織部イチルによる講評
「――結局、久能くんの試験では何が起きたんです?」
その日の放課後。
一日の試験日程がすべて終わって、片付けを終えたところで、円居教諭は織部イチルにそう尋ねた。
「何って言われましてもねー」
イチルは罰が悪そうに顔を背ける。
「互いに不測の事態はあったとは言え、久能一年は見事試験に合格しただけの話ですねー」
ベンチに座ったイチルは、またしても髪型を弄りながら答える。
今度の髪型はサイドテールで、毛先に器用にウェーブをかけていく。アイロンもなしに器用によくやるものだと、見惚れるよりも呆れの方が先にくるような異様な技術だった。
「講評と称して、久能くんとは試験後に別室で話をしていたじゃないですか。それで大体把握しているんじゃないですか?」
互いの手の内を明かすことになるので、その講評は別室で行われていた。生徒相手にこれを行うのは、よっぽど見込んでいないとやらないことだ。それくらい、イチルにとってもあの試験内容は全容を把握できない事態だったのだろう。
「うーん、まあ、円居先生は久能一年の担任なんですよね? それなら指導内容の共有は業務のうちって考えられますかねー。一応、簡易結界は張ってもらえます?」
言われた通り、円居教諭は盗聴と透視防止の結界を張る。
最初に、久能シオンと七塚ミラが出来ることについてかいつまんで説明を受ける。その事前情報が揃った状態で、彼らが何をやろうとしたのかを語り始めた。
「彼らの作戦の主軸は、七塚ミラが『因子写し』を行って、その因子をサンプルとして久能一年が『因子崩し』で攻撃するという流れです。この時、七塚ミラがコピーした因子を使って反撃するところも作戦に入っています。限られた手数で多彩な戦況に対応できる。強力な作戦ですが、その分戦況に左右されるので、よほど戦い慣れしてないと組立が難しい作戦です」
「久能くんは、神童時代に多くの霊子災害を討伐しています。その実践経験があってのことでしょうか」
「はい。そうでしょうねー。ちなみに補足すれば、その討伐された霊子災害の一つが『カール・セプトの鏡回廊』で、今は七塚ミラがその能力を引き継いでいるわけですが」
わざわざ復習としてそう言ってから、イチルは続ける。
「彼らはあたしの因子の中で『機織』の因子をコピーすることにしました。ま、アラクネの逸話やあたしの戦い方を踏まえれば、機織の技術こそが能力の根幹だと分かりますからね。それに、例え糸が作れなくても、機織の能力さえあればあたしが作った糸を扱える」
イチルはフィールド中に糸を張り巡らせていた。もちろんそれは全て彼女の制御下にあるため、仮に同種の能力を持つ者が糸を操ろうとした場合、その制御権を奪い合うことになる。コピーした因子を劣化してしか使えないミラはその時点で不利となる。
「だから、七塚ミラは糸より先に、もっと大きな対象を制御の対象としました。それは――あたしが製作した、タペストリーです」
「タペストリーって、織部先生が戦いの時にいつも作っているあの布です?」
「そうそう、それです。あのタペストリーについて種明かししますと、あれは『風刺』の概念が込められたもので、対象となった存在の負の本質を描き出したものです」
「アラクネの逸話における、神々の不貞を描いた織物ですか?」
アラクネとアテナの機織勝負において、アテナは神がどれだけ偉大かを作品として描いたのだが、対するアラクネは神々がどれだけ愚かで罪深い存在かを織物で表現した。その出来栄えをアテナは最後まで否定できず、実力行使に出てしまったというのが神話の流れだ。
「あの逸話の是非はともかくとして――概念的に重要なのは、描かれた神の不貞や不実は事実であることと、それにアテナが反論出来なかったという点です。なので、あたしが作るタペストリーには、敗北や失敗と言った、そのファントムの弱点に近いものが描かれます」
例えば、榊原カブトを例にすると、彼が持つ『兜割り』には、甲冑の兜に刀で傷を入れたという逸話がある。それ自体は驚嘆すべき出来事で、だからこそカブトはあらゆる防御を叩き切る斬鉄の概念を持っているわけだが――逆に言えば、実際のエピソードでは、叩き割ったのではなく、ただ傷を入れただけなのだ。
「逸話や伝承ってのは多少なりとも誇張されるものですし、ファントムに至っては、その原始を起点に能力を拡大解釈していくものです。それをあのタペストリーは現実的な次元にまで落とし込む。結果的に、ファントムは能力を十全に扱えず、タペストリーを破るのに苦労するというわけです」
絶対防御ではなく、概念防御。
強引に破ることは出来るけれども、能力を十全には扱えない。非常に厄介な能力である。
「ただ、久能一年たちの趣味が悪いところは、その特性の裏を突いた点にあります」
「裏? だって、弱体化するだけのものですよね。どう利用するんです」
「これはあたしも誤算だったんですよ。あたしは『カール・セプトの鏡回廊』が討伐された記録をタペストリーに編み込みました。普通だったら、元となった原始の敗北の記録はファントムにとってこれ以上無い弱点なので、これを超えることは難しい。でも、そこに描かれた姿は『カール・セプトの鏡回廊』の全盛期の姿でした。それを、七塚ミラはコピーした」
「………はい?」
怪訝そうにする円居教諭を見て、イチルはくすりと笑う。まあ、困惑するのも当然だ。イチル自身、その現象を眼にした瞬間は何が起こったか分からなかった。
七塚ミラはまず、『機織』の因子をコピーして、タペストリーの制御をもぎ取った。そして、その中に描かれていた『カール・セプトの鏡回廊』の全盛期の姿を取り込んだ。
結果――一瞬だけ、七塚ミラは霊子災害だった頃の能力を扱えるようになった。
「もちろん、発生したてのファントムの許容量で、全盛期の霊子災害の力なんて扱えるわけがありません。七塚ミラのキャパシティは一瞬でオーバーして、霊具の鏡は割れて霊子体も壊れかけました。ただ、その一瞬だけは、まるで全能に近い鏡の能力を扱えたはずです」
その一つが、自身の怪我をイチルにも負わせる鏡写しの呪いだ。イチルはパッシブスキルの一つに呪詛耐性を持っているのだが、『カール・セプトの鏡回廊』の力は、その呪詛耐性を軽く超えてきたため、イチルの左脚は吹っ飛んだ。
「七塚ミラがやったもう一つの行動は後に説明するとして――左脚を切り落とされたあたしは、一瞬だけ隙を作ってしまいました。その間に、久能一年がタペストリーを攻撃します。『機織』の因子に直接つながっている製作物に、因子崩しを行いました」
結果、イチルの『機織』の因子は一時的に機能を停止した。
ここで久能シオン側の誤算は、因子を破壊されたファントムが、間髪入れずに次の行動に移ることが出来た点だ。
「あたしの因子の一つ『転身譚』は、文字通りアラクネの転身譚が元です。そのパッシブスキルは、自身が死ぬかそれと同等の傷を負った時に、その身を蜘蛛に変えるというものです」
『転身物語・蜘蛛』
神話において、アテナに頭を打ち据えられたアラクネは、たまらず首をくくって自殺してしまう。それを哀れに思ったアテナは、ヘカテの霊薬をかけてアラクネを蜘蛛に変えて蘇らせ、未来永劫糸を編み続けることとなった。
「神話解釈は色々ありますが、アラクネが自死した理由について、ファントムとしてのあたしは一つの答えを出しました。それは『機織ができなくなったこと』。アラクネは、自身の存在理由であった機織の技術を失ったから、自死したんです」
機織の技術を鼻にかけて神を愚弄したアラクネは、その自身の傲慢を奪われた。だから自殺するしかなかった彼女を、アテナは憐れんだのではないか。
故に、イチルの『転身譚』の発動条件には、わずかでも機織を行う機能が失われた場合も含まれている。それは指一本でも失ったら条件を満たすので、『機織』因子そのものが破壊された場合は、問答無用で発動である。
「まあでも、まさか『機織』の因子を完全に停止されるなんてこれまでなかったことだったので、あたしも動揺しましてね。一瞬我を失って、霊子災害だった頃みたいな暴走をしてしまいました。そして、がむしゃらに久能一年を襲おうとして――何故かその後ろにあった、シンボル柱を破壊してしまった、と」
「そこですよ。外から見ている人からすれば、なんで立ち位置が入れ替わっていることに気づかなかったのか、疑問だったんです」
立ち位置の入れ替わり。
シオンたちとイチルの立ち位置は、完全に入れ替わっていた。そのタイミングは、七塚ミラが『カール・セプトの鏡回廊』の力を取り戻したあの一瞬である。
「七塚ミラが行った二つ目の攻撃がそれなんですよねー。あの子の鏡の迷宮は、外からは歴然でも、中に入っている人物は本当に認識できないみたいです。だから、あたしの背後にあったはずのシンボル柱が、久能一年の後ろにあることに、最後まで気付けなかった」
元々は、イチルの因子を破壊して動きを止めた後、シオンがシンボル柱を壊しに行きやすいように場所を入れ替えただけという話だった。
ただ、結果的に暴走したイチルが、シオンを攻撃する余波で破壊することとなった。このあたりは、互いの誤算が複雑に絡み合ったゆえの結末だった。
「ほんっと、情けないですよ。指導試合のつもりが、滅多にない不測の事態だらけで振り回されたんですから。あたしもまだまだ修行不足だと反省です」
なにより、と。
イチルはどこか悔しげに、顔を歪ませながらぼやいた。
「七塚ミラ。あの子は、かつて霊子災害だった頃の自分の姿を難なく受け入れました。変わった今の霊子生体も、変えられた過去の霊子災害も、どちらも目を背けず、使えるものなら全部使うと割り切っていました。あれには、蜘蛛に変えられたあたしじゃ敵いません」
覚えるのは嫉妬。
あるいは憧憬。
機織の神霊は、ロートルがルーキーを眩しく思うように言った。
「なにせ、自分を変えてくれた存在がバディとして協力してくれるんです。そりゃあ百人力でしょうよ。あーあ、あたしにも頼れるバディがほしいなぁ。ま、それがアテナだとしたら御免被りますけどね」
そんな風にぼやく織部イチルのことを、円居教諭は苦笑しながら見つめるのだった。
※ ※ ※
斯くして、マギクスアーツの選抜試験は幕を下ろした。
一年生のバディでこの選抜試験を通過した人数は、最終的に二十一名となった。一度で合格した者、何度も挑んで合格をもぎ取った者、様々であったが、その中で織部イチルが完敗を宣言したのは、二組だけだった。
一組は、明星タイガと千頭和ナギニのバディ。
そしてもう一組は、久能シオンと七塚ミラ。
インターハイ予選は続く。
少しずつ、シオンとミラの名前は広まっていった。
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キャラクターステータス 織部イチル
ここまでカクヨム版になかった新規エピソードでした。
次より、いよいよ最強の登場です。




