初陣は泥臭くも華々しく
模擬戦の準備をする間、レオはずっと申し訳無さそうに頭を下げていた。
「わりぃ。こんなことになってしまって」
「謝る必要はない。どのみち、あいつらは引かなかっただろうから」
それに――と、シオンは目線を逸らしながら、小さな声で言う。
「怒ってくれてありがとう」
聞こえるか聞こえないか、ぎりぎりの声。それが聞こえたのか、レオは目を伏せながら「別に、大したことじゃねぇ」とぼやいた。
シオンは手持ちのデバイスを確認する。ロッド型の魔法デバイス。魔法使いの杖を簡略化したもので、警棒くらいの長さである。そこにスロットが複数あり、魔法式のデータを組み込むことで魔法を扱える代物だ。
霊子庭園内において、デバイスは精巧にモデリングされたものが霊子で再現される。市販のものは最初から登録されているが、自作したものを持ち込む場合は自身でモデリングをしていなければ庭園内には持ち込めない。
事前に用意していた魔法式を幾つか組み入れながら、ミラの様子を確認する。
「ミラ。調子はどうだ?」
「バッチリ! 頑張るよぉ!」
グッと親指を立ててくる様子は、今はどこか頼りになった。模擬戦ではあるが、初陣の緊張があまりないのは助かる。
シオンにとっては、実戦は事故以来なので不安は多い。だが、この一週間、今の自分にできることをずっと考えてきた。一流の魔法士としての大成はまず望めないが、それでも魔法の使い手としてできることはまだ残されている。
準備をしながら、対戦相手のデータを見る。
○天城聖夜
魔力性質:固形
魔力総量B 魔力出力C 魔力制御B 魔力耐性D 精神強度C 身体能力B 魔力感応B
○榊原カブト
原始『■■■■』
因子『刀剣』『切断』『鋼鉄』『試斬』
因子四つ。ミドルランク
霊具『■■■』
ステータス:筋力値B 耐久値B 敏捷性C 精神力C 魔法力E 顕在性B 神秘性D
「さすがに、実技A科だ。魔法士側のステータスはかなり高い……。そして、ファントムの方は……名前が榊原……カブト。因子は刀に関するもの。見た目からして浪人風」
事前データから相手の情報を探っていく。原始が予測できればそれだけで対策はかなり立てられる。そもそも、因子の時点で直接攻撃タイプであるのは確実だ。
シオンは対戦相手……天城セイヤに向けて、準備が終わったことを伝える。
「いつでもいい。はじめよう」
「ああ、こっちもいいぜ」
相手にもシオンたちのデータは伝わっている。と言っても、ミラの場合は探りようのないステータスなので、さほど痛くない。シオンに至っては論外だろう。低い能力値が伝わった分、こちらを甘く見てくれれば御の字だ。
霊子庭園を展開し、それぞれ四人が中に入る。
霊子体は、本体と寸分たがわない性能となる。違いがあるとすると、霊子庭園内で負った傷については、そのほとんどが実体にフィードバックされない。痛覚ダメージによる擬似的な負傷が実体に現れることもあるが、多くの場合は無傷で帰れる。
フィールドは広々とした闘技場を用意した。場合によっては障害物だらけの屋内戦や、樹海、海上といったステージをプログラムできるが、今回は凝ったステージは必要ない。
おそらく、長期決戦にはなるまい。
天城セイヤと、そのファントムであるカブトが前に立つ。
着物を着流した男は、腰に刺してある刀に手をかけながら、ぼやくように言った。
「面倒だなぁ。こんなところで手の内を見せるのは、あまり良くないと思うんだがなぁ」
「黙れカブト。いいから俺のいうことを聞け」
「はいはい。わかってますよ、ご主人さん」
いかにもやる気がありません、といった風体のカブトだったが、しかしその物腰には隙が全く見当たらない。たとえ今、不意打ちを仕掛けたとしても、彼ならばたやすく対応するだろう。そういった自然体の凄みが彼にはあった。
刀の持ち方、刀の種類、それらをシオンは観察する。
ファントムの容姿はあまり重要ではない。問題は、彼の所有する得物と、そのしぐさである。
「ミラ。予定通りだ」
「わかったよ」
短く、二人は頷き合う。
そして――タイマーで仕掛けてあったベルが鳴り響く。
『待機――試合開始!』
試合開始となった途端、相手が動く。
「まあ、なんだ」
ゆらりと、姿勢を変えるような自然さで、カブトが体を揺らす。
「斬り捨て御免、とでも言っておこうか」
次の瞬間。
着物を揺らしながら、カブトはミラの目の前に出現した。
刀はすでに鞘から抜かれている。閃光のような煌きとともに、音速を越えた速度で白刃が駆け、鏡の神霊を頭から両断せんと振り下ろされる。
瞬きも出来ぬほどの間。
刀剣の神霊は、必殺の一撃をもって開幕とし、刹那の間において幕を下ろそうとした。
「うん」
その回避不可能な、神速の一撃を前に。
「シオンの――言うとおりだったよ!!」
七塚ミラは満面の笑みをたたえて、七つの鏡を自身の周りに展開した。
少女を囲った鏡は、まっすぐに世界を映す。
映り込む世界。
七重に重ねあうように映り込む事象。
それを織り合わせるようにして、ミラは鏡で自身を囲う。
「『合せ鏡』――『色彩誘導』!」
そして――現実は鏡影によって欺かれる。
ミラを叩き切るはずだった刀身は、まるで屈折したかのように曲がりくねり、ミラの身体にわずかとも触れることがなかった。
「む?」
確かに斬った。
刃を放った瞬間こそ、カブトはそう確信したのだが、現実には空振った刀身を構え直しただけだった。立ち位置こそ前に進んでいるが、斬った手応えがまるで無い。
(刀身が曲がった? いや、刀は無事だ。では、空間が捻じ曲げられたか)
狙いを外したことでわずかにリズムが狂わされる。
しかし、不可思議な現象を考察する時間はない。攻撃が失敗したのであれば、息つくまもなく二撃目を繰り出す必要がある。
続けて振り上げた刃は、シオンに向けたものだった。元々、ファントムを斬った後に魔法士を切るという、連続した動作である。ファントムを斬り損ねたものの、仮に今の現象が防御行動による回避であるならば、隙があるという考えだろう。
――甘い。
そう、シオンは心の中でつぶやいた。
不意打ちに対する防御ならともかく――元から予測していた上での対応策なのだから、当然ながら次の動きも読んでいる。
「させ、ないよ!!」
頭上に振り上げ、そして振り下ろそうと迫る刃。
そしてそれを、真横から叩き払う白刃の姿があった。
「な、に?」
今度こそ、カブトの表情は驚愕に染まった。
剣戟の音とともに、膨大な情報圧が衝撃となって周囲を席巻する。
カブトが振り上げた刀を弾いたのは、同じように日本刀を手にしたミラだった。
「あ、ははっ!」
歓喜に打ち震えるように、ミラは笑みを浮かべて刀を振るう。
刀の使い方など知らないのだろう。彼女はただがむしゃらに、鉄の棒を叩きつけるようにして、その刀を振るってきた。あまりに無軌道なその動きに、慌ててカブトは防御姿勢を取る。構わず、ミラは頭上から叩き落とすように刀身を振り下ろした。
重厚な剣戟が鳴り響き、二つの鋼鉄が撃ち合い弾けあった。
「か、カブト!?」
本来ならば一撃のうちに終わるはずだった勝負が、三合の打ち合いを持ってしても続いている。
その情景を前にようやく事態を把握したのか、セイヤは慌てたようにデバイスを構える。全くもって遅いが、しかし気持ちはわかる。
ファントム同士のぶつかり合いは、それだけで圧倒されるだけの迫力があった。
カブトとミラは、刀剣を重ねあう。
素人同然としか見えないミラの動きだったが、その剣閃は不思議とカブトの刀を的確に弾いていた。刀を構えなおそうとするカブトに対して、ミラは喰らいつくように刀を振るっていく。
立て続けに不意をつかれているため、カブトは自然と防戦に回らざるを得なくなっていた。圧倒的な筋力値の差は、ミラの絶え間ない猛襲のおかげで戦況を均衡させている。
剣戟はいななきのような轟音となって鳴り響く。
ファントム同士の桁違いな膂力によるぶつかり合いは、衝撃となって周囲に風圧をまき散らす。
「喰らえ!」
そこに、セイヤの援護魔法が発射される。
小鳥をかたどった氷の礫。それらは正確に、ミラとシオンだけを貫くために襲いかかる。
それを、シオンは冷静に見つめていた。
「――『インクルード』『同調』」
すでにデバイスに魔力を通して準備をしていたシオンは、起動の呪文を唱える。
相変わらず体内の魔力の巡りは悪い。満足に制御出来ない魔力は目的を果たすための手順をうまく踏めない。複数の処理を混線させてしまい、魔法式はやがてエラーを起こすだろう。
それこそが今の久能シオンの当たり前であり――そして、彼の狙いでもある。
次の瞬間、飛来する氷の礫が途中で霧散した。
キラキラと煌く氷の結晶。まるで暴走を起こしたかのように、無惨に砕け散った氷の小鳥たちを、セイヤが驚きでマヌケな面で見る。
術式崩し。
相手の術式にジャミングをかけ、強制的に魔力を流してクラックする失敗魔法である。
「『インクルード』――『定数指定』『因子模倣』『反転』」
次に使う魔法は工程数が多いため、今の身体では組み立てるだけでも丁寧な手順が必要だ。かかる時間はざっと二十秒。その間、集中は片時も途切れさせられない。
自身の魔力の制御にしっかりと気を割きつつ、戦況も見逃しはしない。
ミラの猛攻もそろそろ限界だ。一時的にコピーした刀剣と剣技も、やはり本物の前ではすぐにぼろが出る。均衡が保てるとしてあと十数秒といったところだろう。
セイヤはと言うと、シオンのやったことの種を理解したのだろう。所詮は魔法式の組み方の甘さを突くような初歩的な技術である。今度はクラッキングされないよう、何重にもプロテクトをかけた強固な魔法を組んでいく――が、故に時間がかかる。
シオンが魔法を起動し始めて、十五秒目。
ミラの振るう刀が、大きく空振りをした。
「む?」
予想外の空振りに、カブトが怪訝な顔をする。ぶつかり合うはずだったカブトの刀は、勢い余ってミラの身体へと振りぬかれる。
一閃。ミラの身体を、白刃の刃が深々と斬り裂く。
「あはっ」
瞬間、ミラは笑い声をあげる。
七枚の鏡に衝撃が走る。その衝撃は、埋め込まれた宝石にヒビを入れた。
仮に――もしも、カブトの刃が万全の状態で振るわれたのであれば、ミラの持つパッシブの容量を超え、ミラ本体を傷つけられただろう。しかし、ミラのがむしゃらな攻撃をさばくことで精一杯だったカブトにとって、その一撃は万全とは程遠い手なりの一撃だった。
故に――七割の衝撃は鏡にいなされ、残る三割のダメージがカブトを襲う。
彼の胸元は裂け、わずかに血しぶきが飛んだ。
「ぐ、ぅう」
目を剥いて、のけぞる自身の身体を見下ろすカブト。
そして――二十秒。
「ミラ、チェンジ!」
その一言と共に、ミラは右に身体をずらした。
同時に、シオンはカブトの前へと一歩踏み込む。
誰もが予想しなかった。
魔法士が単体でファントムに向かうなどという愚行を、誰も想像にすら上げなかった。
だからこそ、その隙は決定的なものとなる。
シオンの手に握られているロッドが鈍く光る。
――同時に、セイヤが組み立てていた魔法がちょうど完成する。無数の氷の鏃が雨のように降り注ぐ。このままでは全身穴だらけにされてしまうだろう。
「させない! 『合せ鏡・無限回廊』」
それを――カブトの前から退いたミラが、鏡を展開して食い止める。七重に重なりあう合わせ鏡は、無数の氷を閉じ込める。
これでシオンとカブトの一騎打ちだ。
ミラから返された三割のダメージにのけぞっていたカブトは、その不安定な体勢から強引に刀を振り上げる。
「舐めるなよ――少年!」
例えどんなに不安定な姿勢であろうと、彼の持つ因子は『刀剣』。刀の扱いにおいて、そうそう自分の右を譲ることはない。だからこそ――その瞬間、榊原カブトの持つ因子は、久能シオンを惨殺するために最大限に効果を発揮するはずだった。
刹那、一呼吸の間に行われた攻防。
――刀剣の神霊は、おのが因子を励起させながら頭を叩き割るため刀を振り下ろし。
――凋落した元神童は、ただその刀にロッドがぶつかるように頭上を防御した。
鋼鉄と機器が火花を散らし、刀剣の一撃はデバイスごとシオンを袈裟斬りに叩き斬った。
が、しかし。
その瞬間、カブトは自身の敗北を察した。
「あぁ。ご主人よ」
愛刀は無惨に刃毀れし、カブトは自身の内側を深く傷つけられたことを察した。
「すまぬが、こやつの方が何枚も上手だったようだぞ」
ニヤリと笑いながら、彼は前に向かって倒れ、膝をつく。
彼の身体には大きな傷はない。しかし、彼の内側は今、グチャグチャに引っ掻き回されていた。彼を構成する『刀剣』の因子が傷を負って、一時的に活動が制限される。
――名をつけるなら、因子崩し。
魔法の術式崩しの応用にして、対ファントム戦におけるシオンの最大の切り札。
膝をつくカブトを見下ろしながら、シオンは口腔内にたまった血反吐を吐く。吐出された血は、キラキラと霊子の塵となって散っていく。ファントムの一撃をもろに受けたシオンは、半身を血みどろにしながら、かろうじて立っていた。
仮にもファントムの攻撃を受けきれるとは思っていなかったものの、防御の上から思い切り斬り落とされた。もしここが霊子庭園でなければ、即死級の大怪我である。しかし、それでも彼は今、意識を保っている。
故に、まだ負けてはいない。
マギクスアーツでは霊子体を保てなくなった方が負けである。逆に言えば、例えどんなに大きな怪我を負おうと、最後まで霊子体を維持できれば勝ちになる。
シオンは見る。
フリーになったミラが、鏡でとらえた氷の礫を開放していた。
それらは全て天城セイヤの方へと向かう。幾百の礫は生半な防御では防ぎきれないだろう。必死で魔法を行使し防御しているが、自身の作った魔法の力によって、彼は全身を串刺しにされ、霊子体を崩壊させた。
あっけなく、しかし確かな勝利。
ボロボロの霊子体を保ったままのシオンは、思わずグッと、小さくガッツポーズをした。




