竜殺し
残り六組のアナウンスが流れた瞬間、シオンはミラに指示を出して『光誘導・色彩誤認』の展開を解いた。
光の反射による透明化のみならず、シオンの使う概念強化の魔法によって存在感そのものを消していた彼らは、このタイミングまでずっと戦わずに隠れていた。このまま隠れ続けていても試合終了まで逃げ切れる程に、完璧な身の隠し方だった。
しかし、それでは意味が無い。
ここで最強のバディを倒さずして、本当の勝利はない。
一人で姿を現したシオンにタイガが怪訝な顔をする。
無理もない。ファントムが姿を表さずに魔法士だけが立っているのだ。慎重な者ならまず罠を疑うだろうし、力量のある者ならその無謀を笑うだろう。このサバイバル戦において、魔法士を囮に使うなどという作戦は愚の骨頂なのだから。
タイガとナギニが、二言三言、なにか言葉を交わしている。
会話の内容はおおよそ予想できる。「罠かどうか」の相談と「どうするべきか」ということだ。そして七割以上の確率で彼らの選ぶ手段は決まっている。
千頭和ナギニは単独で跳び上がると、四十メートルの跳躍を経てシオンの前に着地した。
衝撃で地面が割れ、風圧が大地を均す。攻撃でも何でもない、ただの移動ですらこの威力である。その勢いにのけぞらないよう、シオンは精一杯踏ん張った。
高い確率でナギニが単独で来るのはわかっていた。
そして――ここからが賭けの始まりである。
「よお、かくれんぼはおしまいかい? 坊主」
「鬼退治ならぬ、竜退治がしたくてね。最高のタイミングを見計らっていたんだ」
「かか! そーかそーか! そいつはいい」
にやり、と。凶悪な美貌を更に歪めて、ナギニは腕を振り上げる。
「そんじゃあ――見せてみな、お前さんの策をよぉ!」
振り下ろされる彼女の腕は嵐そのものだ。
この至近距離で彼女の起こす竜巻を受ければ、まず間違いなく、シオンの身体はバラバラになる。耐えるか否か以前に霊子体を保てない。
故に――この一撃を生き残れなければ、シオンに勝機はない。
「っ!」
全身に魔力を駆け巡らせる。外へと放出する魔力はほんの少しで構わない。あとは、このタイミングまで待つ間に準備してきた魔法式へと微弱な魔力を通すだけ。
シオンは普段のロッド型デバイスを、ガントレットと一体化した形状のものを持ち込んでいた。武器としても利用できるロッドは、直接魔力を操るのにうってつけだ。
シオンの背後に四つの球体が浮かんでいる。
それらは事前に出力しておいた魔力の塊だ。
一動作における魔力の放出量が少ないシオンにとって、大きな魔法はそれだけで時間が掛かる。だからこそ、はじめから魔力を体の外に出して維持しておき、少ない魔力で誘爆させるようにするという手段をとっていた。
純粋なエネルギーとしての魔力の保存は、霊子属性の中でも難易度の高い魔法だ。高い技術と集中力を要するこの魔法のために、シオンはここまでの戦いをずっと逃げ回っていた。
今、その成果を発揮する時だ。
「『変換挿入』『照準』『射出』!」
四つの魔力の塊が破裂して、魔力弾として疾走する。
彗星のごとく奔る四つの線が、ナギニが巻き起こそうとしていた竜巻を貫く。
魔力弾によって嵐の収束は解け、無軌道な風圧となって周囲に拡散した。これで直撃は避けられたが、それでも余波までは防げない。巻き上げられる無秩序な力の余波に乗せられ、シオンの身体が高く宙を舞う。
十数メートル高く打ち上げられた身体は、落下だけでも大きなダメージを受けるだろう。全身を駆け巡り続ける魔力を必死でデバイスに通し、シオンはかろうじて風力操作の魔法を起動させ、落下スピードを減速させて着地する。
なんとか――生き延びた。
地面に降り立ったシオンは、休むまもなくすぐに後退する。
自身の攻撃を防がれたナギニは、楽しそうに顔を歪め、喜びを言葉にする。
「かか! アタシの挨拶に耐えるかよ! だが、いつまで持つかな!」
後退するシオンをナギニは追う。
それは猫がネズミをいたぶるのと似ていた。ナギニが軽く撫でただけでも、ただの人間であるシオンの身体は間違いなく粉々に吹き飛ぶだろう。シオンにとっては決死の戦闘だが、ナギニにとっては児戯に等しい。
それでもナギニが本気を出さないのは、ひとえにシオンの策を見たいからだ。
わざわざ一人で出てきたからには、何かしら狙いがあるのだろう。ファントムである七塚ミラの姿が見えないのは奇襲を狙ってのことだと、ナギニは思っていた。だからこそ、彼らがやろうとしている策に乗ってやるつもりで彼女はシオンを追う。
そして――ナギニの性格ならば、すぐに仕留めようとしないだろうとシオンは読んでいた。
故に、彼は目的の地点までナギニを連れ出すことに成功した。
まだ形がしっかりと残っているビルに挟まれた道。狭くはないが、広場ほど広くもない中途半端な道の上で、シオンはミラに指示を出す。
「今だ! 『万華鏡・鏡迷宮』!」
瞬間、ナギニとシオンを囲うように無数の鏡が現れた。
「な――に」
ナギニの表情から笑みが消え、驚愕に変わる。
数十枚に及ぶ鏡が中空に出現して二人を囲っていた。その物量に圧倒されるが、しかし、彼女が驚いたのはそれにではない。
自身の身体が全く動かないことに彼女は驚いたのだった。
「か、かか! なるほど、動きを封じるスキルだな。アタシの姿だけ映すとは、この場所に誘い込んだのも含めて、狙ってやがったな」
ぐるりと視界を見渡して、ナギニは事情を察したようだった。
粗暴なようでいてどうやら知恵も回るらしい。ナギニは一目見るだけで、周囲の鏡がシオンを映さずにナギニだけを映していることを看破した。
万華鏡・鏡迷宮
ミラが作り上げた鏡を無数に増やすスキルを利用して『合わせ鏡・無限回廊』の効果「鏡に写った存在を閉じ込める」をより強力にしたものだ。
『無限回廊』の時には、意志のある存在は閉じ込められなかったが、今回のスキルは、ファントムや人間といった『意志あるもの』をその場に縛り付けることに特化している。
これから脱出するためには、『精神力』と『神秘性』の高さが必要となる。
そう、つまりは。
「はんっ。しゃらくせぇ!」
神秘性のランクがAのナギニにとって、その拘束を振りほどくのはそう難しくない。
彼女は気合の掛け声とともに魔力を周囲に拡散させる。自由になった両腕は乱暴に振り払われ、周囲を囲っていた数十の鏡は、残らず叩き割られた。
鏡の破片がキラキラと辺りに降り注ぐ。
ガラス片が舞うという、あまりにも危険すぎる雨であるが、シオンとナギニは二人共それを不敵な目で見ている。
ナギニは「この程度か」と目で語る。
シオンは「まさか」と表情で返す。
ガラスが降り注ぐ中、シオンはパチン、と指を鳴らす。
粉々に砕け散った鏡たちは、それぞれが光を反射させ始めた。
映り込む鏡の破片。
それは、鏡の中で無数に分裂し、無限の万華鏡を創造する。
そして次の瞬間――砕けた破片は綺麗に消え失せ、代わりに、今度は数百に及ぶ鏡の群れがシオンとナギニの周りを囲った。
「ぐ、――か、かか! こりゃぁまいったね!」
ナギニの不敵な笑みが、焦燥で歪む。
さすがの彼女も、ここまでの拘束力は予想していなかっただろう。ナギニは周囲を覆う百を超える鏡を見て苦笑いを浮かべる。
一度目はあえて拘束力を軽くし、二度目に本気の拘束を行う。
二つの落差によって対象者の精神力にダメージを与える。いかに神秘性が高くとも、精神力にマイナス補正をかけることで、拘束を抜け出すまでのタイムラグを作ったのだ。
そして、その僅かな時間こそが勝機となる。
無数にある鏡の中で、四枚の特殊な鏡があった。
その鏡にはそれぞれ奇妙な紋章が浮かんでいる。それは因子を簡略化したデザインで、それぞれ、『竜』、『蛇』、『天候』、『毒』を現すマークとなっていた。
ナギニが身に宿す因子を、露出させたのだ。
「『実行』――『因子崩し』!」
シオンのデバイスにはすでに魔力が通っている。
起動させる術式は、因子崩し。
ナギニが一度目の拘束を振り払う間に起動させていた魔法式は、今か今かと発動を待っている。
一歩を踏み込み、シオンは因子が露出した鏡に向けてロッドを叩き込む。
通常、因子崩しを行うためには、榊原カブトの日本刀や織部イチルのタペストリーのように、明確に因子が起動しているところに術式を叩きこむ必要がある。自然体でいるファントムにおこなったところでそれは通常の打撃と変わらないのだ。
しかし、ミラの鏡はその因子を露出させる。
そうして因子が映った鏡を叩き割ることで、本体の因子にも影響を与える術式。
名づけて『万華鏡・鏡像解体』
ミラとシオンの二人によって完成する合わせ技である。
シオンは因子の映った鏡を的確に破壊していく。
一つを壊した程度では、ナギニを倒すことは出来ない。せめて竜に関する因子、千頭和ナギニの原始に直結する因子だけでも壊してしまわなければならない。
まず手近の『天候』の因子に傷をつける。
続けて、『毒』を叩き割り、『竜』へと攻撃の手をのばす。
そこで、タイムリミットが来た。
「く、呵ァッ‼️」
なりふり構わないナギニの咆哮が、半分以上の鏡を割る。
しかし、それでもまだ拘束力は半分残っている。
咆哮の衝撃にシオンはたたらを踏む。しかしすんでの所で踏みとどまりながら、シオンはデバイスにひたすら魔力を通す。因子崩しを起動する魔力を供給できなくなった時が敗北だ。
ナギニの咆哮を懸命に耐えしのぎ、更に一歩、足を踏み込む。
シオンはとうとう、『竜』の因子を傷つけることに成功した。
がつん、と。千頭和ナギニに衝撃が走る。
通常のファントムならば、構成因子が一つでも機能停止になれば、それだけで身動きがとれなくなる。三つも砕かれたナギニならば、それだけで霊子体を保てなくなるはずだった。
だというのに。
「よくやった、勇む者よ」
彼女は、強敵を称えるように口元を歪めながら、足を踏み落とす。
「だが残念だったな。――あと一手、足りない!」
ナギニはその身に宿った因子を掘り下げる。
起動させるのは『火』の因子。
心中で高らかに謳いあげるは、崇拝の祝詞。
それこそは原初の信奉であり、人の畏敬と希望をかき集めた純粋無垢なる無比の礼賛。
「『自然崇拝・火竜』」
輝かしい炎が周囲を照らす。
千頭和ナギニの身体から噴出した激しい炎は、当たり一面に爆轟の渦を巻き起こし、全てを焦土へと変えた。
自身の体を炎に変えるパッシブスキル。
一瞬だけ炎そのものとなったナギニは、やがてその身を元の姿に戻す。立ち上る炎が次第に勢いを収め、蒸気が満ちる中、後には焼きつくされた荒野が残るのみだった。
(――ちぃ。なりふりかまってられなかった)
少しやり過ぎたか、とナギニは反省する。この様子では、シオンの霊子体は跡形もなく蒸発してしまったことだろう。
しかし、加減ができないほどにナギニは追い詰められたのだ。
彼女の九つの因子のうち、基板となる『竜』の因子が傷つけられたことは、大きな影響を持つ。現状、彼女は霊子体を保つので精一杯の状態だった。
――シオンにミスが有るとすれば、『蛇』の因子に傷を入れられなかったことである。
ナーガラージャとは、蛇神の諸王のことを言う。
そこから竜王の伝承に派生しているため、原始に最も近いのは、実は『蛇』の因子なのだ。
壊すのは『竜』の因子だけでは足りない。最後の『蛇』の因子を壊せないのがわかったからこそ、シオンは一手足りなかった。
そう、後一手。
足りなかったのだ。
「ならば――」
充満する蒸気の中、厳かな声が響く。
まさか、とナギニは彼女らしからぬ驚愕を浮かべる。
「――あと二手、加えよう!」
蒸気を散らしながら、久能シオンが飛び込んできた。
彼の持つロッドは、まっすぐに『蛇』の因子が映された鏡を叩き割る。
如何なファントムといえども、死んだと思った相手が奇襲をかけてくれば、為す術もなく攻撃を食らうしかない。
千頭和ナギニは、その身に宿す『蛇』の因子を傷つけられた。




