続ける。


「うん、そうだね。あまりにも幸せだから、少しおすそ分けしようかなって思ったのさ。もちろん受け取ってくれるよね?」

「お断りだ。そんな大層なもんは、未来の旦那様に取っておけ」

「じゃあその前に、彼氏に与えてあげるよ。ダーリン」

「だれが彼氏だ。ただの友人Aには重すぎるんだよ、そのおすそ分け」


 ギリギリと、互いに引きつった笑顔を浮かべたまま、言い合いを続ける。

 平行線に続くその応酬も次第に勢いがなくなり、二人は疲れたように肩で息をし始める。


「ああ、もう! こうならやけだよ!」


 一瞬生まれた無言のあと、ノキアは思い切ったように、ぎゅっと身体をシオンに近づけた。腕をからみつけ、寄り添うようにする。


「な、おい、草上」


 急に距離が近くなり、さすがのシオンもどぎまぎする。腕に、程よい弾力を感じて緊張する。見ると、当人も自分の大胆な行動に頬を赤らめている。

 ノキアは赤くなった表情を隠すように少し目線を下げ、シオンの胸に向かって言う。


「振りでいいんだ」


 絞りだすような声は、普段の彼女からは想像もつかないほどか細い。


「ちょっとだけ、私の親類の前で、恋人として紹介されてくれないか?」

「……いや、ちょっとにしては、随分注文が重くないか?」


 あと近い。

 あえて押し付けているのであろう膨らみが、意識からはなれない。異性への関心が薄いシオンですら、クラスメイトに対して異性を感じて落ち着かない。同年代女子の柔肌と体温を感じて思考が整理できなくなる。


「だ、だいたいなぁ」


 それを悟られないように、苦し紛れに言い逃れをする。


「家同士のお見合いみたいな規模の話に、好きあった彼氏が居ますなんて言って、許されるわけ無いだろ。政略結婚なんだから、恋愛感情なんかが優先されるもんか」

「そんなことない。お見合いだなんて旧態然とした話ではあるが、あくまで双方とも、現代らしい『恋愛結婚』を望んでいる。お見合いはそのきっかけ作りなだけだ」

「だったらなおさら、どこの馬の骨とも知らない奴と恋愛してたら許されないだろ」

「お父様は『どうせ彼氏もいないんだし、いいだろう?』なんて言いやがった」

「実際居ないだろうが」

「だから作るんだよ!」


 むちゃくちゃなことを言う。

 要するにノキアは、一つの抵抗として大義名分が欲しいらしい。見合いはするが、その見合い相手とは恋愛する気はありません、だから縁談までは待ってくださいね、と。

 事情がわかっても、たやすく容認するには大事すぎる。


「そもそも、なんで僕なんだよ」


 もっともな疑問を口にするが、この問いには大した意味は無い。なぜなら、理由なんていくらでも作れるだろうし、そもそも偽の恋人に大した理由などいらないからだ。

 実際、ノキアの答えはこれ以上ないくらいに明快だった。


「私の友人の中で、一番納得できるからだよ」


 その言葉を言う時だけ、ノキアは顔を上げてまっすぐにシオンを見た。


「元神童と呼ばれたクラスメイト。学業成績も筆記はトップクラス。性格も真面目で、遊んでいるようではない。確かに外見は不健康そうだけれども、それはストイックの裏返しだとは思われるはずだ。もし君みたいな男が付き合うなら、それは真剣だ。だから君を選んだ」

「……それは褒めてるのか。それともけなしてるのか」

「褒めてるさ。べた褒めだよ」


 調子が戻ってきたのか、彼女は自信満々な表情で続ける。


「なにせ、この私が、恋人として家族に紹介してもよいと言っているのだからな」


 不覚にも、そのノキアの表情は非常に魅力的に見えた。

 放課後、人の集まるカフェテリアの一角で女性三人に絡みつかれる少年が一人。遠巻きに眺める視線は多くなる一方だ。いずれは、同じクラスの者にも目撃される可能性がある。

 ノキアは更にぎゅっと身体を近づけてくる。もはや捨て身である。ここで断ったところで、もはや既成事実らしいものは出来てしまったようなものだ。


「……おおごとだよ」


 シオンが諦めるまでそう時間はかからなかった。



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