明星タイガと千頭和ナギニ
死した身体を引きずりながら、ナギニはなんとか体裁を保つ。
「かかか」と彼女は乾いた笑い声を上げた。
胸にあいた空洞には、生命活動を行うために重要な器官が失われている。正に、死んだ状態で無理やり行動している状態である。
「やあ、まいった」
ナギニはそれでも無理やり笑う。
いかに不死のパッシブスキルを持っていても、霊子体が限界だ。生身の時ならばともかく、霊子体である現在はルールとして崩壊を間逃れない。
「まあ、なんだ」
死にかけの身体で、力の入らない肺に精一杯空気を込めて、ナギニはタイガに言う。
「負けは阻止したんだ。許せ」
「ああ。よく働いてくれた」
ナギニの健闘に、素直にタイガは礼を言う。
「先に休んでろ。試合を終わらせて、すぐに労ってやる」
「かか、そーかい。労ってくれるのか。そんじゃま、新刊でも、ねだってみようかね」
ナギニは慈愛を感じる笑みを浮かべ、立ったままその霊子体を崩壊させた。
あとに残ったタイガは、静かにその様子を見つめていた。
※ ※ ※
――彼女と出会ったのは、中学二年の時だった。
当時のタイガは、年齢にしては優秀だったが、それでも神童に比べるとはるかに型落ちする、平凡な魔法士だった。その頃には二人の神童の名前は聞かなくなってきていたが、息子に過大な期待を寄せる両親は、タイガの遅々として進まない成長に苛立ちを覚えていた。
名家だった明星家の後継者が神童で無かったことが認められなかったのだろう。
タイガは中学二年のはじめに、カニングフォークの修行をさせられた。
それは修行というには、あまりにも危険なものだった。
自然に満ちた魔力を取り込み、自身の中にある魔力炉を活性化させるという修行。名のある霊地に行き、龍脈から魔力を汲み取るというのだ。龍脈を流れるマナは、少量ですら人体にとっては危険であるのに、それを大量に取り込めというのだ。
無論、失敗した。
左目がはじけ飛びながらも、タイガは必死で、荒れ狂う大地の魔力を制御しようと試みた。中途半端に刺激した龍脈は暴走し、天変地異に等しい災害を起こしかけた。
制御を失った龍脈は、やがて霊子災害として竜の形を取った。
その竜の中に取り込まれたタイガは、抵抗も殆どできずになすがままだった。
もはや自分の命どころの話ではない。その土地が地図からなくなってしまう規模の災害を前に、タイガは全てを諦めた。
その時だった。
後に千頭和ナギニとなる霊体の女性と出会ったのは。
「あちゃぁ、こりゃ、随分派手に暴れさせたなぁ」
その時の彼女は、ただの地縛霊だった。
龍脈の暴走によって一時的に存在力を得ただけの、吹けば飛ぶような低級地縛霊。霊子災害となった竜の中で出会った彼女は、絶望に全てを諦めてしまったタイガに対して、手を伸ばしたのだった。
「そんなつらそうな顔すんなよ。アタシまで辛くなるだろ」
「この状況で、苦しむなって方が難しい」
「そーか? アタシは正直どうでもいいけどな。どうせ死んでるし」
事も無げに言う彼女は、半透明な身体をひらひらと振ってみせる。
その脳天気な言い方が癇に障ったタイガは、売り言葉に買い言葉で噛み付く。
「地縛霊のくせに未練がないなんて嘘つくな。女々しく現世に残ってるくせに」
虚を突かれたのか、地縛霊は目を丸くする。
そして、切なげに目を伏せて乾いた笑い声を上げた。
「はは。そーだな。未練タラタラだったよ、アタシは」
外では、悪竜が暴虐の限りを尽くしている。九頭竜伝承の伝わるこの土地では、竜の霊子災害はそれだけで圧倒的な力を持っている。これを調伏できる魔法士はそう居ないだろう。
内側にいる二人なら、ともかく。
「なー。少年」
「なんだよ、アバズレ」
「ちょ、クソガキのくせに、なんつー汚い言葉知ってるんだよ」
ケラケラと何でもない風に笑いながら、地縛霊は言った。
「この状況、何とかしたい?」
「……何とか出来るんなら、とうの昔にやってる」
「だったらさ。アタシと一緒に、何とかしようぜ」
そう言って、彼女はタイガに手を伸ばしてくる。
「アタシは生前、魔法使いだったんだ。ま、才能もなくて、知識だけご立派な三流だったけどね。だからまあ、最終的には人身御供になってこのザマ何だが――まあ、なんだ。そんな三流でも、この状況の鎮め方くらいなら分かる。二人共ただではすまないだろうけれど、生きて戻ることは可能だ」
だから、もし生きて戻ることができたら、と。
彼女はどこか恥ずかしそうに、自身の要求を告げた。
「アタシに、いっぱい本を読ませてくれよ」
そうして、二人は契約を果たした。
彼女たちが行なった方法は、暴れている竜の力と一体化し、そのまま自分たちの身体に取り込むという方法だった。地縛霊は千頭和ナギニとなって竜のファントムとして発生する。明星タイガは、自身の身体の機能を代償として巨大な魔力発生炉を身に宿す。
生き残りはしたものの、その後の二年間はとにかく制御の日々だった。
ナギニは『竜』の因子を暴走させないように複数の因子に分けて調整し、タイガは自身の身体を安定させるために、膨大な魔力を扱う修行を毎日行う。少しでも制御を誤れば身体が傷つく、毎日が死と隣り合わせの日々だったが、互いに支えあいながら乗り越えた。
家を出たのは事故の直後の事だった。
家族は引き止めたが、タイガは絶縁を言い渡し、姿を消した。運よく後継人を見つけられるまでは苦労したが、ナギニと二人ならなんでも出来た。
そして、魔法学府に入学し、今、実家に向けて復讐を行なっている。
明星タイガは、お前らとは無関係で実力をつけたのだと。
そう、言い張るために――
※ ※ ※
そして――タイガは静かに試合の趨勢を見守る。
アナウンスによると、残る参加者は四組になったらしい。あと一人脱落すれば試合は終わる。どこかの決着がまだついていないのか、と思った。
身体で疼く魔力を強く抑える。
最後の一瞬、七塚ミラを迎撃しようとして思わず魔力の制御を手放してしまったので、魔力が暴れまわっているのだ。
少しでも気を抜けば、自身の体を食い破ってくる竜の魔力が、彼の身体を駆け巡っている。
なんとかそれを制御した彼は、どうするべきかと思案する。
まだ余裕はあるので、自分から他の三組を倒しに行ってもいい。今ならば、どんなファントムが相手であろうと倒せる自信がある。どんなファントムでもナギニほどの実力はまずないのだ。最強のファントムのそばにいるからこそ、他のファントムに遅れを取ることはない。
タイガは電磁波の魔法を使って周囲を探知する。
そして、すぐそばに、生きた存在が居ることを感知した。
「……まさか」
ありえない、とタイガは頭を振る。
あの傷で、まだ生きているなんてありえない。もう治癒する術など彼にはないはずだ。
ゆらり、と。
タイガの視線の先で、一つの人影が動いた。
その身体は、ボロボロどころか一部が異形の者に変質していた。
右肩からはしなびた炎の翼が噴出しており、左足と右手にはいびつな鉤爪が付いている。左胸には決して小さくない穴が空き、全身は血まみれである。まるで無理やり合成されたキメラのような姿で、かつて神童だった少年は立っていた。
「シオン・コンセプト……」
呆然と、タイガはその名を呼ぶ。
それに対して彼は、息も絶え絶えな様子で言い返した。
「久能、だよ。明星」
ここに、最後の決戦の火蓋が切って落とされた。
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次回、最後の戦い。
挑戦者は神童に挑みます。




