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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第一部 まだ青き出藍の鏡
24/68

敗北の向き合い方


 ウィッチクラフトレースの試合から数日。

 ミラはずっと塞ぎ込んでいた。

 その姿に、シオンはどう声をかけてよいかわからず、お互いに気まずい沈黙が続くことになる。話しかければ普通に答えてくれるのだが、お互いに言葉が続かず、結局黙ってしまう。そんな、すれ違いのような時間を過ごしていた。


 ――わたしは、悔しいよ。

 胸に刺さったその一言は、何度も頭の中でリフレインされる。


 焦燥感にも似た身悶えする苦しみに、シオンは名前をつけることができないでいた。

 ミラの涙が頭から離れない。泣かせてしまった、その後悔にさいなまれる。


 自然と、シオンは病院に足を運んでいた。

 元々、先日の試合で麻痺した人工生体の調子を検査する必要があったのだ。霊子体の過剰なダメージによる影響は皆無とはいえない。生身でないからこそ不具合が出ることもあるので、専門医に診てもらう必要があった。


 病院に行くと告げると、ミラは力なく頷いた。


「行ってらっしゃい。わたしもちょっと、出かけてくる」


 そう言って、ミラはどこかに言ってしまった。

 一人の時、彼女が何をしているかをシオンは知らない。

 想像してみようとしても、思いつかないというのが正直な話だ。それに気づいた時、自分はミラのことを何も知らないのだと実感し、またショックを受ける。


 病院での検査は、いつものとおりに進んだ。

 先日のウィザードリィ・ゲームでの結果は、担当医に話してある。

 背の高いその担当医は、医者というよりはスポーツ選手と言われたほうが納得するような図体をしていた。精悍な顔立ちのその医師は、シオンとの問診においてこうぼやいた。


「珍しく無茶をしたなぁ」


 検査を進めながら楽しそうに話しかけてくる。


「君はまあ、少しくらい無茶してくれてもいいんだけどね。人工生体にしても、少し酷使して鍛えたほうが、長持ちする」

「人工のものが、鍛えられるんですか?」

「そりゃあね。最新技術舐めるんじゃないぞ。魔法と並ぶためには、科学技術も随分進化しているんだからな」


 くつくつ、と笑いながら彼は言う。


「しかし、いつもは怪我一つしてこない君に対して、相方の女の子は毎週のように問題を起こしているんだから、本当に君たちは対照的だな」

「……相方って言うと、アヤのことですか?」

「そうそう。彼女はすごいぞ。彼女が毎週のように問題を起こしてくれるおかげで、サポート外殻の技術は随分研究が進んでいるくらいだ」


 リハビリで無茶をしているという話だが、なんともアヤネらしい話であった。

 それからしばらく、二人でアヤネの話で盛り上がったのだが、そのことは到底彼女に伝えられないだろうと思った。


 検診を終えると、問題のアヤネの部屋へ、いつも通りに向かった。

 しかし、残念なことに彼女はリハビリのために不在であった。

 留守を任されていた彼女のファントムは、皮肉げに顔を歪めながらシオンに言う。


「時機が悪かったな少年」


 声色から、楽しそうなのが伝わってくる。陽気な声で飛燕は続ける。


「リハビリには数時間ほどかかるそうだ。それにしても、本当に惜しい日だ。今日は存外、アレの機嫌が良い日だったのだがな。つくづく間が悪い」

「そうか。今日は機嫌が良かったのか」


 それは確かに間が悪かった。

 少々落ち込みながら、「ならいいよ」と言って、シオンはその場を去ろうとする。


「ふむ。少し待て」


 シオンの背に、飛燕の制止の言葉がかけられる。振り返ると、彼は腰に手を当てて、どことなく困ったような顔をしていた。

 なんと言ったものか、と迷うように飛燕は息を吐く。


「まあ、気のせいではあるまい。あまり言いたくはないが、立場上言わざるを得まい」

「なんだよ。改まって」

「何。ちょっとした苦言だ。君はどうやら、アヤネの機嫌が良いことに、安堵ではなく遺憾を覚えたように見える。それについて、少し苦言を申したいだけだ」

「何のことだよ。別に僕は、残念がってなんか」

「いないとでも言うのか? そんな顔をしておいて、冗談にもならんぞ」


 そんなに分かりやすい表情をしていたのだろうか?

 無言を貫くシオンに向けて、飛燕は嘆息を一つ漏らす。


「アヤネに対する君の献身や、後ろめたさは知っているつもりだ。それが依存に近いものであるにしても、構わない。アヤネにしても、それに甘えている節もあるからな。だが――それはあくまで君たち二人だけの問題に限ってだ」

「…………」

「関係のない失敗を責めてもらうために、アヤネを利用するのはやめてもらおうか」


 彼ははっきりと、自身の主人を守るための言葉を口にした。

 ――そこにいるのは、武侠の神霊だ。

 殺意こそ向けられていないが、奥底にある気概はビリビリと辺りの空気を引き締める。これが、アヤネの契約したファントムかと、シオンは改めて、心のなかで感嘆を漏らした。


 力なく、シオンはそばの壁に背をかける。

 飛燕に言及されて、ようやく彼は、誰かに責めてもらいたかったのだと認識した。


「……悪かった。確かにそれは身勝手すぎるよな」


 全身を支配している虚脱感が、羞恥と同時に襲ってくる。あまりにも身勝手。あまりにも傲慢。なんて、自分は罪深いのか。

 何よりも、それを人に責めてもらうことで慰めようとしているのだから、手に負えない。


「なあ、飛燕」

「なんだ。少年」


 武侠の神霊は、泰然として少年の言葉を受け入れる。

 胸につかえる感情を吐き出すように、シオンは尋ねる。


「お前は……敗北してしまった時に、それに納得することって、できるか?」


 自分でも、どういうつもりでそんな質問をしたのかわからない。

 仮定の上にしか成り立たない空想上の感情を、他者に尋ねたところでどうなるのか。

 しかし、飛燕はそれに律儀に答えた。


「場合によるだろう。敗北をどう捉えるかによるが、全力を尽くした上で負けたのならば、むしろ清々しく思うかもしれない。そうなれば、納得もするだろう。――だが」


 そこで飛燕は、遠くを見るように視線をあげる。


「その戦いが譲れないものであれば、例えどんな結果であろうと、敗北を認めるのが難しいかもしれない。結局は、その時の思い一つといったところか」

「……そう、か」


 シオンは力なくつぶやく。

 つまり、ミラにとって、譲れない戦いだった、ということだろう。


 ――せめて、一撃。

 彼女はボロボロの状態で、あの強大なファントムに対して、一矢報いろうとした。

 はたから見れば無駄でしかないその行為は、しかしミラにとっては重要だったのだ。どんなに劣勢で、どんなに希望が見えなくとも、最後まで死力を尽くさなければいけない。そうしなければ、彼女は彼女で居られない。


 悔しいよ、と彼女は言った。

 全力を出しても、結果が出せなかった。そんな自身の無力さに、彼女は悔しさを感じた。


 ああ、この大馬鹿め。

 そんな彼女をサポートするのが、自分の役割だろうに。


「悪かった、飛燕。変な話、させてしまって」

「構わんさ。アヤネをダシにされるのに比べれば、よっぽどマシだ」


 そんな飛燕の言葉に、シオンは思わず苦笑を漏らした。

 まったく、とんでもなく主思いのファントムである。



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