マギクスアーツ選抜試験
インターハイ予選は様々なところで話題を呼んでいたが、その中でも最も波乱を起こしていたのは、マギクスアーツの選抜試験だろう。
魔法学府六校で競い合うインターハイにおいて、学校代表として出せる生徒は多ければ多い方が良い。とはいえ、有象無象が出場して学校の評判を落とされても困るため、一定の実力がある生徒たちを送り込みたいというのが学校の本音だ。
競技性の高い他の種目と違って、マギクスアーツは正面切っての対戦競技である。それゆえ、わかりやすい強さが求められる。故に学校代表を決める際も、実力のあるものを取りこぼさず、さりとて実力不足をふるい落とすための基準として、選抜試験が行われる。
「というわけで。今年の一年バディの選抜は、このあたしと戦って、倒すか条件を満たしたら代表選抜っていうわけ。どう、わかりやすいよねー」
そう言って立ちふさがったのが、テクノ学園霊子科所属のファントム、織部イチルだった。
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◯織部イチル
原始『アラクネの逸話』
因子『機織』『糸』『転身譚』『風刺』『自死』『傲慢』『天罰』
因子七つ。ハイランク
霊具『柘植の杼』
ステータス:筋力値C 耐久値D 敏捷性B 精神力C 魔法力A 顕在性C 神秘性B
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公開ステータスには非公開部分がない。
元々は隠されていたそうだが、長い学園生活で多くの生徒の相手をするうちに看破され、隠す必要がなくなったのだそうだ。
本来、正体が看破されると同時に対策も立てられやすくなる。
多くの競技者は、この時点で勝てなくなって引退を検討し始めるが、残りの半数は正体がバレてもなお猛威を振るうファントムたちなので、確かな実力があるといえる。
「行くぞ、カブト! 叩き斬れ」
「へいへい。ま、そう焦んなさんな」
現在、選抜試験に挑んでいるのは、一年実技A科・天城セイヤとそのバディ・榊原カブトだ。
先日久能シオンと模擬戦を繰り広げたばかりの彼らは、あの敗北から戦術を組み直し、仲間内でも見違えるほど実力を伸ばしていた。
セイヤが空間を水蒸気で覆って相手の視界を塞ぎながら、カブトが正面から頭を打ち据えるために一足に踏み込んでいく。
しかし――その上段からの斬り落としは、イチルが頭上に広げたタペストリーに阻まれる。
「む――なんと」
「ダメだよダーメ。視界を塞ぐなんて妨害、視力に頼らない空間把握ができればなんの意味もないんだから。それに、上段からの斬り落としなんて直接的な攻撃は、防いでくださいって言っているようなものでしょ。防御を無視出来るからこその強引な一撃なんだろうけれど、それが通じるのは単純な力比べの時だけだよー」
「はは、それは手厳しい。しかし、防ぐと言うにはあまりに手応えが無いのは、さすがに自信を喪失してしまうよ」
刀の一撃を防がれたカブトは、距離を取って構え直しながらそうごちる。彼にとってそれは原始に根ざした必殺の攻撃なので、それが通じないのは存在を否定されたに等しい。
それに対して、イチルは頭上に編み込んだタペストリーをほどいて消滅させると、「くく」とくぐもった笑い声を上げる。
「さて、正面切っての強行ではあたしに傷を負わせられない。ならどうすればいいと思う? 勝ち筋は一つじゃないよ。あたしの逸話、あたしの能力、あたしの仕草――全部考慮して、あなたたちだけの攻略法を見つけてみなさい」
マギクスアーツ代表選抜――それは、試験管である織部イチルを仮想プレイヤーとし、勝利条件を満たせばクリアというものだ。
勝利条件は必ずしもファントムを打倒する必要はない。これはあくまでマギクスアーツの仮想試合なので、別の勝利条件も用意されている。
プレイヤーとして参加しているのはイチルだけだが、仮想のバディとして背後に円柱が建てられている。その人間と同じ大きさのシンボル柱が魔法士の代わりであり、円柱に攻撃を加えることで魔法士を倒した扱いに出来る。
マギクスアーツの勝利条件は魔法士の霊子体が消滅することなので、仮にイチルを倒せなくても、イチルの間を縫ってシンボル柱を破壊しても良い。
だが――それができれば苦労しないというのが、試験に挑む一年生たちの本音だった。
「どうだい、シオンくん。攻略の糸口はつかめたかな?」
試験の様子を観察していたシオンに、ノキアが話しかけてきた。
霊子庭園の中では、まだセイヤとカブトのバディが戦いを続けている。果敢に攻めているが、試験官であるイチルはその全てを上手く対処し、少しの隙も見せないでいる。それは実力差を見せつけると言うより、あくまで教師として指導をしているような余裕がある。
「厄介だよ」
シオンは正直な気持ちを口にした。
「織部先生は搦め手だけじゃなくて直接戦闘力もある。本当ならゴリ押しでも勝てる人が搦め手も使ってくるんだ。さすが、十年近くこの学園の戦闘指導員をやってきていただけある」
「シオンくんでもそう言うなら、私たちじゃ無理だね。はは、ここはお墨付きをもらったことだし、私はこの試験は辞退しておこうかな」
元から参加するつもりはないのか、ノキアは気楽そうにそう言う。
彼女はそう言っているが、ノキアやトゥルクの実力があれば、この試験であれば突破できるのでは無いかとシオンは考えている。
織部イチルというファントムの今までの戦い方を見ていると、彼女の戦い方は一芸を封じることに長けている。例えば先程の榊原カブトの一撃にしろ、それが必殺の攻撃であることを分かっていたからこそ、その必殺が成立しないように逆算で戦闘を組み立てている。
ミラがファントム同士の模擬戦をしていた時も、イチルはミラの存在の起点が鏡であることを見抜いて、本体ではなく鏡の方を執拗に狙っていた。おそらくはそういう洞察に優れたファントムなのだろう。だからこそ、一芸特化より、トゥルクのように多彩な攻撃手段を持っているファントムの方が戦いやすいはずだ。
最も、それだけで通用するなら、何組ものバディが敗れたりはしないが。
霊子庭園内では、なんとかセイヤたちがイチルに決定打を与えたところだった。
防御に使用されるタペストリーをセイヤが魔法で焼き払い、イチルが放つ糸の間を、榊原カブトが縫うようにして駆ける。膨大な情報圧が吹き荒れ、目まぐるしく情報が書き換えられていく。糸と刀の攻防はやがて決着が付き、カブトの放った突きが衝撃とともにイチルの肩を穿った。カブトはそのまま刀を振り抜き、イチルの腕を斬り落す。
大きな負傷を与えてやっと隙ができた。それを見て、セイヤが氷の魔法で背後にあるシンボル柱を破壊しようと試みる。
だが――次の瞬間、片腕を失ったイチルのシルエットが変わった。
「――『転身物語・蜘蛛』」
イチルの切り落とされた腕が再生する。
さらには彼女の下半身が膨れ上がり、合計六本の脚が生えて地面を踏みしめた。身体も全体的に大きくなり、上半身が女性、下半身が蜘蛛という姿は、戯曲に描かれる蜘蛛の怪物そのものだった。
その姿になってからのイチルは苛烈だった。
多脚によって踏みしめる一歩は地面を激震させ、両腕で振るう糸は空間を切り裂き真空波を放った。その暴威はもはや霊子災害と変わらない。暴れまわる蜘蛛女の暴走に、程なくしてセイヤとカブトの霊子体は破壊された。
「……いや、反則じゃない? あれ」
目の前で繰り広げられた顛末に、さすがのノキアも絶句する。いくらなんでも容赦がないと言うか、ハイランクファントムの純粋な暴力で来られたら、太刀打ちできる者は限られるだろう。試験でそれを行われたら溜まったものではない。
「っていうか、イチルちゃんって元々霊子災害だったって話じゃん。その力開放されたら勝ち筋なんてなくない?」
「一応、勝ち筋は用意してくれている。無秩序に暴れまわっているように見えて、実は攻撃をパターン化してくれているから、それを見極めたら隙をつけるはずだ。ただまあ、分かったからと言ってそれに対応できるかは別の話だけれども」
実際、何名かはそれで合格をしていた。
とはいえ、まだ一年生の合格者の数は一桁である。
「織部先生はまだ全然本気を出してない。戦い方も、生徒の攻撃を受け身で対処してばかりだし、能力も一部封印しているはずだ。過去のデータを見ると、本気を出されたらそもそも一年生じゃ勝ち目なんかない」
「じゃあ、シオンくんは合格できそう、アレ」
「……勝たないと、始まらないからな」
そう、織部イチルはあくまで試験の一つでしか無い。
本当にウィザードリィ・ゲームで戦っていくのなら、彼女くらいの敵はいくらでもいるはずだ。何より、本番はファントムだけでなく魔法士も戦いに出てくるのだから、この程度の試練は超えなければ話にならない。
だから考える。
戦い方を。
勝ち方を。
壊れた魔法士と生まれたてのファントムで、如何にしてあの機織の神霊を打倒するか。これは一つの正念場だった。
※ ※ ※
いや、やりすぎでしょう。
魔力供給係として試験に協力していた円居鶫教諭は、一年生相手に暴れまわる蜘蛛女の姿を呆れた表情で見ていた。
何がそれなりに加減するだ。
むしろ全力で叩き潰しているじゃないか。
「……こういうとこが、西園寺先生とかと気が合うんだろうなぁ」
二年の学年主任の顔を思い出しながら円居教諭はそっとぼやく。
イチルにしろ、西園寺教諭にしろ、教育方針が叩けば伸びるという超スパルタだ。憎らしいのは、絶妙なさじ加減で生徒を諦めさせないようにするところだ。
今しがた敗北して戻ってきた一年の天城セイヤにしても、試験の中で勝てる可能性を発見したようで、すぐにバディとともに作戦会議をしに行った。そういう意味では、なるほどイチルの言うところの加減が効いているのだろう。
「まあ、中にはそんな加減なんていらない生徒も居たけれども」
思い出すのは、昨日のことだ。
一年実技A科の明星タイガと、そのバディ・千頭和ナギニ。
この二人は、織部イチルが用意した試験を難なくクリアした。バディのファントムが強力であることは事前に分かっていたため、イチルはこの二人に関しては特別に制限を取っ払って、全力で迎え撃ったにも関わらずだ。
「織部先生が負けるの、久しぶりに見たっけ」
現在の二、三年生が相手でも、イチルは大抵の生徒には余力を残して指導出来るくらいの実力がある。そんな彼女が真っ向から破られたのだから、粒ぞろいの中でも特出した逸材だ。
「明星くん程の子は、さすがにそうそう居ないだろうけど……」
そう考え事をしていると、次の挑戦者が現れた。
その人物を見て、円居教諭は思わず「あら」と素の声を漏らした。
「こんにちは、久能くん。あなたも選抜に挑戦?」
「はい。準備ができましたから」
痩身矮躯の不健康そうな少年である。血の気を感じられない青白い肌と、目の下にくっきりと刻まれた隈が見ていて不安になる。
彼については、入学前から学園内でどう扱うべきか多くの時間をかけて検討されてきていた。結局、その知識と学習能力は伸ばすべきだが、実技面を評価することは難しいというのが、学園の総意だった。
それがまさか、こうして魔法競技に参加することになるとは思わなかった。
「テクノ学園の一教師があまりこういうことを言うべきじゃないのだけれど――あなたが競技に挑戦しようと思ってくれたのは、とても嬉しいニュースでした」
「……そうなんですか? てっきり僕は、歓迎されていないものかと」
「まあ、学園としては、そうですね」
やはりそういった空気は、本人にも伝わっていたらしい。
テクノ学園は良くも悪くも適正を重視する。経験を積むうえで他分野を学習することは推奨するが、適正に合わない分野を専門にすることをあまり歓迎しない。はっきりと時間の無駄であると言い切る教師もいるくらいだ。
特に三年時には、その方針によって生徒の受講する講義ははっきりと分かれるようになる。実技科で入学した生徒が、研究科や技術科を選択して表舞台から去る光景を何度も見てきた。
そんな中で、本人ですら最初から研究目的と割り切って入学してきた生徒が、魔法競技に挑戦しようと考えてくれたことは、教育者として喜びだった。
「学校っていうのは、本来は可能性を広げるための場所です。知識を学び、技術を磨き、見識を広げるための場所です。そんな場所で、最初から可能性を閉ざすことのもったいなさを私はいやというほど見てきました。もちろん、誰もが最終的には自分にあった道を選んでいくことになります。でも、その可能性を最初から間引いてしまう必要は無いです」
だから、と。
円居教諭は、非常に個人的な気持ちから、久能シオンを激励した。
「あなたの可能性が少しでも広がったのなら、それは定まっていたかも知れない現実をちょっとだけ改変するような、あなただけが使える魔法だって思います」
教師からそんな言葉を言われるのは珍しく、シオンは困ったように頭をかいた。
「……なんだか、ここまで言われて失敗したら、不甲斐ないですね」
「失敗しても良いんですよ。だって、いつかできるようになれば良いんです。先生は、久能くんはそれが出来る生徒だと思ってます」
「……やれるだけのことは、してきます」
最後まで困った表情で、久能シオンはバディを引き連れて霊子庭園へと入っていった。
柄にもなく生徒に肩入れしてしまい、円居教諭も多少の気恥ずかしさを感じる。それを誤魔化すように努めて真面目な表情を作って、霊子庭園への魔力供給を再開する。
(神童――四年前に魔法に関わっていた人たちで、その名前を知らない人なんて居ない。今は過去になってしまったとしても、一度表舞台に出れば、嫌でも意識される)
その時に浴びせられる不躾な視線を思えば、本当は彼の背中を押すべきじゃないのかも知れない。かつての実力を失った人間に、その期待に応えろというのはあまりに酷な話だ。
しかし、それと同時に、これから挑戦をしようとする生徒のことを応援できなくて、何が教師だと言う思いもある。
(なんとも勝手な話だけれど――がんばってくださいね、久能くん)
はっきり言って、彼とそのバディが織部イチルに勝てる未来はまったく見えない。
だからこそ、少しは気楽に、その試験を見学できるかと思った。
最も――この十数分後、円居教諭は自身の見通しの甘さを思い知ることになる。
ここからはじまる織部イチルの選抜試験は、元のカクヨム版にはなかった新エピソードです。
機織の神霊の試練をシオンたちはどう超えるのか。乞うご期待。




