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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第一部 まだ青き出藍の鏡
32/68

伝説に挑む挑戦者


 シオンの身体は、明らかに先ほど負った傷よりもひどい状態だった。


 流血による死こそ間逃れているが、彼の身体はあと数分も持たないだろう。

 キャパシティをはるかにオーバーした巨大な力を身に受けたために、身体のあちこちが負荷に耐え切れず崩壊している。瀕死だった状態が重体に変わっただけの話である。


「が、は。ったく、ミラの、やつ。無茶をする」


 毒づきながら、シオンは背中に生えた炎の翼を無理やり引きちぎった。とんでもない痛みが襲ってくるが構わない。このまま翼を付けたままだったら、その炎で焼かれてしまう。


 ――七塚ミラは、ナギニにとどめを刺される寸前で一つの賭けに出た。


 そのまま反撃をしたところで、自分の攻撃が届くことはないだろうと彼女は確信していた。歯がゆいが、ファントムとしての性能が違いすぎる。背後から胸を貫かれた時点で、ミラはナギニに敗北しているのだ。


 それでも、彼女は最後まで勝利を諦めなかった。

 勝利に取り憑かれ、敗北を恐れたと言ってもいい。


 最後に彼女が使ったのは、『反射同調(ミラーシンクロ)』。


 ガルダの姿を模倣した状況でその力をシオンに与えたら、十中八九無事では済まないのはわかっていた。キャパシティオーバーのステータスを移したら弾け飛ぶというのは繰り返し確認したことだ。

 しかし――仮に死にかけのファントムのステータスならば、多少は耐えられるのではないか?

 もしかしたら、出血多量で死にかけの状態よりは、僅かな時間であっても長く生存できるのではないかと、彼女は考えた。


 そして、七塚ミラは、その賭けに勝った。

 シオンは今、半死半生でありながらも明星タイガの前に立っている。


「ふざけ、やがって。まったく、よ」


 血反吐を吐きながら、シオンは毒づく。

 まったく、どいつもこいつも、自分勝手にしやがって。

 シオンにはかつて程の力はないというのに、それでも誰もが、シオンに神童の頃と同じ賞賛を送る。お前はすごい、普通とは違う、と。憧れと羨望の眼差しを向け、シオンに分不相応な評価を押し付けている。


 癇に障る。

 いつでも、まるでヒーローを見るような眼差しで見てくる『彼女』の目に苦痛を覚える。


 そんな彼女は、最後にシオンに託してきたのだ。

 本当は自分の手で勝利を得たかっただろうに、それが出来ない無念を抱えながら、今まさに退場しようとする間際で、彼女はシオンに託した。


 ――お願い、勝って!


 そこまでして勝利にこだわる彼女を、どうしてこばめようか。


「は、ぁ。はぁ、はぁ」


 よろけながら立つシオンに、タイガが気遣わしげに声かける。


「そんなになってまで、どうして立ち上がるんだ」


 意識を手放せば、試合は終わるが楽になるだろうに、と言外に告げている。


「は、はは。いや、僕も本当は、もう諦めたいんだけどさ。すごく痛いし、すごく苦しいし、死ぬわけじゃないけど、もう死んだほうがいいくらいで、はっきり言って、こんなのありえないくらいなんだけどさ」


 珍しく饒舌に語りながら、今にも途切れそうな意識を必死でまとめて、彼は言う。


「うちのバディが、負けたら泣くんだよ」


 だから、と。


「勝たなきゃ、また泣かせちまう」


 それは、死ぬほど嫌だった。

 シオンは場違いなほど優しく微笑んでから地面に向けて手をおろした。

 なりふりかまわず勝とうとしたミラに倣い、自滅してでも勝利しようと彼は覚悟を決めた。


「『生体魔力(オド)』――『停止(すりーぷ)』。『実行中魔法式』――『停止削除(キルストップ)』」


 一旦、自身の中にある全ての魔法機能を停止させる。

 そして――大地に流れる力の流れを探り当てる。


「『龍脈(マナ)』――『応答確認』。『外部接続(コネクション)』『認証(オーソライズ)』」


 シオンの身体に、膨大な量の魔力が流れ込んでくる。

 それによって、()()()()()()()()()()


 構わない。元々、彼の右腕は事故の後遺症で生体としての機能を失っている。

 生身としての機能を持たない部位など、これから実行する『自然魔法』の前では邪魔でしかない。


「『龍脈解析』『開始(スタート)』――完了(エンド)。『変換挿入(インクルード)』『神龍因子(パターンドラゴン)』――『因子偽装(コンバート)』」


 彼の身体の表面を木のツタのようなものが包み始める。

 もげた右腕の部分も、それを補うかのように植物が腕の形をとった。左足のいびつな鉤爪もツタに吸収され、跡形もなくなる。


 シオンという個人が、植物の化け物へと変貌していく。

 やがて、全身を植物と化した龍の化身が現れる。


「実行――カニングフォーク『生命大樹(ユグドラシル)・疑似龍(・パターンドラゴン)』」


 シオンは歩き始める。

 彼の歩く地面には、花々が咲き乱れ、緑が廃墟を彩り、一歩ごとに、生命の息吹が吹き荒れる。荒廃した土地を侵食するかのごとく、彼の歩みは大地を潤した。


 彼の身体は、今や一匹の龍そのものだった。

 大地の営みと生命の循環を体現した、霊子災害の一つである緑龍の姿。


 かつて彼が挑み、そしてその身を滅ぼされた『自然魔法(カニングフォーク)』をかたどった一つの姿。


 タイプドラゴン――霊子災害は規模や種類に応じて様々な形をとる。その中でも龍の形を取るものは、最上級の規模と危険性を持っていると言われている。

 大地の魔力を直接操り、自分の体を媒介として霊子災害レイスを再現する、膨大な力は一時的にシオンのステータスを底上げしているが、しかしそれは諸刃の剣である。次の瞬間にも自壊しかねない危うさを身に秘めた状態で、シオンはタイガに向き直る。


「明星。お前、神童に憧れていたって言ったな」


 かつての実力をなくした神童は、ハリボテの虚勢を張りながら首席の魔法士に向かう。

 どいつもこいつも自分勝手だ。

 昔ほどの力はないというのに、誰もがシオンのことを、過去と同じように見てくる。


 その期待。その重圧。

 ずっと嫌ってきたそれらであるが――鏡の少女が望むのならば、今この時だけはその称号を受け入れよう。


「これが――神童って呼ばれたやつの成れの果てだ」


 植物と化した異形の右腕を水平に伸ばしながら、かつての神童は仰々しく言い放った。



「挑んでみろよ、凡俗。本物を見せてやる」



 ――その言葉に、明星タイガは。


「は、はは」


 十五年の生涯において、めったに浮かべることのなかった無邪気な笑みを浮かべた。


「ああ――それでこそ、俺の知る伝説だ!」


 明星タイガはずっと、満たされぬものを感じていた。

 日々行うことは、常に自分との戦いだ。実家に居た頃はとにかく研鑚をつまされ、独り立ちした後は身体に住まう竜を押さえつける日々。


 そこに苦痛はあれど、達成感などあるはずもない。

 苦しい時、歯を食いしばる時、いつも思い浮かべてきたのは同年代の神童の姿だった。


 直接の面識はないが、風聞による評価と事実としての実績を何度も聞いた。幾つもの魔法理論を解明し、数々の霊子災害を調伏してきたという話を聞く度に、心が踊り、力がわいた。


 いつか必ず、それに挑もう。

 今の苦労が報われる瞬間があるとすれば、それしかないと希望して。


「行くぞ、シオン・コンセプト――いや、久能シオン!」


 明星タイガは左目に魔力を通す。

 そこにあるのは、竜の瞳だ。

 ひと睨みで他者を麻痺させ、畏怖と絶望を植え付ける停止の魔眼。タイガの全身を竜の魔力が駆け巡る。制御などとうに放棄した。今はただ、この一瞬を全力で向かい討つためだけに全てを吐き出す。


 彼が纏うは漆黒の風と、煉獄の炎。

 嵐の化身たる力の一部と、吐出される炎をその身に宿し、明星タイガは緑の竜へと立ち向かう。


 嵐が暴虐を尽くし、業火が豊かな大地を焼き払う。


 それを押しとどめるのは、久能シオンの身体から絶え間なく流出する植物の生の息吹である。

 地面から無数に生え続ける草木は、その身をムチのようにしならせて絡めとり、複数の枝葉がまとまり合って巨大な矛と盾になる。

 嵐と炎は植物に抑えこまれ、隙あらばその鋭い切っ先を突きつけんと草根の先が迫る。


 それは、神話のごとき戦いだった。

 絶大な力が、互いを削り、喰らい、滅ぼさんとぶつかり合う。余波だけでフィールドは更地になる。そこに、シオンが大量の緑を育み、タイガがそれを伐採せんと力をふるう。


 木々がタイガの腕を捻り切る。

 嵐がシオンの両足を粉砕する。

 草根がタイガの身体を絡めとる。

 炎がシオンの身体を焼きつくす。


 両者とも一歩も引く気はない。


 竜と化した鉤爪が肉を引き裂く。竜の魔眼が心臓を停止させる。腕がもげる。足が砕かれる。眼窩が抉られる。頭蓋が陥没する。肉が裂け、骨が砕かれ、血しぶきが舞い――互いが傷を負わせる度に、同じ傷を相手に与え続けた。


「明星――タイガ!」


 もげてしまって機能しない足を植物で補強しつつ、シオンは駆ける。


「久能――シオン!」


 体中の骨を砕かれながら、必死に身体を起こしてタイガは迎え討つ。

 二体のドラゴンが、何度目かの激突を果たした。


 そして――


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キャラクターステータス・千頭和ナギニ

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


これにて、元神童と現首席の戦いは幕となります。

次回最終回。


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