表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第一部 まだ青き出藍の鏡
19/68

神の愚行を描いた織布


 織部イチルによるマギクスアーツ選抜試験。

 合格条件は二つ。


・織部イチルの霊子体を消滅させる。

・背後のシンボル柱を破壊する。


 どちらかを満たせば、選抜代表としてインターハイのマギクスアーツ種目に出場出来る。

 多くの生徒は、シンボル柱を破壊する方に専念する。実際のマギクスアーツでも、ファントム同士が戦っている間に相手の魔法士を倒すことがセオリーになっているので、この試験でもその定石に従うのは間違いではない。


 しかし、シオンはあえて逆を選択した。


「まず、織部先生を倒す方針で行く」

「……シオンが言うんならそうするけど、本当に出来るの?」


 作戦会議の時、さすがのミラもその宣言に難色を示した。

 ミラはファントム同士の模擬戦で織部イチルと戦っているため、その強さをよく理解している。今から思えば、あれこそ手を抜きまくった片手間だったと思うが、それに完敗したミラがどうやれば彼女に勝てるのだろうか。


「今回の場合、織部先生のステータスは全て判明していることが大きい。彼女の戦い方の由来や、どんな弱点があるのかまで大まかに予測できる」


 特に、原始や霊具と言ったものは、実際の試合では隠されていて然るべきものなので、それが最初から分かっているというのは大きなアドバンテージだ。


 織部イチルの原始『アラクネの寓話』。

 それは、ギリシャ神話由来の伝承である。



---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 機織りで名声を得ていた田舎娘のアラクネは、その技術を鼻にかけて神をも恐れぬ発言を繰り返していた。その態度が手芸を司る女神・アテナの怒りを買い、アラクネはアテナと機織り勝負をすることになる。アテナが神の偉大さを織物で表現する一方、アラクネは神の不貞や不義を織り込むという不遜な行為を繰り返した。これに怒り狂ったアテナは織物を破り捨てると、アラクネの額を打ち据えた。それに耐えかねたアラクネは首を吊って自死する。その後、罰としてアラクネは蜘蛛に変えられて生き返らされ、一生糸を編み続けることとなった。

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------



 ラテン文学の『変身物語』の一編であり、原典ではアテナはローマ神話のミネルヴァとして語られている。神が信仰を司る分野で人間が張り合うことの無謀さを語った寓話だ。

 この逸話を踏まえて織部イチルの戦い方を見れば、能力の元が絞られていく。


「織部先生の操る糸は自分自身で作り出している無限の糸。それを織り込んで作り出すタペストリーは神々の不貞を描いたもので、多分『触れてはいけないタブー』という概念があるんだと思う。あとは、大きくなって半身が蜘蛛に変身するのは、まんま変身物語通りの逸話だ」

「うーん、それじゃあわたしが『鏡像再現(かんぜんさいげん)』で蜘蛛の姿をコピーすれば良いの?」

「いや、実はあの姿に変わっても、特に織部先生のステータスが急激に上がった感じではなかった。身体が大きくなったのと、暴れまわっていたから強くなったように見えてたけど、実際はそれまでしていた手加減を少しやめたって程度だと思う」


 本来の姿を取り戻して、多少動きやすくはなっているようだったが、能力値が上がっていないので、仮にあれをコピーしてもミラに恩恵はほとんどない。


「織部先生が厄介なところは、『糸』と『機織』の因子が別に存在することだ。多分『糸』は編糸を作り出す能力で、『機織』は糸を操る能力だ。どちらか片方をコピーしても、彼女のように糸を自在に操って攻撃する事はできない」


 今のミラでは、二つ以上の因子をコピーした場合、一つ一つの因子の精度はかなり下がる。相手より劣化した能力では太刀打ち出来ない。それに、シオンの『因子崩し』を使うためのサンプリングをするには一つの因子に絞った方が良い。

 ミラの今後の成長次第では、将来的に複数の因子を高い精度でコピーすることも出来るだろうが、今の時点でそれが出来ない以上、別の戦法を考えるべきだ

 そうなると、やはりシオンの対ファントム用魔法を主軸に考えるしか無い。


「勝ち筋として考えられるのは、僕の因子崩しを織部先生にぶつけることだ。あの魔法は、一撃さえ与えられればファントムの動きを十秒程度止められる。その間にミラがとどめを刺すか、あるいはシンボル柱を壊せば良い」


 なので、織部イチルを倒すとは言ったものの、あくまで勝利条件はシンボル柱の破壊だ。

 因子崩しで足止めできる時間はせいぜい十秒。これが、因子を完全に破壊できるのならば話は別だが、シオンの攻撃では一時的に機能不全を与える程度が精一杯だ。

 複数の因子を持っているファントムは、一つが壊されてもすぐに他の因子を使って動けるようになる。よほど致命傷になる因子を傷つけない限り、因子崩し単体でファントムを倒すことは出来ない。


「問題は、どの因子を狙うかだ」


 シオンが因子崩しを使う上で必要な条件は、相手の因子をサンプリングすることと、その因子が励起状態の時に魔法を直接ぶつけることの二つだ。

 必然的に、ミラにコピーしてもらう因子を選ぶことにもつながる。

 予測されるパッシブスキルや、ミラが扱える能力の範囲を考えて最終的に一つの因子を選択する。その中で、ミラが一つだけ気になることを口にした。


「イチル先生が作るあのタペストリーって、何なのかな? シオンは『触れられない』概念だって言ったけど、でも、さっきは最終的に破壊されてたよね」

「……神話ではアラクネが作った織物を怒ったアテナが破り捨ててたから、完全じゃないってことだろうけど――考えてみたら、どこに破壊できるラインが有るのかは気になるな」

「うん、それにね。さっきの試験を見てて、あの日本刀の人がタペストリーを斬りつける時、切り落とせなかっただけで、ちょっとだけ傷は入っていたと思うの」


 それは無視できない話だった。

 あのタペストリーは、神話上の神の不実を描いたものではなくて、もしかしたら――


 そうして、一通り作戦を練り直したシオンとミラは、満を持して試験に向かった。

 霊子庭園内では、織部イチルが仁王立ちで待ち構えていた。


「次の挑戦者ね。――と、あらら。まさか、またあなたの顔を見るなんてね。鏡の神霊さん」


 イチルは髪を結わいながら意外そうに目を丸くした。先の戦闘でほどけた髪を結う様子はこれまでも見てきた。今度の髪型は三つ編みの一本結びで、瞬く間に髪型を完成させる。


「あの時ちょっと痛めつけすぎたから、もう諦めたと思ったんだけどねー。まさかあなたとバディを組む子がいるなんてね。そして――そっちはそっちで、有名人なんだっけ?」


 とぼけたように言うイチルの言葉に、シオンは無言を返す。

 一人、ミラだけが意気込んで指を突きつける。


「あれくらいじゃ諦めないもんね! リベンジだよリベンジ! シオンが本気出したら、あなたなんて簡単に倒せちゃうんだから!」

「あらら。これは威勢がいいこと。自分がじゃなくて、バディが倒すって言う辺り、よっぽど信頼しているんだ。でも――簡単に合格させる気はないよ」


 微笑ましいものでも見るようにゆるく笑った後、イチルはそのまま両手を広げる。

 迎え撃つように、シオンはロッド型のデバイスを構え、ミラは七枚の鏡を顕現させる。


 程なくして、試合を開始する合図が鳴る。


 試合開始(キャスト・ア・スペル)


 試合が開始した直後。

 ミラはまっすぐにイチルへと駆け出し、そして――()()()()()()()()()()()()()()()()()


「――あ、れ?」


 ひうんひうんひうん、と。極細の糸が空気を切る音が聞こえる。 

 スカートから伸びる右足が、見えない糸に釣り上げられた後、無惨にも宙を舞う。片足を失ったミラは慣性に従ってその場につんのめり、勢いよく転げ込んだ。


「言ったでしょ。簡単に合格させる気はないって」


 いつの間にか右手に握られていたシャトルをたぐりながら、織部イチルは挑戦的に笑う。


「あなた達の奮闘も、希望も、執念も。全て取り込んで編み込んで織り込んであげる。導きはするけど容赦はしない。だから――死力を尽くしなさい、鏡の神霊!」


 機織の神霊は、昂然たる口上とともに二人の前に立ちふさがった。


 ※ ※ ※


 織部イチルは、七塚ミラの右脚を切断すると同時に、自身の肉体に起きた現象を理解した。


(ダメージを跳ね返すタイプのパッシブスキルか。前の模擬戦で感じた違和感はこれだねー。でも、返せるダメージはせいぜい三割程度。それも、一定以上は跳ね返せないと見た)


 ミラの右脚を斬り落としたので、その鏡写しになっている左脚に違和を感じる。

 最も、イチルは呪いの類に耐性を持っているため、ほとんど無傷に近い。


「さあ、どうしたの。まさかこれで終わりってことはないよね」


 イチルは挑発の言葉を口にしながら、周囲に糸が張り巡らせる。

 遮蔽物のない平らなフィールドであるにも関わらず、編糸は縦横無尽に空間を席巻する。この糸は全てイチルの肉体の延長として自在に操れる。


 彼女の右手に握られた木の板は、機織で経糸(たていと)緯糸(よこいと)を通すために使う(シャトル)

柘植(つげ)()』と呼ばれるその霊具は、多種多様な糸を媒介に様々な織物を編み込む道具だ。機織の神霊としての真価はこちらの方で、このシャトルを使って編み込んで作り出したタペストリーは、下手な絵画では太刀打ちできないほど精細に事象を描き出す。


 例えば――


「鏡の迷宮。『カール・セプトの鏡回廊』だっけ」


 右脚を切り落とされた拍子で地面を転がった七塚ミラの姿を見る。

 見て、視て、観て、診て――観察に鑑識を重ね、検証に検討を重ね、鏡の神霊の因子の本質を探り当て、その伝承を物語としてタペストリーに編み込む。

 ものの数秒で編み込まれたタペストリーには、鏡の神霊の逸話が描かれていた。


 アクティブスキル『神の愚行を(ディバンク)描いた織布(タペストリー)


 そこに描かれているのは、相手のファントムの『本質』だ。

 目を背けたくなるような現実。

 隠そうとしていた事実。

 表に出していない裏側

 ――そういった逸話の根源を表現したタペストリーは、いわばファントムにとって弱点そのものに等しい。


 故にイチルは、試験としてまずこのタペストリーを作り上げ、バディであるファントムの方へと問いかける。

 自身の弱点を露呈された時、お前は如何に対処するか――と。


(さあ、立ちなさいな。鏡の神霊)


 いまだ地面に伏せたままの七塚ミラに対して、機織の神霊は心中で声かける。


(かつて霊子災害として猛威をふるい、禁忌となって恐れられ、やがて忘れられた哀れな時代の敗北者。ファントムとして生まれ変わって、あなたは変わったと思った? 以前とは違うと少しでも思った? でも、その変化は果たして良いことだけだったかな?)


 魔法の本質は情報の改変にある。

 それは、世界で日常的に行われている変化の延長に過ぎない。

 現実を恣意的に改変する魔法現象は、突き詰めていけば全ての生物が日常的に行っている営みの延長だ。捕食することも、素材を加工することも、環境を整えることも、自分以外の何かに変化を与え続ける生命活動は、どれもが現実界の事象を改変しているのと変わらない。ただ、魔法士やファントムは、その改変の範囲が形而上にまで及んでいるだけだ。


 魔力を使って情報を書き換え、現実に影響を与える。

 故に魔法士やファントムは、誰よりも変化が与える影響について考えなければいけない。


(霊子災害を元にファントムが生まれた時、現代の条例では別個体として扱い、霊子災害での罪を問わないこととなっている。それが当然だ。だって、ファントムは色んな因子を組み合わせて誕生する。霊子災害が元となっても、霊子災害と同一存在なんかじゃない――でも、あたしたちには、霊子災害だった時の記憶も残っている。それもまた、事実)


 巨大な蜘蛛が人々を踏み荒らす記憶がフラッシュバックする。

 理性どころか精神自体が存在しない、暴力の化身だった頃の光景は、まるで知らない記憶を無理やり植え付けられたような違和感だ。しかし、その出来事が事実であることを、このファントムの肉体は嫌と言うほど実感している。


 故に。

 ああ、故にだ。


(変わるものと変わらないもの。改変を受け入れ、残った本質に向き合う。それが出来るかどうかで、ファントムのあり方は大きく変わる)


 結局のところ、織部イチルはとことんまで指導員だ。

 戦いの中で如何に成長させるかを考えている。その課題を壁として乗り越えられれば良し、仮に挫折したのならばそれまでだ。


 さあ、鏡の神霊。

 あなたはどちらかな?


 作製したタペストリーを振り回しつつ、イチルは相手の出方を待つ。

 地面に伏したままの七塚ミラ。そして、反撃のためか魔法式の準備をしている久能シオン。彼らが一歩でも動けばそれに合わせて対応する。まるで横綱相撲じみた風格で、彼女は挑戦者の次の一手を待つ。


 膠着状態は十秒ほどだった。

 ぴくり、と。倒れていたミラの指先が動く。


 後から思い返せば、()()()()()()()()()()()


 そこからの目まぐるしい展開は、霊子庭園の外から観戦している者たちだけでなく、中で戦っている当事者たちですら全容を把握することは難しかった。魔法現象は現実を改変するという性質上、往々にして、複雑に絡まり合うことで何があったかを把握しづらくなる。


 故に、まず起こった事実だけ描写しよう。


 七塚ミラの指が動いたのを見て、織部イチルは『神の愚行を(ディバンク)描いた織布(タペストリー)』をミラに対して振りかざした。

 それに対し、ミラは七枚の鏡の全てをタペストリーに向けた。相手の弱点を露出させるタペストリーに、真っ向から対抗した形だ。

 そして次の瞬間――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 七塚ミラは全身ボロボロとなり、かろうじて霊子体が残っている程度の瀕死となった。


 続けて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「え――は? なん、」


 で、と言おうとした口は、それ以上言葉を紡げなかった。

 久能シオンがロッド型デバイスを振りかぶっていた。彼はそのまま『神の愚行を(ディバンク)描いた織布(タペストリー)』に向けてデバイスを振り下ろす。


 左脚を失って倒れ込んでいたイチルは、地面に身体が叩きつけられる前に二度目の衝撃を受ける。

 彼女の本質とも言える『機織』の因子に傷が入ったのだ。まるで指の腱を切られたような激痛に襲われ、一時的に機織の能力を失った。


 それは、彼女のとあるパッシブスキルが発動する条件を満たした。


転身物語(メタモルポーセース)・蜘蛛(・アラクネー)


 シオンがタペストリーに因子崩しを行って、わずか一秒後のことだった。

 これにはシオンも驚いたらしく、とっさに回避行動を取る。イチルは地面を多脚で思いっきり踏みしめると、逃げようとしたシオンを追って飛び上がる。


 この時、織部イチルには珍しく余裕がなかった。


 事前に覚悟したものではない『機織』因子の機能停止に、思わず防衛反応として反撃をしていたのだった。それは反射に過ぎないので、次の瞬間には理性を取り戻すのだが、少なくとも一撃だけは全力を出さざるを得なかった。


 全力で飛び上がってからの踏みつけは、シオンと、そして――何故かその後ろにあったシンボル柱を襲った。


 シオンは片腕を吹き飛ばされたが、まだかろうじて霊子体を残していた。しかし、無機物であるシンボル柱はただ破壊されることしか出来なかった。


 そうして、試験は終了した。




 久能シオン&七塚ミラ

 マギクスアーツバディ戦選抜試験 合格




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ