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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第一部 まだ青き出藍の鏡
30/68

鏡の神霊VS竜の神霊‐



 そう――シオンは先ほど、確かに死んだのだ。

 霊子体を消滅させ、試合から退場した――はずだった。


 それを覆したのは、七塚ミラが、最初に自分で作っていたアクティブスキルの力である。


 通称『反射同調(ミラーシンクロ)』。

 ミラ曰く『合わせ鏡の(あなたはわたしで)入れ替わり(わたしはあなた)


 鏡に写った者とパラメータを揃えるという技だが、これは大きなステータスを小さなステータスに移そうとすると、キャパシティオーバーで自壊するという欠点があった。

 それを解決する手段としてシオンが立てた策が、はじめから大きなステータスを小さなステータス側に合わせておくという手段である。


 つまり、はじめからミラを、シオンと同じステータスにしておくのである。


 無論、それではミラが人間と同レベルのステータスに落ち込んでしまう。ただでさえ低いステータスが人間と同レベルになってしまえば、ただの人間にも負ける可能性が出てくる。

 だからこそ、ミラは終始身を隠してサポートに徹していた。


 ファントムならば油断せずとも、ただの人間に対してならば油断せずにはいられないだろうという、一つの賭けを持って。


 そして――シオンはその賭けに勝った。


 ミラの『反射同調(ミラーシンクロ)』によって復活したシオンは、炎が効果をなくすまで何度も復活を繰り返し、そして蒸気の影から油断したナギニの懐に飛び込んだのだ。


 ※ ※ ※


 そして――

 四つめの因子『蛇』を傷つけたシオンは、立ち止まらずにナギニへデバイスを叩き込む。


 未だ、身体の一部を炎と化しているナギニは『火』の因子で満ちている。そこに因子崩しを叩き込み、『火』の因子にもその機能に制限を与える。


 ダメ押しの五つ目。

 ここまでやって、なおも動くことができるファントムなどそう居ない。

 居るとしたらそれは――正真正銘のバケモノである。


「か、かか!」


 すなわち。

 六割以上の因子を傷つけられて、それでもまだ高らかに笑う千頭和ナギニは――化け物だ。


「本当に、最高だぜ、お前!」


 麻痺した身体を、ナギニは全力で動かす。

 乱暴にたたきつけられた拳は、技も何もないただの暴力である。ただし、その暴力は埒外の代物だ。無造作に咥えられた地面への打撃は、強烈な衝撃とともにクレーターをつくる。


 因子が機能を停止し、身体に満足に力が入らない状態でなお、千頭和ナギニは意志の力だけでこれだけの膂力を持っているのだ。


 その衝撃で地面の欠片が飛散し、弾丸のようにシオンの身体を貫く。

 近距離で散弾銃に近い威力の破片を身に受けたシオンは、霊子体に瀕死の重傷を負った。このままでは数分と持たずに死ぬだろう。


 一手加えても、化け物には届かなかった。

 そう、『一手』では足りなかった。


「……言った、だろ」


 もう手はないのか? と目で語るナギニに、シオンは高らかに告げる。


「『()()』加えるって!」


 シオンは地面にたたきつけられながら空を見る。

 大空を駆ける、輝かしい翼を見上げた。


 ――その翼は炎に包まれている。

 両腕を激しい炎の翼で包み、足には猛禽類の持つ鋭い鉤爪が表れている。目にも止まらぬ速度は、更に加速し、最速の勢いで獲物へと駆ける。


 それこそはガルダ。

 ナーガラージャの敵対者にして、ナーガ族を退治する聖鳥として崇められた神鳥である。


「やぁあああああああああああああああああああああああああああああああっ‼️‼️」


『ガルダ・レプリカ』


 三つの因子を取り込み、擬似的なガルダへとその身を変えた七塚ミラは、叫び声を上げながら、千頭和ナギニへとその鉤爪を突き立てんと空をかける。

 本日、何度目の驚愕か。


「な、にぃいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 もはや身体の感覚が三割近くしか残っていないナギニは、防御が間に合わない。

 ミラが向ける足の鋭い鉤爪を為す術もなくその身に受けた。


「が、ぁ」


 ついに、ナギニの身体が傷を負う。五つの因子を傷つけられて、その身体の異常な頑丈さもなくなったようだった。前回は傷すら付けられなかったが、今回は違う。ミラが作り出したガルダの鉤爪はナギニの胸元に深々と突き刺さり、その心臓をえぐりとった。


 千頭和ナギニの身体は、とうとう地面に倒れた。


 ※ ※ ※


 喜びも、達成感も、感じるだけの余裕はなかった。

 綱渡りの決着。今はただ、緊張と興奮により脳内物質が垂れ流されていて、余計なことを考えるだけの余地はなかった。


 まだ終わっていない。

 七塚ミラの身体を動かしたのは、そんな反射的な意識だった。


 千頭和ナギニは強敵だった。

 はっきり言って、まともに戦って倒せる敵ではなかった。奇をてらい、策を弄し、賭けに勝ち、そうしてもぎ取った、綱渡りの勝利である。


 だからこそ、こんな勝ち方は二度と出来ないという焦燥が、ミラの中に満ちていた。

 まだ終わりではない。

 この試合は、ファントムではなく魔法士を倒さなければ決着がつかないのだ。


 その身に『ガルダ』を宿したミラは、ナギニの心臓をえぐりとったその鉤爪で、明星タイガを喰らわんと懸命に駆ける。


 勝たなければいけない。

 シオンが、あそこまで身体を張ってくれたのだ。

 ナギニが放出した炎に何度も焼かれ、それでも一瞬の隙のために、シオンはその痛みに耐えた。例え霊子体であろうとも痛みはあるのだ。現実よりも多少緩和されているとはいえ、生きながらに焼かれる痛みなど、何度も味わいたいと思うはずがない。


 そんなシオンの覚悟に、報いなければならない。

 ミラにできることはここで明星タイガを倒すことだ。勝ちたい、と強く思った。負けるのは悔しいし、死ぬほど辛かった。はじめての敗北の時に、シオンに八つ当りしたことを思い出した。あんな思いをするのは、もう嫌だ。


 悔し涙を拭いながら、ミラはずっと考えていた。

 なぜ自分が、これほどまでに勝利にこだわるのか。


 結論として、自分は勝ちにこだわっているわけではなかった。

 ただ、負けを受け入れたら、自分を見失ってしまいそうで怖かったのだ。


 シオンに八つ当たりしてしまったのもそれが理由だ。実力不足の自分では負け試合が当たり前かもしれないが、心だけは屈しないと強く思った。


 ミラは、かつて『カール・セプトの鏡回廊』と呼ばれていた。

 来るもの全てを取り込み、飲み下し、深く吸収を繰り返す悪魔の迷宮。そこでの彼女は最強だった。他に比類することのない、最強の霊子災害だった。


 それを解呪したのがシオンだった。

 あの時、ミラは負けたのだ。

 負けて、殺された。

 気がついた時にはファントムとして発生していたが、あの全てがなくなる感覚は、今でも心の奥底の恐怖として残っている。


 同時に――解放と喪失を与えたシオンに、どうしようもなく執着した。

 彼はあの時、自分から奪ったものを持っている。そんな確信に近い衝動に任せるまま、ミラはシオンにバディ契約を迫った。

 自分を解呪した彼ならば、きっと、失った以上に多くのものを与えてくれると信じて。


 そして、今。

 七塚ミラは勝利を得るために空中を疾走している。


 鉤爪は明星タイガの身体へと一直線に迫る。戦闘が始まってからここまで、めまぐるしく移り変わる戦況を前に、タイガは満足に対応できていない。かろうじて迎撃魔法の準備が整っているようだが、それが放たれるよりも早く、彼の心臓を貫くことができるだろう。


 瀕死のシオンが事切れるまであとすこし時間がある。

 ここで彼を仕留めれば、自分たちの勝利だ。

 そう、信じて。

 ミラはタイガの胸元に足の鉤爪を突きおろし――


「え――?」


 自身の胸元から生えた竜の腕を、唖然とした顔で見下ろした。


「な、んで?」


 神速の勢いは強引に引き止められ、地面に叩き落とされる。屋上のコンクリートをその全身で砕きながら、ミラはその竜の腕の持ち主である千頭和ナギニの姿を呆然と見つめた。


 なぜ?

 確かに彼女は殺したはずだった。心臓をえぐり、その体が倒れるのを見た。


 だが――霊子体の消滅までは見届けていなかったのもまた、事実だった。

 ミラに一つミスが有ったとすれば、功を急ぐあまり、ナギニの死を十分に確認せずに、タイガへと向かったことである。


天地創造(アムリタ)・不死竜(・ヴァースキ)


 死してなお行動することのできる『不死性』因子のパッシブスキル。

 これこそが、千頭和ナギニの切り札であり、最後の隠し球だった。


 胸を貫かれ、地面にたたきつけられたミラは、いやなほど冷静に自身の状態を振り返る。胸の傷は貫通しているものの即死ではない。放っておけば死ぬ傷だが、まだ戦える程度だ。


 しかし――立ち位置が悪い。

 地面に付したミラと、それを見下ろす千頭和ナギニ。


 残された僅かな時間で反撃を試みるが、おそらく間に合わないだろう。

 今度こそ、千頭和ナギニは確実にミラの息の根を止めるだろう。ここまで追い詰めたからには、向こうも手を抜く余裕などないはずだ。


 フラフラの身体で、ナギニはミラの首筋に手刀を下ろす。

 ミラは敗北を覚悟しながら、それでも食い下がらんと最後のスキルを使用する。


 そして――七塚ミラはその霊子体を消滅させ、試合から退場した。



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