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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第一部 まだ青き出藍の鏡
23/68

憧れが砕ける瞬間


 試合が終了して、しばらくのあいだ、シオンは呆然と中空を見上げていた。

 控室には他にも多くの選手が過ごしていた。全員がウィッチクラフトレースのCブロック予選に参加していた者達で、例外なく気の抜けた表情で試合終了を待っている。


 劇的、と言うしかない終わり方だった。

 試合を中継するモニターには、明星タイガがゴールする様子が映っていた。それを見てようやく、今の自分達が、現実にいるのだと認識できる。


 霊子体で負った傷は生身に戻る過程で修復されている。しかし、消費した魔力や傷を負った感覚などは生々しく残っている。攻撃を食らった箇所に麻痺が残っているのは、絶大なダメージを受けた証明だ。精神が傷のことを覚えていて擬似的なダメージを感じているのだ。

 加えてシオンは、自身の限界を超えて無理やり魔力を絞り出そうとしたため、全身の血管や筋肉が炎症を起こしていた。そのフィードバックもあり、とにかく全身が重く、ズキズキと痛む。その擬似的な負傷に顔をしかめながら、彼は思う。


 何も出来なかった。

 策や技術でどうにかなることではなかった。ましてや、根性などというものが通用する相手でもない。とにかく規格外の化け物を前に、為す術もなくやられただけだった。


 あれが、現在の一年生首席の実力であり、そしてファントムの中でも最高位の存在である。

 いくらなんでも、ものが違いすぎる。


 ファントムだけの力では決してない。あれほど強大な因子を持つファントムを使役するのだから、魔法士の負担も半端なものではないだろう。少なくとも同世代の未熟者だったら、一発で気絶してしまうくらいには、魔力消費は激しいはずだ。

 負けても仕方がなかったと思ってしまうくらいに、実力の差は大きすぎた。


 ミラは気絶しているのか、完全に霊体化して姿を見せない。ダメージによっては因子に傷が入ってしばらく行動が不能になっている可能性がある。

 やがて試合が終了し、選手たちが控室から出て行く。

 試合結果は案の定、明星タイガの一人勝ちだった。その他の四人は、おこぼれに預かっただけと言った様子である。


 シオンが控室に残ったままでいると、声をかけられた。


「シオン・コンセプト」


 ハッと顔を上げると、そこには明星タイガの姿があった。

 振り返ったシオンを見て、彼は得心行ったように頷いた。


「やはり、そうか。この間、姿を見た時からずっと引っかかりを覚えていた」


 彼は、白髪の間から覗く片目で、シオンを見下ろしながら淡々と言う。


「見間違えかもしれないと思ったが、しばらく話題になっていたから確信した。君は、シオン・コンセプトで間違いないな?」

「……それがどうかしたか」

「いや。残念だと思っただけだ」


 顔をそらしながら言うその声色は、心底残念がっているのが痛いほど伝わってくる。


「君のことは、昔から知っていた……事故にあったとは聞いたが、そんなに酷かったのか?」

「想像に任せるよ」


 同じことを聞かれる度に、シオンはそう答えていた。


「ただ、さっきの試合で実力はわかっただろう? あれが、今の僕の全力だ」


 落ちぶれた、と言うのがふさわしいだろう。

 過去を知るものならば、誰が見ても今のシオンに失望するだろう。かつての自分なら、そのあまりの不甲斐なさに、思わず自殺してしまうかもしれない。


 そんなことを考えていると、タイガが静かにシオンを見下ろしていた。

 彼は淡々と、思いを言葉として向けてくる。


「俺達の世代で、君は伝説だった」

「それは」

「魔法技術に触れ始めた時には、すでに届かないほどの高みに上り詰めた同年代がいる。それを知った時の俺達の気持ちが、君にはわかるか?」

「…………」

「自分のやっていることは、彼らの焼きまわしにすぎない。それどころか、模倣することすら難しい。そんな絶対的な才能を見せつけられて、挫折した者を何人も知っている。それでも食らい付こうとあがいているが、一向に追いつける気がしない」

「そんなことはないだろう」


 タイガの言葉に、シオンは否定を入れる。


「今は、お前の方が確実に上だ。当時の僕と比べても、お前は才気溢れていると思う。それに比べて、僕には所詮、過去の栄光しか残っていない」

「ああ。そうだな」


 だからこそ、と。

 タイガは苦々しそうに顔を歪めながら、吐き捨てるように言う。


「君には、いつまでも伝説でいて欲しかった」


 身を翻して、彼はこちらに顔を見せずに去っていった。

 あとには、シオンだけが残される。


 呆然と、シオンはタイガが去っていった方向を見つめ続ける。動こうにも、身体が動けなかった。何故かと理由を考えると、やはりショックを受けたからだろう。不意打ちで向けられた言葉は、何物よりも深くシオンの胸を貫いた。


 憧れが砕ける瞬間。

 ああ、それは確かに、死にたくなる。


 ジンジンと疼く古傷が、虚しく身体を刺激し続ける。すでに生身ではないはずの右腕が、幻肢痛を訴えてくる。まるで、かつての自分から責められているような気分だ。

 人がいなくなるまでシオンは控室で待機していた。身体にはまだ麻痺が残っている。思うようにならない自分の体を噛み締めながら、彼は静かに相方が目をさますのを待つ。

 やがて、ミラが目を覚ました。


「ミラ。大丈夫か?」


 気絶から立ち直ったのか、ミラは実体を持ってシオンの前に現れた。その表情は見るからに沈んでいる。唇を強くかんで、目を伏せた彼女は、黙ってシオンの前に立っていた。


「後遺症は……ないみたいだな。あれだけの攻撃を受けたんだ。ちょっとくらい、現実に影響が残っていてもおかしくない」


 生身に戻る人間ならともかく、ファントムは元から霊子体だ。あとを引くようなダメージを負えば、修復に時間が掛かる。

 ダメージは大きいようだが、幸い、ミラの見た目は悪い部分が見当たらなかった。

 ただ、彼女は黙って立っている。

 その全身から、悔しさがただよっていた。


「……。まあ、なんだ」


 どう声をかけたものかと迷う。

 シオンは腫れ物にさわるような気持ちで、言葉を選びながら声をかけた。


「アレはいくらなんでも相手が悪かった。あそこまで行くと、並の霊子災害を軽く凌駕している。戦う以前の問題だったんだ。だから、今日のは仕方がない」

「……仕方、ない?」

「そうだ。だから、負けたからってそんなに落ち込まないでも――」

「それ。本気で、言ってるの?」


 ハッと、シオンはミラの顔を見る。

 ずっと伏せていた顔を、彼女はあげていた。まっすぐに、彼女の目はシオンを見ている。


「シオンは、負けても仕方ないって、本当に言ってるの?」


 その瞳は真っ赤で、涙で濡れている。唇は強く噛み過ぎたのか、紫に変色して痛々しい。両の拳を強く握られ、こらえきれない感情が身体を小刻みに震わせていた。

 必死で耐えていたのだろう。目尻に溜まっていた雫はとうとうこぼれ出す。


「相手が強いから、負けても仕方ないの? 敵うはずがないからって、負けてもいいって、本当に言ってるの? そんなのおかしいよ。わたしは、そんなこと思いたくない」

「ミラ……」

「わたしは……悔しいよ」


 嗚咽混じりにそう言って、ミラは霊体化して目の前から姿を隠す。魔力の波長から、近くにいることだけはわかるのだが、完全に見えなくなってしまった。


「おい、ミラ!」


 慌てて立ち上がり声をかけるが、返答はない。ミラは黙りこんで、姿を見せようとしない。

 すとん、と。シオンは力なく腰をおろした。虚脱感と喪失感に喰らわれそうだった。


 頭ではちゃんとわかっていたはずなのに、それでもどこか、他人事のような気持ちで居た。冷静でいるつもりで、その実、本気などではなかった。


 ――わたしは、悔しいよ。


 胸をえぐる、本気の言葉。

 その瞬間、シオンははっきりと敗北を意識したのだった。



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