幕間 教師たちの会話
「こんにちは、円居せんせー。今年の一年生の様子はどうです?」
授業の準備で寄った職員室にて、一年技術科の担任を務める円居鶫教諭は呼び止められた。
呼び止めたのは、学園専属ファントムの織部イチルだった。
霊子学科の主任でもあるイチルは、ファントムでありながら一部の教鞭も取っている。人間ではないため魔法士の基礎科目には関わりを持たないが、ファントムが関わる魔法競技や霊子災害対策といった実技科目では彼女の出番も多い。
「どうもこうも」
と、円居教諭は曖昧な表情で言う。
「あまり芳しいとは言い難いです。入試の時から分かっていましたが、今年の一年生は全体的に実技の成績が振るわない生徒が多いです。一部の特出した生徒は居ますが、それ以外はぱっとしないというのが正直な所ですね」
「ふぅん。ま、魔法家系の子供は、オリエントとかオカ芸あたりに行くんでしょ? 一般家系から特出した子が居なかったら、しかたないかもですねー」
イチルは気だるげにぼやきながら、地面まで届く髪を軽く結い上げる。片手間の仕草であるにも関わらず妙に艶やかで、同じ女性でありながらつい見入ってしまう。
円居教諭がイチルと一緒に働くようになったのは、彼女が新卒で入職してからのことだから、もう十年近く前になる。順調に歳を取っている自分に対して、いつまでも外見が変わらないファントムの姿を見ていると、若干の嫉妬を覚えないでもない。
そんな内心を隠しながら、彼女はあくまで事務的に話を続ける。
「それと、思ったよりバディの成立率が悪いですね。もう少しでインハイ予選締め切りだというのに、まだ三十組ちょっとなので、かなり遅れ気味です」
「へぇ。意外。あたしが見る感じ、ファントム連中はやる気のある子も多かったと思いますけどね。ま、やる気だけが空回りしている子も、居ないでもなかったですけど」
特定のファントムのことを思い出したのか、イチルは少し嫌そうな顔をする。その含みのある様子が気になりつつも、円居教諭はそのまま話を続ける。
「まあ、バディ契約はいつ行ってもいいですし、相手をとっかえひっかえしたり、次の年にはバディを解消しているなんてことも多いですから、今の時期に必ずしなきゃいけないわけじゃないですけれどね」
そう言いつつ、例年であれば新入生四百名のうち、二割程度の生徒がバディ契約を結んでインハイに挑むので、今年の不作っぷりは目に見えて目立つものだった。
「そんなに不作なら、今年はあんまり間引きしない方がいいですかねー、選抜試験」
イチルの言葉に、円居教諭は「うーん」と曖昧にごまかす。
選抜試験というのは、インターハイにおけるマギクスアーツの代表選抜のことだ。
魔法学府のインターハイは、全国六校が集まって行う魔法競技の甲子園である。各学校の威信をかけた競技会でもあるため、その試合の様子はたいへん盛り上がる。
競技内容も、全学年合同の無差別級から、同学年同士が競い合う学年対抗戦があったりと、様々なバリエーションがあるので、一年生から出場機会に恵まれる生徒も多い。同時に、他学校の新入学生のレベルがどんなものかがひと目で分かるため、学校側も出場選手にはかなりの期待を背負わせることになる。
「シングル戦はともかく、バディ戦はファントムの相性で大番狂わせもありますから、織部先生の言う通り少し選抜をゆるくするのもありですけど……」
「まあ、確かに分不相応な生徒を出場させると、それはそれで学園の評判を下げかねないので、難しいところですよねー」
ゆるく言いながら、イチルはその長い指を折り曲げて数を数えるようにする。
「えっと、マギクスアーツのバディ戦は、一学年の出場枠が最低二十組、最高四十組ですよね。まあこの時点で一年生は定員割れでしょ。全員出しても良いけど、それで惨敗されても困る。かといって、少なすぎると学園の威信の問題になる、と」
つまり、少数精鋭にするか、数撃ちゃ当たるにするか、という話だ。
「円居せんせー的にはどうです? 全体としては不作でも、見どころのある生徒とかいるんじゃないんですか?」
「……まあ、バディを組めている子たちは、粒ぞろいだとは思いますよ」
自身の担任ではない実技科や研究科の生徒の顔がチラホラと脳裏をよぎるが、最後に浮かんだのは、教師陣の中でも話題となっている元神童の顔だ。
とは言え、彼の実力がかつての評判ほどでないことは入学試験の頃からわかりきっている。学園としても、彼へ期待するのは学術的な面での活躍であって、決して競技種目の方面ではない。
そんな余計なことを考えながら、円居教諭は他の生徒の印象を口にする。
「バディを組むことが出来た生徒たちは、自分たちが少数派だと分かっているのか、少し実力を過信している節はありますね。そういう意味では、バディの数は少ないですけれど、少数精鋭と言うには心もとないというのが本音です」
「あはは、中々はっきりと言いますねー」
ケラケラと表面上は笑いつつ、イチルの目は笑っていなかった。
「少数派だから自分は特別と勘違いする。はは、ありがちな選民思想ですねー。……わからせてやりたくなる幼稚さだ」
「……あんまり、厳しくしすぎるのも駄目ですよ。織部先生」
嫌な空気を感じて思わず円居教諭は制するように言う。それに対し、イチルはごまかすように「あはは」と笑って見せる。
「分かってますって。いくらうちの学校が露骨な適性主義だからって、厳しすぎるハードルを与えたら積んじゃいけない芽まで摘んじゃいますからね。――まあ、インハイの選抜基準については、競技科の主任たちとの相談次第ですから、それなりに加減はしますよ」
ただ、と。
イチルは目を細めて薄ら笑いを浮かべる。
イチルを始めとする学園専属のファントムたちは、生徒たちに求める最低限の戦力を教えるためにいる存在である。学園が求めるレベルは理解しているし、そこで手は抜かない。
実力不足ならば切り捨てるし、逆に成長の芽があるのなら無理矢理にでも引き上げる。
合理的に、機械的に。
あくまで仕事で、彼女はその能力を振るう。
「今年の一年代表、外に出しても恥ずかしくないように絞ってあげますよー」
意地の悪い笑みを浮かべる同僚の姿に、今年の選抜も荒れそうだと感じ、円居教諭は呆れたようにそっとため息をつくのだった。




