試合解説
「勝った……」
呆然とミラが呟く。
やがて実感が湧いてきたのか、彼女は飛び上がらんばかりに喜んだ。
「勝ったよ! 勝ったんだよシオン! すごい、本当に勝ったんだよ!!」
霊子庭園を解除し、生身に戻った瞬間、ミラが喜びを全身で表現しながら抱きついてきた。
「ほんとシオンの言う通りだったよ! やっぱりシオンはすごいよ!」
「分かった、分かったから落ち着け。疲れてるんだから」
霊子体で負った傷はかなり深く、疲労感としてフィードバックされていた。傷は引き継がないとはいえ、全く何の影響もないとは言えない。特に大怪我を負っていただけに、今でも肩口を斬られた感触を思い出してしまう。
しかし、勝者を放っておく観客などいない。仲間たちが興奮して口々に賛辞を浴びせる。
「おいシオン、今の試合なんだよ! ってか何しやがったんだよ一体!」
「術式崩しまでは見えたんだけど、ファントムを下した技がわからない。オリジナルかい?」
「ファントムに勝っちゃった……すごいよ久能くん!」
「あー、いや。ファントムは倒したわけじゃないから。活動に制限を負わせただけだ」
あまりにも褒め称えられて、気恥ずかしくなってきたシオンは、淡々と説明する。
「魔法式の崩壊の仕組みは知ってるよな? 複数の魔法が同時に展開されて混線したり、正常な処理ができなくなってエラーになると、魔法は不完全な形で発動するって。その応用で、ファントムが活動するために必要な因子を傷つけて一時的に不活性状態にしたんだ」
因子崩し。
無論、簡単な技ではない。この魔法式を成立させるには、二つの要素が必須となる。
一つは、敵のファントムが持つ因子を正確にサンプリングして反転させること。
もう一つは、直接影響を与えるために、相手の因子を励起状態にする必要があること。
前者の因子のサンプリングには、ミラの存在が必須だった。仮にも敵のファントムの情報を読み取るためには、何重にもかかったプロテクトを解除する手間が必要になる。しかし、味方であるミラが鏡の能力で因子をコピーすれば、解析の難易度は一気に下がる。
そして二つ目、因子を励起状態にすることは、戦いの中でそのタイミングを誘導した。
「今回の場合は、明らかにあいつの刀が、『刀剣』の因子に直結していた。それと、ことさら上段からの打ち落としにこだわっている様子から、その斬り方にも意味があると思った」
上段からの打ち落とし。
それはおそらく、彼の原始が関係する一撃のはずだった。
彼の持つ因子の四つ目『試斬』とは、刀の強度を試す行為のことを指す。純粋に強度を試すというよりは、観客に向けてのパフォーマンスの意味合いが強い。その際に、最も難易度の高いものとして『兜割り』というものがある。
試合の最後、カブトは最大限に自身の因子を励起させてシオンを斬り落とそうとした。
だからこそ、シオンの因子崩しは成功した。
試合が始まる前、作戦としてシオンはミラに三つの指示を出していた。
一つ、先制攻撃で来る上段からの刀を、鏡を使ったアクティブスキルで避けること。
二つ、刀剣の因子をすぐに写しとり、とにかく相手に反撃させないように追撃すること。
三つ、合図であえて攻撃を受けてパッシブを使い、すぐにシオンと立ち位置を換えること。
今回利用したミラのアクティブスキルは、『因子写し』――ミラいわく、『鏡像再現』。相手の因子を劣化コピーし、その技術やパッシブスキルを一時的に修得するというものである。
無論、劣化コピーなので真正面からぶつかってもまず敵わない。
だからシオンは、試合開始前にこう言ったのだ。
とにかく刀を持ったら、鉄の棒でも振り回すように戦え、と。
『刀で相手を斬ろうと思うな。とにかく叩くつもりでやれ』
『わかったけど、どうして? 剣技もコピーできるから、剣術を使った方がいいと思うけど』
『剣技での勝負では劣化コピーじゃ本物に対して数秒も持たない。けれど単純な膂力に任せた攻撃なら、仮にもファントム同士だ。最低でも数十秒は持つし、相手を混乱させられる』
あとは、動揺したファントムに対してシオンが因子崩しを行い、その間にミラが魔法士を仕留めればいい。結果として、シオンが描いた通りに事が運んだといったわけだった。
説明を終えたところで、再度ミラが歓喜の声を上げた。
「嬉しいよ! 初勝利だよぉ! ねえシオン、ありがとう!」
感極まっているのか、ミラは泣きながら抱きついて、シオンを離さない。
「おい、そんなひっつくなって。なんで泣いてるんだよ、お前」
「だって、嬉しいんだよ」
涙を拭いながら、ミラは頬を高調させて言う。
「わたしでも戦えるんだって。ちゃんと、勝てるんだってわかったんだもん。夢のままじゃない、本当に目指せるんだってわかっただけでも、すごく嬉しいよ」
今まで、彼女は何度負けてきただろう。
一人で力の差に打ちのめされ、無力に打ちひしがれ、それでもただ、漠然とした強迫観念に突き動かされて挑戦し続けた。
七塚ミラは、今日はじめて勝利を経験したのだ。
嬉しくないはずが、ないだろう。
「……馬鹿だな、お前」
呆れながら、シオンは涙を拭うミラの頭に手を乗せる。
「勝利なんて、これから嫌って言うほど経験しなきゃいけないんだぞ」
「うん!」
元気いっぱいに頷くミラに、シオンは気だるさの中で満たされたものを感じた。
勝利したシオンたちと対照的に、敗北したセイヤたちは元気がなかった。無理もない。息巻いて難癖つけてきた上に、格下と思っていた相手に負けたのだから、立つ瀬がないだろう。
もしここで別の生徒がもう一戦、と言ってきたら、素直に敗北を認めるしかない。怪我はないとはいえ、連戦は精神の消耗が激しすぎるため、先ほどのような神経を使った戦いは出来ない。そんな展開になってくれるなよと思いながら、シオンは精一杯虚勢を張る。
そんな時だった。
「一体何ごとだ、これは」
一人の少年が、セイヤたちの元に近づいてきて声をかけていた。
細い割に体幹のしっかりとした、背の高い少年だった。左目を隠すほどに長い髪の毛は、天然なのか透き通るように白く、一見すると銀色にすら見える。同じタイプの制服を着ていることから、かろうじて同級生らしいことは分かった。
彼は堂々とした立ち振舞で、その場に姿を表した。
「トレーニングに付き合ってくれと言われたから来てみたが、よくわからないな。どうやらゲームが行われた後のようだが……どうした、天城。負けたのか?」
氷のような目で、彼は同級生を見下ろす。それに対して、天城は怯えたように「いや、その」と動揺を隠せないでいる。
それを見て興味を失ったように、彼はため息をつく。そして、シオンの方に近づいてきた。
「今日の実技室は予約でいっぱいだと聞いていたから、どうするのかと思っていたが、だいたい事情は察した。すまない。うちのクラスメイトが迷惑をかけたようだ」
「……僕達が悪いとは思わないのか?」
「思わない」
はっきりと、彼はそう口にした。
「技術クラスが、実技クラスに進んで喧嘩を売るとは思えない。逆はあるだろうが」
ちらりと、彼は背後のクラスメイトたちを見て言う。
「俺はA科の明星だ。君は?」
「……技術科の久能」
「そうか。覚えておく」
そう言うと、彼はあっさりとシオンたちに背を向ける。
「おい。帰るぞ」
「だけどよ、明星。トレーニングは」
「人の練習を邪魔した挙句、負けておいてどの面下げてここにいるつもりだ? 多少でもプライドがあるんなら、この場は引いておけ」
「でも、明星ならあんな奴ら……」
「君たちは、自分たちの喧嘩を他人に任せるのか?」
呆れたように明星は言う。
「断る。俺に尻拭いをさせるな」
「ま、待てよ明星!」
ブツブツと彼らは言い合いながら、尻尾を巻いて逃げるように退散していった。
後に残されたシオンたちは、ただ黙ってその姿を見送ることしか出来なかった。
「へぇ。明星って案外いいやつなんだな。なあ、シオン。……って、どうした?」
何気なくレオが語りかけてきたのだが、シオンはすぐに反応を返せなかった。
脂汗が額ににじむ。
背筋が凍るような緊張感に、生きた心地がしなかった。
明星、という名前には聞き覚えがある。今学年の首席の生徒、明星タイガ。全科目において優秀な成績を収めている、ウィザードの称号を飾りではなく実力でもぎ取った生徒である。
確かに、前評判通りの実力なのは接してみて分かった。あれほど自身の生体魔力を完全に制御している魔法士は、上級生でもなかなかいないだろう。かつてのシオンだって、完全制御はできていなかった。そういった意味で、天才という呼び名は適切なのだろう。
しかし、それだけが緊張の原因ではなかった。
「草上。お前はわかったか?」
「うん。まあね……。私ですらこれなんだから、君はかなり、きつかったんじゃないかい?」
全身がびっしょりになるくらいに、汗が吹き出ていた。肝が冷える、というのはこういう感覚かと、現実逃避気味に思った。
明星タイガが契約しているファントム。
背の高いタイガよりも、更に一回り背の高い女性だった。顔面に大きな傷跡がある、磊落な雰囲気をまとった赤髪の女性。実体こそ見せなかったものの、彼女はずっと透過した霊体で、不敵な笑みでシオンとミラを見ていた。
その威圧感は、あまりにも心臓に悪い。
聞いたことがあった。
明星タイガの契約したファントムは、ハイランクファントムであると。
その因子数、九つ。
霊子生体というのは、いわば高密度の情報の塊である。その身に秘めた因子が多ければ多いほど、存在が放つ情報圧は強力なものとなる。『そこ』に『在る』だけで周囲を問答無用で圧倒する情報密度。その凶悪さは、事象を改変する魔法士だからこそ感じ取れるものだ。
化け物じみたその圧力を肌で実感することになった。
「シオン……」
ミラも感じたのだろう。強張った声で、それでもなお、意志のこもった言葉を口にする。
「あれが、わたしたちが超えなきゃいけない、壁なんだよね」
「…………」
ああ、と頷いたつもりだった。
声はかすれて音にならない。喉がカラカラに乾いている。未だに生きた心地がしないほどに、あのファントムは規格外だった。
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キャラクターステータス
榊原カブト
初めてキャラクターステータス画像を公開します。
同人誌版に収録したもので、各ファントムごとに作成しています。
初陣も終え、スタートラインに立ったバディ。
次回よりインターハイの予選が開始です。




