インターハイ予選開幕
検診の日がやってきた。
本来ならばリハビリも兼ねて月に何度か通う必要があるのだが、今月はウィザードリィ・ゲームの準備で忙しかったため、検査の日まで一度も顔を出さなかった。
今日の肉体のメンテナンス自体は無事に終了した。成長期が終わりさえすれば、シオンの検査は経過観察だけになる。それまでは、人工臓器などの検査は欠かせない。
ひと通り検査が終わった後、シオンはいつも通りアヤネの見舞いに行く。
病室の前にたどり着くと、壁の前で腕組みして待つ飛燕の姿があった。
「ふむ、ようやく登場か」
どことなくホッとした空気を発しながら、彼はシオンに向き直る。
「悪いニュースだ。本日のお姫様は大層機嫌が悪い。せいぜいご機嫌取りをするんだな」
「……あまり聞きたくなかったな。それは」
予想はしていたことだ。普段からシオンの前では機嫌の悪いアヤネだが、今日はそれがより一層ひどいだろうと予想していた。なにせこの一ヶ月、一回も顔を出していないのだから。
ため息を一つ付きながら、シオンは病室をノックする。
「アヤ。入るぞ」
返事はない。
十秒だけ待って、拒否の言葉がないのを確認する。
扉を開けると、まず雑多な様子の病室が目に入った。衣服が散乱し、ベッドのシーツが無造作に捨て置かれている。病室の床には数式が書きなぐられた紙が撒き散らされており、足の踏み場もない様子だった。乱雑に置かれた本は開きっぱなしで、書き損じたノートは破られるはしから床に捨て置かれている。
その中央で、ペタンと床に座り込んでいるアヤネの姿があった。病衣は着崩され、ほとんど布一枚と言った様子だ。そんな危うげな姿で、彼女は胡乱な目をシオンに向ける。
「あ、アヤ?」
これは予想外だった。
いつものようにベッドの上で本でも読んでいるものだと思ったら、何かの作業中のようだ。その雰囲気は、かつて魔法に耽溺していた頃の彼女を思いだす。
「……ああ。アンタか」
どす黒く濁った、敵意むき出しの目が向けられる。彼女の刺々しい態度には慣れっこだと思っていたが、今日のアヤネは一味違った。背筋が凍るような眼光に、思わず身を震わせる。
アヤネは肩からずり落ちた病衣を着直しながら、淡々と言う。
「よくもまあ、私の前に顔を出すことが出来たわね。なに? 今日は暇ができたの? そうでしょうね。忙しいシオンは、私みたいな落伍者の相手をする時間なんてないものね」
「…………」
これはまずい、とシオンは思う。
刺々しいだけならまだしも、饒舌なのはまずい。飛燕の言うとおり、かなり虫の居所が悪いらしい。なまじ言葉が通じる分、感情に逃げることが出来ないので危険だ。
「その。悪い、あんまり顔を見せなくて」
「ん? 何を言ってるの? 別に私は、シオンの顔なんて見たくないんだけど。それとも何かな。私を憐れみに来るのが日課にでもなってるの? ああ、そうだよね。誰だって、自分よりも下の人間を見たら安心するもんね」
「な、なあ。アヤ」
「バディとの関係はどう? シオン」
急に、彼女の声色が平坦なものに変わった。
眼光も、先程までの鋭さは鳴りを潜め、真っ暗な空洞がシオンを見つめている。
その変わりように、思わず金縛りにあったように動けなくなる。
「……知ってた、んだな」
かろうじて出たその言葉に、アヤネは鼻を鳴らして言い捨てる。
「ふん。まるで、知られたらまずいみたいな言い方じゃない」
「そんなつもりはない。今日は、その報告も兼ねてのつもりだった」
言い訳がましくなるのを感じながら、シオンは言った。
それに対して、アヤネはただ、黒瞳の視線を向ける。暗く昏い、真っ黒な瞳が、シオンを飲み込むように見つめる。アヤネの表情は、まるでポッカリと穴が開いたように、無表情。
なぜだか、緊張してしまった。
目の前の、つんけんした態度でいながら、実際はもろく壊れやすい少女を前に、どう扱っていいのか戸惑いながら、シオンは慎重に言葉を発する。
「ウィザードリィ・ゲームに出ることにした。今の僕じゃ、まともな戦いができるとは思っていないけれども、それでも、手助けくらいはできると思ってる」
「……その、契約ファントムが、ゲームをやりたいって言ってるんだ」
「ああ」
頷く。
この四年間、ずっとくすぶっていた思いを振り払うように、強く、意志を込めて。
本当は、こんな宣言は必要ないのかもしれない。
けれども、かつてのバディに対しては言っておきたかった。
「それで、そんなことを私に報告して、シオンはどうしたいの?」
「別に、どうもしない。ただ、アヤには知っていて欲しかったんだ。昔のようには行かないけれど、惰性じゃなくて、本気で取り組もうって決めたことを」
「……ふぅん」
シオンの宣言に、彼女は顔をそむける。
そして、傍らにおいてあった本とペンを手に取ると、読書を始めた。いや、途中でメモをとるかのように紙に何かを記しているので、なにか作業をしているのだろうか。
そんな風に書き物をしながら、彼女は一言。
「そう」
と、だけ、つぶやいた。
それ以上、彼女は言葉を口にする気はないようだった。その背中は、『勝手にすれば』と言っているように見える。いらだちは収まっていないようだが、その機嫌の悪さをシオンにぶつけるつもりはないらしい。
彼女の背に向けて、「じゃあ」とだけ声をかけて、シオンは病室を出る。
病室の外では、いつも通り、飛燕がくつくつと笑い声をあげていた。
「何時の世も、女の嫉妬というのは恐ろしいものだ。アレくらいになると可愛らしいとも言っていられない。触れば火傷しそうな危うさがある。最も、傍から見る分には良い肴であるが」
「……やっぱり、嫉妬か?」
「そうでなくて何だという」
何をわかりきったことを、と。飛燕は呆れた顔を向ける。
それに対して、弁明混じりにシオンは言う。
「アヤが、まだ僕のことをそう思ってくれているとは、思えなくてさ」
「それはいくらなんでも過小評価がすぎるな、少年。アレにとって君は、いつだって最優先だというのに。いい意味でも、悪い意味でもな」
夫婦げんかは犬も食わんよ、と。飛燕はぼやくように言う。
本当に、そんな生易しいもので済むのだろうか、とシオンは思う。自分とアヤネの複雑な感情は、どうしてもそう言った簡単な言葉で割り切れるとは思えなかった。
けれど――いつかそんな風に簡単な言葉で済む関係になれればと、思うことが出来た。
※ ※ ※
インターハイ予選が始まっていた。
一年生の中で、ファントムとのバディ契約を持っている魔法士は総勢三十七名だった。彼らにはインハイの予選に参加する資格が与えられるが、逆に言えば必ず二種類以上は予選に出場しなければならないという縛りがあった
夏に行われる競技のうち、バディで挑戦できる種目は次の五競技だ。
・魔法格闘競技 一種目
・集団乱戦競技 二種目(ポイント戦・サバイバル戦)
・魔法射撃競技 一種目
・魔法駆動機競技 一種目
・迷宮攻略競技 二種目(脱出型・解呪型)
五競技七種目――この中から、参加競技を決めていくことになる。
シングル戦は各学年で予選を行うが、バディ戦は上級生も含めた全学年で予選が行われる。そのため、本気でインターハイへの出場を狙うのならば慎重に競技を選択したかった。
最終的に、一種目だけは今回の挑戦を見送ることにした。
「この中で、唯一挑戦を見送りたいのが、ソーサラーシューターズだ」
「え? どうして?」
「射撃競技は技術面がかなり求められるから、一朝一夕じゃ難しい。それに、的を当てるための魔力弾を撃ち続けなきゃいけないから、魔力量に不安のある僕だと、よっぽど作戦を立てないとまともに勝てないからだ」
ソーサラーシューターズはルールも特殊なので、玄人好みの競技といえる。仮に挑戦するとしたら最後になるだろう。ミラも最初は残念がっていたが、最終的には納得してくれた。
似たような理由で、レース用の乗り物を魔力で動かすウィッチクラフトレースについても最初は見送るつもりだったが、何度か試運転をしてみて、かろうじて数レースならこなせることが判明したので、空気を掴むためにも挑戦してみることにした。
「それと、予選形式は基本的に他の生徒との競い合いだけど、マギクスアーツだけは特殊で、学園側の課題をクリアしたら一年生は代表になれるらしい」
理由としては、マギクスアーツは実力差が出やすいため、インターハイでは学年ごとのトーナメント戦になるからだそうだ。
テクノ学園の今年の一年のバディが三十七組なので、その中からできる限り多くの生徒を送り込みたいという学園側の意向なのだろう。
こうして、できる限りの競技に参加するため、シオンとミラは準備を進めた。
※ ※ ※
ダンジョン攻略競技『ドルイドリドル』
試合形式は多人数参加型と、タイムアタックの二種類がある。用意された迷宮を、とにかく先に解決してしまった方の勝ちという、大雑把なルールだ。
迷宮というのは霊子災害の一種で、迷い込んだ人間を取り込んで外に出さない結界のことを言う。過去に発生した霊子災害のデータや、それを改変した迷宮を擬似的に作り出し、競技として成立させるのがドルイドリドルだ。
迷宮の種類に応じて、『脱出型』と『解呪型』の二種目がある。
脱出型が集団戦で、解呪型がタイムアタックとなる。
無論、現実に発生する迷宮に比べて難易度は低いので、見どころとしては、いかに他のプレイヤーよりも早く謎を解いてゴールに辿り着くかという駆け引きにある。
妨害あり、戦闘ありというルールでありながら、単純なバトルではないため、玄人好みの競技と言われている。
今日行われている予選は、合計五組のバディが参加する『脱出型』だった。
予選の舞台はひと世代前の学校を模した建物だった。四階建ての三棟建ての校舎で、それぞれの教室に召喚されたバディたちは、校舎の謎を解いて脱出をしなければいけない。
試合が開始して十分後、シオンはダンジョンに仕掛けられた魔法式の原典に当たりをつける。そこら中に仕掛けられているトラップやモンスターは、『十戒』に背くような要素をモチーフにしており、それを解き明かすごとに、十の災いがプレイヤーを襲ってくる。
他のプレイヤーがモンスターとの戦闘や、プレイヤー同士の抗争に奮戦している中、シオンとミラの二人は最速の動きで一つ一つのトラップを解呪し、クリア条件を満たしていく。
今回は、一つのアクティブスキルを重点的に使用していた。
『光誘導・色彩誤認』
光の誘導により、自身を限りなく透明に見せるアクティブスキルで、ミラいわく『鏡に写った透明人間』という。
ちなみに、スキルの名前を決めるときに一悶着あった。
「だからお前のネーミングセンスは何なんだ」
「シオンにセンスのことは言われたくないんだよ」
むー、と二人してしばらく言い争っていたのだが、登録名はシオンの考えた方で統一し、呼び方をそれぞれが勝手にするという方向性で決定した。
フィールドを駆けながら、襲ってくるトラップや、他のプレイヤーの妨害をミラが反射していく。真正面からの戦闘でない場合、ミラの持つ反射の能力はかなり有用な能力と言えた。
他の参加者が直接戦闘で潰し合っている中、ほぼ無傷で二人は試合を終了させた。
「やった! また勝ったよ!」
飛びついてきて感激を言葉にするミラに対して、シオンは試合を振り返りながらつぶやく。
「やっぱり、この方向性だな」
なるだけ直接戦闘は避け、策と搦め手が通用する場を作り出す。それさえできれば、サポート型であるミラの能力で十分に戦える。
表面上はクールにしながらも、確かな手応えを感じてグッと手のひらを握る。
そうして数戦後、『ドルイドリドル』に関してはインターハイの出場権を獲得することが出来た。




